雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第114話「修羅の国」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、荒くれ者たちが集まっている。そして日々、暴力的な勢いで趣味に邁進している。
 かくいう僕も、そういったハードでワイルドな人生を送る人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、拳で語り合いそうな面々の文芸部にも、ほんわかした人が一人だけいます。原哲夫の描く世界に紛れ込んだ、竹本泉の描くキャラ。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。その拍子にバランスを崩して、僕に接触した。先輩は顔を僕に向けて、えへへ、と笑う。ああ、楓先輩は何て可愛らしいんだ。僕は、表情を崩しながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない単語を見つけたのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。一子相伝暗殺拳を修得する程度には達人です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、こつこつと書き溜めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、膨大な情報に接触した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「修羅の国って何?」

 ああ、先輩は、その場所がどこを指しているのか分からないだろう。それに、元ネタも知らないはずだ。楓先輩は、ネットの初心者であるだけでなく、マンガに詳しくない。これは、きちんと説明してあげた方がいいなと思う。

「修羅の国はですね、ネットのネタとして呼ばれている、ある県のことです。その場所は、鷹子さんみたいな人が住んでいると信じられています」

 僕は、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんの名前を出す。鷹子さんは、ヤクザの事務所に喧嘩に行くような人だ。修羅の国に生息していてもおかしくない。

「はあ? 何、勝手に人の名前を出していやがるんだ」

 空気を震わすような、緊張感溢れる声が聞こえてきた。あれ? 鷹子さんいたのですか。部室の隅に視線を向けると、湯呑みでお茶をすすっている鷹子さんがいた。

 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 その鷹子さんは、長身でスタイルがとてもよく、黙っていればモデルのような美人さんだ。でも、しゃべると怖い。手もすぐに出る。武道を身に付けていて、腕力もある。そして、何もしていなくても、周囲に恐るべき殺気を放っているのだ。

「それで、何の話をしていたんだ?」
「ええ……、修羅の国の話を」
「ねえ、鷹子。サカキくんが、修羅の国は、鷹子みたいな人が住んでいる県だと言っているの。せっかくだから、一緒に話を聞かない?」

 ぶふぉぅっ! ちょ、ちょっと待ってくださいよ楓先輩。なぜ、この場所に、修羅そのもののような人を招くのですか! それは、僕の死亡フラグですよ。壮大な地雷原ですよ!
 しかし楓先輩は、僕の憂慮に気付かず、鷹子さんを手招きして呼んでしまった。

 ああ。僕の右には楓先輩、左には鷹子さんが座る状態になった。可愛い楓先輩に、美人の鷹子さん。はたから見れば、とてもうらやましい状況に見えるけど、僕は過去の経験から、死の予感しかしませんよ。ああ、もう本当に、どうすれば生還できるのですか?

「ねえ、サカキくん。それで、修羅の国は、何県なの?」
「福岡県です」
「なぜ、福岡県は、修羅の国と呼ばれているの?」
「ええと、それはですね」

 僕は、ちらりと鷹子さんの様子を窺う。腕組みをして、こちらをにらんでいる。うう、視線が痛い。このままでは、針の筵だ。それに、修羅の国の話をすれば、荒ぶる鷹子さんの攻撃を浴びること必死だ。どうする自分。僕は頭をフル回転させながら、楓先輩の質問に答える。

「修羅の国というのはですね、元々はマンガの舞台の一つなのです。『北斗の拳』という人気少年マンガに登場する架空の国家です。この国では、修羅と呼ばれる、百戦錬磨の強者たちが国を支配しています。そして、価値の基準は武力です。そういった、超戦闘国家なわけですね。その修羅の国の名前が、ネットでは、福岡県に対してよく用いられるのです」

 楓先輩は、小首を傾げて、考えるような仕草をする。

「つまり、暴力的な場所のことを、修羅の国というわけなの?」
「そうです」

 ぴきぴきぴき。そんな音が、聞こえてきそうな殺気が、僕の左横でしている。
 鷹子さんは、自身が暴力的な癖に、そのことを指摘されると怒る。理不尽だ! そう思うのだけど、こればかりは、どうしようもない。説明を可及的速やかに終えて、この場所を離脱するしかない。僕はそう思い、続きを急いで口にする。

「福岡県が修羅の国と呼ばれる理由の一つは、暴力団が多いことです。福岡県に本拠を置く指定暴力団が五つあります。
 北九州市には工藤會が、久留米市には道仁会が、田川市には太州会が、福岡市には福博会があります。また大牟田市には、九州誠道会の流れをくむ浪川睦会があります。

 それだけではありません。福岡県では、一般市民に対する発砲事件が多く、警察と暴力団の抗争もよくニュースになります。暴力団の武器庫から、多数の火器が押収されるという事件も起きています。さらに、手りゅう弾がよく発見されるなど、きな臭い話が多いです。

 そういった事件が、たびたび報道されることから、ネットでは、福岡県は修羅の国と呼ばれるようになったのです。
 まあ、当然ながら地元の人は、その意見を否定しています。そんなに危険な場所ではないよ。危険なのは一部だけだよ。そんな感じに話しているわけです」

 僕は、駆け足で説明を終える。楓先輩は、腰が引けている。それは仕方がないだろう。先輩は、極めて穏やかな人で、非暴力的な人だ。暴力団の抗争など、一生無縁だろう。

「なかなか大変なところなのね」
「まあ、ニュースというものは、事件を中心に取り上げますからね。日常については触れませんから。しかし、そういった事件が多いことは事実です」

 僕は、楓先輩に声を返して、席を立とうとする。その首根っこをつかまれて、席に戻された。

「で、その修羅の国には、私のような人間が住んでいると言ったよな。それは、私が、抗争を続ける暴力団の、構成員のような人間だということか?」

 うわあ~~~、逃がしてくれなかった! どうする僕?
 これは、福岡県のいいところ探しを、するしかない。鷹子さんが気に入るようなことを言って、どうにか怒りを収めてもらうしかない。

「いやあ、修羅の国と呼ばれる福岡県には、いいところがいっぱいありますよ!」
「どういうところだ?」

「ええと、食べ物が美味しいです。北に玄界灘や響灘、東に周防灘、南西に有明海があり、多くの種類の魚を食べることができます」
「それがどうした?」

 ええー、駄目ですか。

「それじゃあ、ええと、福岡県には、福岡市と北九州市の、二つの政令指定都市があります!」
「ほう、よかったな」

 うう、完全にスルーされてしまった。

「それでは、これはどうでしょう? 志賀島で、漢委奴国王印が発見されました。つまり、古代から栄えていた地域というわけです!」
「だからといって、人を暴力団の構成員呼ばわりしたことは、帳消しにはできないぞ」

 うわああん。ママン。助けて!
 僕は、必死に福岡県のことを思い出す。多数存在した炭田は消滅した。北九州工業地帯は衰退した。博多は商業で相変わらず元気がいいけど、鷹子さんが好みそうな話ではない。人気の小説「海賊と呼ばれた男」のモデルになった出光商会は、北九州の門司区が発祥だ。でも、海賊なんて言葉を口にした瞬間に、吊るし上げられそうだ。
 うーん。何かないかな。福岡県のよいところ。

 そうだ!
 僕は一つだけ、鷹子さんが気に入りそうな話を思い付いた。これならいける。僕は喜び勇んで口を開く。

「福岡県には、福岡ソフトバンクホークスがあります。そのマスコットは鷹です!」
「ほうっ!」

 乗ってきた。鷹子さんは、自分の名前に使われている「鷹」の文字に、敏感に反応した。

「福岡県に住む人の多くは、ホークスファンです。そして鷹を愛しています。つまり、福岡県は、修羅の国という話は関係なく、鷹子さんのための県なのです! 福岡県民、鷹ラブなのです! 鷹子さんが福岡県に行けば、大人気間違いなし。女神のように、崇められることでしょう!」
「何だよ、福岡県は、いいところじゃねえか! 気に入ったぞ。福岡県は鷹好きか!」

 鷹子さんは笑顔になり、ばんばんと僕の背中を叩いた。痛いです。痛いです。でも、そんなことを言って、機嫌を損ねてはいけないので、僕は必死に耐えた。そして鷹子さんは、楽しそうに去っていった。
 やった。今日は、ノーダメージで済んだぞ!

 翌日のことである。いつものように、楓先輩が、ととととと、と僕のとことにやって来た。その時である。部室の扉が、大きな音とともに開け放たれた。
 何事ですか? そこには「阿修羅面、怒り!!」状態になった鷹子さんが立っていた。げげっ、何があったのですか!

「昨日、帰りがけに、ヤクザの事務所に寄って、福岡県がどれだけ修羅の国か聞いたんだよ。そうしたら奴ら、蜘蛛の子を散らすようにして逃げやがった。やっぱり、バイオレンス一辺倒の県じゃねえか!」

 ええと、どこから突っ込んだらよいのでしょうか。ヤクザの事務所に行って、なぜ質問するのでしょうか? ああ、同業者の方に、評判を聞きに行ったわけですね。逃げたのは、単に鷹子さんが怖かっただけなのではないでしょうか。

「サカキ! 私を修羅の国の住人呼ばわりした、報復を食らえ!」
「ぎゃふん!!」

 けっきょく僕は、拳骨を食らってしまった。唯一の救いは、その打撃を食らった場所を、楓先輩が「痛いの、痛いの、飛んでいけ~」してくれたことだ。僕は、先輩にそのまま抱き付いて、慰めてもらいたいなあと思った。

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