雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第91話「ステマ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、闇の闘争を繰り広げている人間たちが集まっている。そして日々、高度な情報戦を展開し続けている。
 かくいう僕も、そういったスパイ真っ青な人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、闇に隠れて生きる面々の文芸部にも、光溢れる人が一人だけいます。妖怪人間の群れに紛れ込んだ、光の戦士。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向けた。楓先輩は、楽しそうに歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩は、眼鏡の奥の目をぱちくりとさせる。大きな目を囲むまつ毛が、可愛くまたたいた。僕はその様子に、とろけそうになりながら声を返す。

「どうしたのですか、先輩。またネットで、未知の単語を見つけたのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」
「ええ。槍術における宝蔵院流の胤舜ぐらいに熟達しております」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、好きな時に書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで壮麗な知の図書館を見つけてしまった。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

ステマって何?」

 僕は一瞬固まる。本来なら、特に問題なく楓先輩に説明可能な言葉だ。しかし僕には、そのネット用語を、安易には語れない理由がある。なぜならば、僕はこの部室で、密かに自分を好印象にするための、ステルスマーケティングを実施しているからだ。
 部室の中で、先輩がよく利用する本棚に、僕のプリクラの写真を張ってみたり、部員が書き込む部ノートに、サカキくんのよいところをさりげなく書いておいたり、湯沸かし器の横のお茶袋に、僕の名前を書いたクリップを付けておいたりしているのだ。そういった涙ぐましい努力をすることで、楓先輩における恋愛市場で、僕という商品の占める比率を、わずかずつ増やしているのだ。
 その努力の甲斐あって、先輩はノートパソコンを買って以来、ネットスラングの質問を僕にし続けている。僕が、「ネットに強いサカキくん」と、楓先輩に認識されているのは、絶え間ない部室内ステマのおかげなのである。

「ねえ、サカキくん。ステマって何?」

 ばれるのか。ばれるのか。芸能人ブログにも匹敵する、僕のステマの手法が。僕は戦々恐々としながら考える。先輩の質問には、きちんと答えなければならない。そうしなければ、ステマをしてまで積み上げてきた僕の信頼が崩壊してしまう。しかし、ステマの何たるかを紹介すれば、この部室での僕の活動が露見するかもしれない。
 進むも地獄、退くも地獄。僕は何という激戦地に迷い込んだのだろう。降って湧いた悲劇。僕は、トラゴーイディアー、ギリシア悲劇の主人公のような気持ちになる。

「楓先輩!」

 僕は、勇気を奮う。どうせ地獄ならば、先へと進むべきだろう。僕はヘラクレスのように勇猛果敢に、ステマの解説をおこなうことを決意する。

ステマとは、ステルスマーケティングの略です。楓先輩は、ステルスという言葉は、ご存じでしょうか?」
「確か、隠れるという意味よね?」
「そうです」

 よし、乗ってきた。僕は幻惑の台詞を展開する。

「ステルスは隠密を意味する言葉です。たとえば、ステルス戦闘機などのステルス兵器は、この言葉が使用される代表的なものです。これらの兵器は、レーダーや赤外線センサーに検知され難いように作られています。

 レーダーは電波を照射して、その反射を検知することで、相手の存在を知ります。そこでステルス兵器では、その表面に電波を吸収する素材を塗ります。また、あらぬ方向に電波を反射するように、電波を照射する地点から見ると、直線的なくさび型に見えるような形状にするのです。こういったことをおこなうことで、その兵器はレーダーに非常に映り難くなります。

 また、赤外線で追跡してくるミサイルを避けるために、高熱になる部分を隠したり、熱を迅速に周囲に拡散させたりする作りにします。
 ステルス兵器は、このような手法で敵の目から姿を隠して、軍事的成果を上げるように設計されています」

 僕は、わざとステマから遠い、ステルス兵器の話をして、楓先輩を引きずり込む。こういった誘導をすることで、楓先輩がステマという言葉を聞くと、ステルス兵器が頭に浮かぶような暗示をかけるのだ。僕は、さらに畳みかけるようにして、知識のチャフをまいて、楓先輩を惑わそうとする。

「このように、相手から自分の存在を隠すような技術は、軍事関係には多いです。たとえば、ジャミングと呼ばれる手法があります。電波を使い、相手の電波を妨害して、レーダーを殺す技術です。
 また、チャフと呼ばれるものもあります。電波を反射する物体を空中に大量に散布することで、レーダーを欺瞞する技術です。フレアという方法では、赤外線センサーを騙すおとりを大量に周囲に放ち、赤外線誘導ミサイルから身を守ります」

 よし。先輩は混乱している。急に放たれた、大量の未知の情報で、頭が飽和している。今だ、全軍進撃せよ! この隙にステマの説明をして、戦線を突破して本陣に帰還するぞ! 僕は、勇猛果敢に説明を展開する。

ステルスマーケティングは、それが宣伝と気付かれないように、隠密的におこなう宣伝活動のことです。これは古くからある手法です。啖呵売りなどで、客を買う気にさせるサクラは、この原形と言えるものでしょう。

 ネット時代のステマは、その応用です。掲示板で、宣伝と分からないように自社の商品を褒める書き込みをしたり、芸能人やブロガーのブログで、好印象の使用レポートを、報酬で釣って書いてもらったり、口コミサイトやSNSで、絶賛の投稿を広告会社経由でおこなったりすることです。
 これらの手法の共通点は、一般人や第三者の発言と見せかけながら、実は宣伝をおこなっているところです。

 このように、一見して宣伝とは見えない、つまり宣伝としては隠された形でおこなう宣伝手法を、ステルスマーケティングと呼ぶのです」

 僕は、駆け足の説明を終え、楓先輩の様子を窺う。これで質問がなければ完了だ。楓先輩は、可愛い手を口元に当て、一生懸命に僕の台詞を咀嚼している。

「ネットでは、ステマは悪いこと、といった論調で語られていたの。ステマは、悪い広告手法なの?」

 うっ。触れたくない部分に切り込んできた。やはり、容易にはいかないか。僕は脳内の軍勢を終結させて、この敗戦濃厚なステマ戦線を維持しようとする。

「法律に違反する可能性もあります。それに、ステマをしていることがばれれば、一斉に叩かれて、自社の名前や商品の評判を落とすことになります。
 基本的にステマは、一般消費者を騙して、商品やサービスを売りつけようとしているわけですから、褒められた手法とは言えません。

 実際に過去に、某電機メーカーがネット掲示板に書き込みをしていることが露見したり、某口コミサイトが有料でやらせ投稿をしていることがばれたりしています。また、ステマに参加した芸能人が、謝罪するといった事態も起きています。そういったことが発覚するたびに、ステマをした会社は評判を落としています。
 また、逆ステマというのもあります。ステルスで誹謗中傷をおこなうことです。これは、完全に営業妨害ですのでアウトですね」

 僕は、ステマの闇の面について、楓先輩に説明する。

「なるほどね。ステマって、いろいろと問題があるのね」
「ええ。ですから、避けた方がよいと思います」

 僕は台詞を締めくくる。そして、これで終わってください、と思いながら楓先輩を観察する。

「そういえば」

 楓先輩は、思い出したようにして言う。

「何でしょうか?」
「この部室で、サカキくんの名前や写真をよく見かけるんだけど、それってステマ?」

 あ。
 ああ。
 ああああああ。
 あああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~!

 僕は、だらだらと汗を流す。僕のステマがばれてしまった! 僕という商品を、楓先輩の恋愛市場で販売するためのステルスマーケティングが暴露されてしまった。どうする僕?
 ここは一発逆転を狙って、マーケティング手法を大幅に変更するしかない!

「違います先輩! 実は、それはあるイベントの準備なのです!」
「あるイベントって?」
「サカキくん祭りを文芸部で開催するための、地道な準備なのです!」

 僕は、でっち上げた話を、懸命に楓先輩に語る。

「サカキくん祭りって何?」
「部室にちりばめられたサカキくんを集めると、その数に応じて商品がもらえるという素敵なお祭りです!」

 嘘に嘘を重ねて、僕は自分のステマを隠そうとする。

「それはいつ開催するの?」
「えー、三日後です!!」
「その準備を、一年以上かけてしていたの?」
「うっ……」

 詰んだ。僕は、自分の地道な活動が、一年以上前から先輩にばれていたことを知った。

 三日後、僕が部室に行くと、楓先輩は、ねじり鉢巻きをして待っていた。

「先輩、どうしたんですか?」
「だって今日は、サカキくん祭りでしょう。だから、祭りらしい格好をしようと思って、鉢巻きを持ってきたの」

 う、うわあああああ~~~~~~!
 純真な楓先輩は、僕の出まかせを信じてしまったのだ。すみません、楓先輩! 仕方がないので僕は、その日、サカキくん祭りを開催して、楓先輩に一等賞の景品を渡すことにした。景品は、急遽売店で買ってきた、豪華な菓子パン詰め合わせだった。