雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第88話 挿話22「吉崎鷹子さんとの夏休み」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、世紀末覇王のような人間たちが集まっている。そして日々、バイオレンスな活動を続けている。
 かくいう僕も、そういったワイルドな人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、荒野でバギーに乗ってそうな面々の文芸部にも、心優しき人が一人だけいます。ジャギとユダの群れに紛れ込んだ、有情拳のトキ。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

 ――僕と先輩の文芸部は、今は小休止。なぜならば夏休み中だからです。その夏休みも、あと少しで終わるという時に、文芸部の先輩、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんに、僕は呼び出されたのです――。

 周囲は町のざわめきに満たされている。僕がいる場所は、コアキバと呼ばれるオタク系のショップが並ぶ町の駅である。昨日、僕のスマホに鷹子さんから電話がかかってきた。コアキバにフィギュアを買いに行くから付き合えというのだ。
 どうやら鷹子さんは、夏の間にバイトをしたらしい。中学生を雇ってくれる人がいるのかと疑問を持ったのだけど、殺陣師もしている父親のコネで、スーツアクターとして数日働いたそうだ。鷹子さんのような戦闘技術と腕力と体力を持っている人なら、ちょうどよさそうな仕事だと思った。

「サカキ、先に来ていたのか?」

 スマホをいじっていた僕は、顔を上げた。改札の方から、私服の鷹子さんがやって来る。
 鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 でも、そういったことを抜きにすれば、長身でスタイルのよい、シャープなお顔の美人さんである。そんな鷹子さんと二人でいると、美女とキモメンのカップルと間違われないかと、僕は少しだけ不安になる。

「十分前ぐらいですよ。僕は、約束の場所には早めに着く主義なんです」

 僕は、スマホをポケットにしまって答える。

「お前、普段だらしない癖に、変なところで律儀だよな」

 鷹子さんは、奇妙な動物を見るような目で、僕のことを眺める。

「それで、フィギュアを買いに行くんですよね? 何を買うかは、もう決まっているんですか?」
「ああ、決まってはいるんだがな。少しだけ困った事態になっているんだ」
「何かトラブルでもあったんですか?」
「実はな……」

 鷹子さんは、事情を説明する。鷹子さんが手に入れたいのは、数量限定の商品らしく、購入権を手に入れた人だけが買えるそうだ。その購入権の入手には、ペアで参加するゲームに勝ち抜かなければならないらしい。

「どんなゲームなんですか?」
ビューティー・コロシアムと言う名前らしい」
「美しさでも競うんですか?」
「いや、女子プロレスビューティ・ペアにちなんだ名前だ」
「何をするんですか?」
「プロレスだ」
「へっ?」

 僕は、話の展開に付いていけずに声を漏らす。そんな僕に、鷹子さんは詳細を語り出す。

「私が欲しいのはな、『ぐう聖と呼ばれた美少女☆プロレス師阿佐田哲子の部屋』という十八禁ゲームのフィギュアだ」
「何ですか、そのタイトルは! いろいろ混ざりすぎですよ!」

 僕は思わず突っ込んでしまう。

「ノベルゲームですか?」
「いや、シューティングゲームだ」
「意味不明ですよ」
「ああ。だがキャラは可愛いんだよ」

 鷹子さんは真面目な顔で言う。僕は、頭が痛くなってきた。

「そのゲームのな、販売一千本突破記念としてフィギュアが作られたんだ。二個だけな。その販売イベントが、このコアキバであるんだ」
「えっ、その販売本数で、商売として成り立っているんですか?」
「知らん」
「それに、何で、この町でそんなイベントを?」

 僕は、不思議に思って尋ねる。

「メーカーが、このコアキバにあるからだよ」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ。『ニトリ暮らす』という会社で、社員全員がニトリの家具で暮らしているらしい」
「……どこから突っ込んでいいのか、分からないのですが」
「そのフィギュアが欲しかったからな、一昨日会社に乗り込んだ。そうしたら、『不正はしない。ゲームで勝ち上がって、自分の実力で購入権を手に入れろ』と言われたんだ」
「まあ、当たり前ですね」
「くそっ、あの会社の社長、以前、ヤクザにからまれているところを助けてやったのに」

 鷹子さんは拳をぎりりと握る。僕は大きくため息を吐いたあと、もしかして僕とタッグを組んで、プロレスに参加するつもりなのではと気付いた。

「あの、鷹子さん。僕は、用事があるので、ここで失礼させてもらいます」
「駄目だ」
「え~~! プロレスだったら、たぶん満子部長の方が得意ですよ! あの人はいろんな意味で寝業師ですから」
「参加の案内にはな、勝者の男性に購入権を授与するとあるんだよ」
「えっ、男性限定ですか?」
「おそらく、女性が買うことを想定していなかったんだろう」
「あー……」

 そうですね。男性向けの十八禁ゲームでしょうしね。それ以前に、僕たちは、十八歳未満の未成年なのですが。

「というわけで、二人でペアを組んで勝利を目指すぞ」
「えー!」

 僕の抗議の声を無視して、鷹子さんは僕を引きつれて、強引に会場に向かった。

 会場には、百人ぐらいの男たちが集まっていた。その中に、一人だけ美少女の鷹子さんがいる。しかし、誰も鷹子さんの姿など見ていない。会場の奥、ガラスケースの中にある、三十センチほどの高さの、対になった阿佐田哲子フィギュアを凝視していた。

 こ、これは……。僕はその造形を見てうなった。確かに争ってでも欲しがるわけが分かる。話を聞くと、人間国宝の仏師と、有名フィギュア作家がコラボレーションして作ったそうだ。その優美で官能的なフォルムには、千年の時代に耐えられる気品と萌えが備わっている。その場所だけ、光を浴びているように輝きを放っていた。
 タッグを組んで参加というのも、この二体を一人ずつに販売するためだろう。

 舞台に司会者が現れた。僕の横で、鷹子さんが声を漏らす。

「奴だ。『ニトリ暮らす』の社長の野郎だ。今度ヤクザに襲われていたら、ヤクザと一緒になって殴ってやる」

 鷹子さんは物騒なことを言う。

 ボゥン、ボゥン。マイクを叩く音が聞こえた。司会の社長が、マイクに向けて話し始める。

「今日はみなさんに、ちょっと殺シアムをしてもらいます」

 殺シアム? 殺し合い? 僕は、一瞬ぎょっとする。そういえば、このイベントはビューティー・コロシアムだと言っていた。
 そんな司会者の台詞とともに、部屋の四隅にポールが現れて、ロープが張られた。どうやら、この部屋全体がリングになっているようだ。そして今から、二人一組のバトルロイヤルをさせられるらしい。僕は、そのことを理解した。

「なるほど。全員倒せばいいんだな」

 鷹子さんは不敵な笑みを浮かべる。

「ただし――」

 司会者は言葉を続ける。

「――二人ともが残っていなければ、その権利はありません」

 ふむふむ。つまり、僕が倒れたら負けなわけですね。僕は、やられないように、鷹子さんの陰にいればいいわけですか。そう思って、鷹子さんの後ろに隠れようとした。
 その時である。熊のような大男が、僕に向かってきた。隣には馬面の長身の男が並んでいる。どうやら、弱そうな奴から狙って倒そうという作戦らしい。僕は周囲を見渡す。なぜか強そうな男たちばかりがいる。いったい、どういうことですか?

「ちっ、どうやら、フィギュア欲しさに、用心棒や格闘家を送り込んできた者がいるようだな」

 なるほど。……えっ? そんな中に、僕たち中学生ペアが? というか、僕は鷹子さんと違って、武道のたしなみのないひ弱な人間なんですけど。
 空を切る音が聞こえた。熊男の拳が、僕へと向かってくる。

「ひいっ!」

 僕は頭を下げて辛うじてかわす。そこに、馬男の蹴りが飛んできた。
 激しい音がして、熊男と馬男が昏倒した。鷹子さんが鋭い蹴りを放っていた。周囲の強面の男たちが動きを止める。彼らの、僕たちを見る目が変わった。そこには侮りは消え、好敵手を見つけた喜悦の笑みが浮かんでいた。
 すみません! 鷹子さんは格闘家ですけど、僕は一般人ですから!
 そして、激しいバトルが始まった……。

 二十分後、リングに立っていたのは僕たち二人と、二人の半裸の男たちだった。

レオパルドン壱号!」
レオパルドン弐号!」

 どちらが壱号で、どちらが弐号なのかは分からないが、最後の相手らしい。二人はきっと、本職のプロレスラーなのだろうと思われた。長身の男たちは、腕組みをして僕たちを見下ろしている。僕はびびり上がって、膝をがくがくと震えさせた。

「いいか、サカキ。私が右の男を倒す。その間、左の男を足止めしておけ」
「無理ですよ!」

 僕の返事を無視して、鷹子さんは右の相手に殴りかかった、必然的に僕は左の相手を受け持つことになる。あっ、と思った瞬間に、僕は足払いをかけられて、床に転がされた。そして関節技を極められてしまった。

「ギブッ! ギブッ!」

 一秒を待たずに僕はギブアップした。
 勝負は決まった。僕が敗退したことで、鷹子さんも同時に敗北が決定した。瞬殺だった。ゴングが鳴り響く。勝利者のレオパルドンたちは、雄叫びを上げた。

「ああ……」

 鷹子さんは、がっくりと肩を落として、暗い顔をした。す、すみません……。鷹子さんは名残惜しそうに、阿佐田哲子のフィギュアを眺めていた。

 会場を出て、僕たちは、とぼとぼとコアキバを歩き始めた。僕は、鷹子さんに顔を向けて声をかける。

「すみません、負けてしまって」
「いや、私が悪かった。一人でどうにかなると思って、数合わせのつもりでサカキを連れてきたんだ」
「そうでしたか」

 鷹子さんは、立ち止まって、はーっと、大きなため息を吐く。よほど、あのフィギュアが欲しかったのだろう。しばらくそのままの姿勢を続けたあと、鷹子さんは背を伸ばして、両頬をぴしりと叩いた。

「よし! 使うつもりのお金が余った。今日はパーっと使うぞ!」
「どう使うんですか?」
「カラオケに行く。サカキにもおごってやる。ありがたく思え。まあ、いつもゲームやアニメを借りて世話になっているからな」

 鷹子さんは笑みを浮かべて言った。僕は、安心する。落ち込んでいた鷹子さんは、どうやら立ち直ったようだ。僕は笑顔で、一緒に行きますよと答えた。

「それで、何を歌うつもりですか?」

 僕は、鷹子さんとカラオケ店を目指しながら尋ねる。

「『プロレス師阿佐田哲子のテーマ曲』がいい」

 えー、あのー、千本しか売れていないエロゲのテーマ曲ですよね?

「マイナーなエロゲの歌は、さすがに入ってないと思いますよ」
「くっ!」

 鷹子さんは悔しそうな顔をした。僕は、代わりになりそうな曲を、いくつか挙げる。鷹子さんは真剣な表情で悩む。そうやって様々な雑談をしながら、僕と鷹子さんは、仲よくカラオケ店に向かった。