雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第113話「完全に一致」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、世の中の秘密を暴こうする者たちが集まっている。そして日々、無駄とも思える検証作業を続けている。
 かくいう僕も、そういった裏付け作業に余念のない人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、パラノイア気味な面々の文芸部にも、まっとうな思考の人が一人だけいます。誇大妄想的な人間の群れに紛れ込んだ、とても慎ましやかなお方。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は急いでフォルダーを閉じた。危ない、危ない。今見ていた画像がばれたら、ピンポイントで先輩に嫌われる可能性がある。僕は真面目な顔をして、歩いてくる先輩に笑顔を振りまいた。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、分からない言い回しを発見したのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに精通しているわよね?」
「ええ。007も真っ青な情報収集能力と格好よさを持っています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家でも少しずつ書き進めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、一生かけても読み切れないほどの文章を発見した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「完全に一致って何?」

 ああ、ネット初心者の楓先輩は分からないだろうな。これはきちんと説明しないといけないぞ。
 しかし、先ほどは危なかった。完全に一致に関係する画像を、僕は整理していた。あの画像がばれていたら、大変なことになっていた。ぎりぎりセーフだったなと僕は思う。

「完全に一致という言葉は、いくつか意味を説明しないといけない言葉です」
「そんなに、複雑な言葉なの?」
「ええ。ネットの狭い世界でも、複数の意味を持っています。というわけで、順に説明していきましょう」

 楓先輩は、僕の説明を聞くために体を密着させる。僕は、ドキドキしながら、説明を開始する。

「完全に一致という言葉自体は、ネットスラングになる以前から、文字列を検索する方法の名前として存在していました。こちらは、間に『に』を入れず、完全一致とするのが一般的です。
 コンピューターでは、文字を元にして、文章の位置やファイルを探すことが多いです。その際に、完全一致検索や、部分一致、前方一致、後方一致検索などの検索方法を使って、目指す情報を検索するのです。この文字列検索における完全一致も、パソコンを使っていると目にする言葉なので、覚えておくとよいでしょう。

 それとは別に、画像のトレースやパクリの疑惑がある際に、完全に一致という言葉は使われます。
 絵を描く人の中には、他人の著作物を、ほとんどそのままの形で、自分の作品に取り込んでしまう人もいます。元の絵や写真をなぞってトレースしたり、マンガのコマ割りや構図をそのまま重ね合わせて、パクったりするのですね。こういった行為をトレパクと呼んだりします。これは、トレースとパクリの合成語です。

 ネットの中には、トレパク行為を異常な執念を持って探索して、糾弾する人たちがいます。そういった際に使われる言葉が、完全に一致になります。彼らは、トレパク画像に対して、検証サイトなどを立ち上げます。そして、パクり画像と、パクられ画像を重ね合わせて表示して、問題を指摘するのです」

 僕は、ネットの中から、トレパク検証サイトを探していくつか見せる。その検証者たちの探索能力の高さに、楓先輩は腰を抜かさんばかりに驚く。画像全体だけではなく、小道具の一部が、どのサイトのどの画像から使われたかまで、事細かに記載されている。この能力を使えば、名探偵張りに殺人事件の犯人でも見つけられそうな感じだ。

「すごいね」
「すごいですよね」
「この人たちの脳の中には、ネットの画像がすべて入っているの?」
「そんなことはないと思いますよ。絵を描く人たちが参考にしそうな画像の置き場所や、資料の探し方を熟知しているのでしょう。その知識や経験を使って、元ネタを探しているのだと思います」

 ネットには、異常な探索能力を持った人が、なぜか多い。僕は、そういった人たちの調査方法を、想像できる範囲で説明する。

「たとえば、キャラクターのポーズならば、僕はこういった手順で元ネタを探します。そのイラストレーターの趣味の傾向から、見ている本やウェブサイトを絞り込んで、画像を調べます。

 また、小道具ならば、その名前で画像検索をして、上位に出てくるものを片っ端から比較していきます。絵を描いた人自身も、そうやって画像を探しているわけです。だから、同じ方法を使えば、同じ画像にたどり着けるわけです。
 ネット時代ですから、絵を描く方も、ネットから資料を探すことが多いです。検証する側も同じように探せば、ばれてしまうわけですね。そして、その模倣が悪質な場合は糾弾されることになります。

 まあ、中には、それはパクリではないだろうという、行き過ぎたバッシングもあります。
 完全に一致という言葉は、こういった画像のトレパク疑惑追及の際に、使われる言葉なのです」

 楓先輩は、感心した様子で、僕の説明に聞き入っている。僕は、ネットで使われる完全に一致の、もう一つの意味についても解説する。

「もう一つの意味は、そういった画像検証の用語から転じて発生したものです。偶然の一致で似ている画像に対して、ネタとして『完全に一致』という言葉を使うというものです。
 たとえば、動物の写真と芸能人、歴史上の人物と有名人などの写真を並べて、完全に一致と言う。さらには、トレパク検証サイトのように画像を重ね合わせて、それがいかにそっくりであるかを示す。そういった遊びに対して、完全に一致という言葉が使われているのです」

 先輩は、なるほどといった顔をする。そして、どんな例があるのかを尋ねてきた。僕は、まとめサイトに上がっている完全に一致の例を、いくつか見せる。楓先輩は、面白そうにそれらを眺めた。

「いろいろとあるのね」
「それなりに人気のあるジャンルですからね」

「こういう画像は、サカキくんも探しているの?」
「まあ、僕はネットの玄人ですからね。そういったこともします」

「私、サカキくんの探索の腕前を知りたいわ。サカキくんが探した画像を見せてちょうだい」
「はい……」

 ……何ですと?

 僕は、墓穴を掘ってしまったことに気付く。しまった。それは、避けなければならない答えだった。
 僕は、なぜこれほどまでに、自分を窮地に追い込んでしまうのか。それは、遺伝子レベルで書き込まれた、僕のバグなのか。僕は、自身の脳みその拙さに思い悩む。

 そう。今日、楓先輩が僕に質問をしてくる前に見ていた画像が、まさに完全に一致の画像だったのだ。スマホで撮った楓先輩の写真と、二次元の三つ編み眼鏡キャラの完全に一致した画像。その中には、ちょっとむふふなものもある。僕は、それらの画像を見て、インモラルな妄想にふけっていたのである。

 そういったわけだから、僕が持っている完全に一致の画像は、楓先輩の写真だらけなのだ。それも、一致している画像の大半がエッチな画像、あるいは準エッチと言えるようなものなのだ。
 そんなコレクションを僕が持っていると、楓先輩が知ったらどうなるだろうか。考えたくない。サカキくんエッチ、と怒られて、幻滅されるのは目に見えている。ああ、何たる不幸。
 ジーザス・クライスト! 神よ、私を助けたもう!

「ねえ、サカキくん。サカキくんの集めた完全に一致の画像を、私にも是非見せて」

 神は死んだ。瞬殺だった!

 退くも地獄。進むも地獄。先輩に画像を見せなければ、先輩の頼みを聞かないサカキくんと思われてしまう。だからといって見せれば、エッチなサカキくんの烙印を押されてしまう。
 どうするか。どうするべきか。僕は楓先輩の顔を見る。期待で目がきらきらと輝いている。ああ、この目に抵抗することはできない。僕はマウスを動かして、先ほど急いで閉じたフォルダーを開く。そして、楓先輩の写真と、マンガやアニメやゲームの画像の、完全に一致を開陳した。

「サ、サカキくん。これは……」
「はい。楓先輩と三つ編み眼鏡のキャラの、完全に一致した画像です。重ね合わせて検証した画像もありますよ。こちらです」

 僕は、学者が実験データを示すように、無機的な様子で画像を示した。楓先輩と、ちょっとお色気なキャラが、完全に一致している。
 その合成は、透明度を調整してあり、頭部は楓先輩の顔がよく見えるようになっており、首から下は二次元のキャラが鮮明になっている。つまり、エッチなコラージュ画像のようになっているのだ。無駄にがんばったな自分。

 楓先輩は、それらの画像をまじまじと見たあと、すべて選択してごみ箱に送った。

 ノ~~~~~~~~~~~! 僕の傑作が! 僕の大切なご飯のお供が!

「サカキくん。人の画像を勝手に使ったら駄目よ」
「そ、そうですよね~~」

 僕は、涙目でそう答えた。画像をごみ箱から復活させることも考えたが、楓先輩に怒られそうなので諦めた。

 それから三日ほど、僕がスマホを出すたびに、楓先輩は物陰に隠れた。どうやら、僕に写真を撮られるのではないかと、疑っているようだった。
 すみません。僕が悪かったです。そこまで考えたところで、僕は重大なことを思い出した。自宅にはパックアップの画像がある。それをどうするべきか。僕は、楓先輩の姿を見ながら、真剣に思い悩んだ。