雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第92話 挿話24「保科睦月との夏休み」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、頭が常夏でパラダイスな人間たちが集まっている。そして日々、真夏の暑さにやられたような脳みそで思考し続けている。
 かくいう僕も、そういった頭がとろけた人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、溶けかけのアイスクリームみたいな面々の文芸部にも、削りたてのカキ氷のように、シャキッとした人が一人だけいます。裸で涼を取る田舎の悪ガキの中に紛れ込んだ、白いワンピースを着た都会のお嬢様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 ――僕と先輩の文芸部は、今は小休止。なぜならば夏休み中だからです。その夏休みも、あと少しで終わるという時に、同学年で幼馴染みの、保科睦月に、僕は呼び出されたのです――。

 睦月に誘われた僕は、二人で連れ立って市民プールを訪れた。夏の太陽は、空気や地面をじりじりと焼いている。僕たちはチケットを買い、脱衣所に入った。僕は水着をはいて外に出る。プールサイドは人々の熱気に包まれている。僕は待ち合わせの場所に行き、見慣れた睦月の水着姿を、まぶしい直射日光の下で見た。
 睦月の水着は、いつもよりハイレグだった。胸の露出も大きい。ビキニではないけれど、睦月の引き締まった体を引き立てる、よい水着だ。

「睦月、その水着、似合っているね」
「ありがとう」
「睦月は、水着姿が一番だよ!」
「ユウスケが好きなら、いつでもこの格好をするよ」
「そんなことをわざわざ言わなくても、睦月はいつも水着姿だよね」

 僕は、夏の暑さに舞い上がりながら、陽気に言う。そうやってはしゃいでいる僕を見て、睦月は嬉しそうに微笑んだ。
 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。睦月は、部室で僕の真正面の席に座り、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。

 その睦月が、今日は市民プールに僕を誘ったのだ。やはり、水着は水に濡れないと、その真価を発揮しない。僕は、水に濡れて、なまめかしくなった睦月を見るために、この場所に喜び勇んで来たのである。

「それにしても、すごい人の数だね」
「海はもう泳げないから」
「そうか。そういう季節だね。だから夏を楽しもうとしている人は、みんなプールに来ているんだ」
「うん。夏休みも、そろそろ終わるから。みんな、一生懸命、思い出作りをしているはず」
「そうだね。夏の思い出と女性の水着姿を、脳裏に焼き付けるために、みんなプールに繰り出しているんだね。あとは、夏のアバンチュールとやらを満喫するためだろうね」

 僕は、アバンチュールという言葉を口にしたあと、どういった意味だったかなと首をひねる。恋の冒険や火遊びという意味だったはずだ。きっと、ここに来ている、上半身裸の男性たちは、野性に返った恋愛ハンターとして、女性の肢体をライオンばりに狙っているのだろう。

「ユウスケ。プールに入ろう」
「うん。でも、泳ぐのは不可能だね。イモ洗い状態だ」
「ユウスケと、ぷかぷか浮いて遊ぶつもり」
「それでいいの?」
「うん」

 睦月は、いつもより表情が明るい。

「ねえ、睦月。いちおう、ビーチボールも持ってきたよ。膨らまそうか? 三十センチぐらいの距離でパスし合うぐらいしか、できそうもないけど」
「うん、一緒にビーチボールで遊ぼう」

 睦月は、いつになく上機嫌だ。そんな距離でキャッチボールをして楽しいのか僕には謎だけど、睦月はそれでいいらしい。
 準備運動をして、睦月とプールに入る。水は、かなりぬるかった。これだけ人がつかっているのだ。体温で温まっているのかもしれない。僕と睦月は、至近距離で向かい合い、素早くボール交換をする。時折僕がミスをして、周りの人に謝りながら拾いに行く。そのたびに、睦月は笑みをこぼした。

 どうやら睦月は喜んでいるようだ。僕は、睦月のそんな表情を見るのが大好きだ。僕と睦月は、互いの顔を見て笑い合う。そうやって遊んでいると、睦月が誰かにぶつかった。それは、高校生ぐらいの不良っぽい男たちの集団だった。数は五人。男たちは睦月にガンを飛ばす。そのあと、相手が美少女であることに気付き、顔をにやにやとさせ始めた。
 やばいな。僕は睦月の手を引いて、こちらに引き寄せる。

「ヒューヒュー、見せつけてくれるねえ。中坊が」
「女の方は、なかなかの美人じゃないか」
「なあ、せっかくだから、俺たちに付き合えよ」

 男たちは、僕と睦月を囲んできた。周囲は混雑しており、みんな大きな声を出しているために、誰も僕たちのことを気に留めていない。これだけ大量の人がいるのに、誰一人として、僕と睦月の窮状に気付いていなかった。
 男の一人が、睦月の腕を強引に引いた。睦月は痛そうな顔をして、僕に助けを求める目をする。

「やめろよ。嫌がっているだろう!」

 僕は、相手に聞こえるように大声で言う。下品な笑い声が上がった。プールはうるさく、誰も僕たちの声に注意を払わない。

「この子、連れていこうぜ」
「ああ、付いてきな」

 男たちが睦月の腕を引っ張る。僕は、睦月のもう片方の手を握り、必死に抵抗する。しかし、腕力も体格も人数も違う。引きずられるようにして、監視員の目から見えにくい場所へと連れていかれる。
 このままではまずい。僕は焦りを覚える。睦月は、顔を青くしている。何か対策を打つなら早い方がいい。手遅れにならないうちに、すぐに行動しなければならない。

 僕は、この場所で注目を浴びるには、どうすればよいか考える。誰もが驚くようなことを言わなければならない。それも、大声で。ここは、恥をかなぐり捨てて、睦月を救うために行動しなければならない。僕は思いっきり息を吸い込んで、あらん限りの声で叫んだ。

「うわあっ! うんち漏らした!」

 プールのざわめきがやんだ。僕たちを中心にして、人が退き、無人の輪が作られていく。そこには、中学生の女の子の手を、強引に引く不良たちの姿があった。雑然としたプールの中で、ようやく人々は、睦月の窮状に気が付いた。

 監視員の笛が響いた。不良たちの悪行が露見したのだ。僕は、睦月の手を強く引く。不良たちの手は離れ、僕は睦月を自分の胸に引き寄せた。

「てめえ!」

 不良たちが拳を握る。僕は、睦月を背後に隠して、拳を顔の前に突き出した。

「うんちを塗り付けるぞ!」

 本当は、うんちなんか漏らしていないのだけど、僕はあえて、うんちを漏らしたお馬鹿な男子中学生の振りをした。

「こらっ! お前たち、子供相手に何をやっている!」

 大学の水泳部員と思われる、屈強な逆三角形の男性がプールに入ってきた。ティーシャツの下の筋肉は、はち切れんばかり盛り上がっており、手は野球のグローブのように大きかった。
 不良たちは逃げようとする。その方角からも、筋肉の殿堂のような男たちがプールに入ってくる。折しも、水中検査の放送が始まった。プールから全員上がるようにと指示が出る。人々がプールサイドに上がっていき、僕と睦月、五人の不良と、筋肉の監視員たちだけが残された。

「君たち、監視員控え室に来てもらおうか」
「はっ! 嫌だといったら?」
超兄貴的鉄拳制裁」

 監視員たちはティーシャツを脱ぎ捨て、山のように盛り上がった筋肉を誇示した。不良たちの毒気が抜かれる。彼らはおとなしくなり、控え室に連れていかれた。僕と睦月はプールから上がり、監視員たちに無事を確認された。

「大丈夫だったかい?」
「はい、どうにか」
「気付かなくてすまなかったね」

 監視員たちは、僕たちに声をかけたあと、それぞれの持ち場に戻っていった。

「ねえ、睦月。大丈夫だった?」

 僕は、睦月を心配して尋ねる。

「うん。それよりも、ユウスケの方が心配」
「僕は問題ないよ。引っ張られたわけではないしね」

 僕は陽気に笑う。

「いや、下の方が」
「えっ?」

 僕は、睦月の視線をたどる。睦月は、僕の股の辺りを見ていた。どうやら睦月は、僕が本当にうんちを漏らしたと思ったらしい。僕は、そういうことをしそうな人間に見えるようだ。機転を利かせて、上手くみんなを騙したと思っていたら、身近な睦月まで信じ込ませてしまったようだ。

「あれは、嘘だよ」
「えっ?」
「睦月を助けるために、とっさに言ったんだ。周囲の遊泳者や不良は、上手く驚いてくれた。睦月も本気にしたんだね。でも、監視員のお兄さんたちは、僕の言葉が方便だと気付いたみたいだよ。何も言わなかったし」
「そ、そうだったの?」

 勘違いしていた睦月は、恥ずかしそうに顔を赤く染めた。

「ごめん。ユウスケを疑っていた」
「いいんだよ。本気で引っ掛けようとして言ったわけだから」
「でも、ユウスケの下の世話だったら、私平気だから」

 睦月は、真剣な顔で僕を見つめて言った。僕は、何と答えてよいのか分からず、頬をかく。
 その時、僕の肩に大きな手が置かれた。何だろうと思い、振り向くと、先ほど控え室に行った監視員が、僕の肩をつかんでいた。

「何ですか?」
「さあ、これをはきなさい。お漏らしは駄目だぞ」

 それは、ブリーフタイプの水着だった。どうやら僕は、監視員にも、うんちを漏らしたと思われていたらしい。僕は、プールにいるすべての人に、うんちを漏らしそうな人として認識されていたようだった。

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