雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第85話「微レ存」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、人類の中のマイノリティーの中のマイノリティーが集まっている。そして日々、人類の存在価値の限界に挑むような活動を続けている。
 かくいう僕も、そういった人類の端っこ側の人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、少数派な面々ばかりの文芸部にも、ごくごく普通の人が一人だけいます。使い道のないレアアイテムの宝物庫に紛れ込んだ、実用的なコモンアイテム。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は手を休めた。楓先輩は、嬉しそうに歩いてきて僕の隣に座る。そして、にっこりと笑って、眼鏡の下の目を細めた。僕はその表情に、心を癒やされる。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、未知の言葉に遭遇したのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに熟達しているわよね?」
「ええ。ローマを襲ったハンニバル・バルカぐらいに、ネットというものに精通しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、自分の部屋で推敲するためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで大宇宙のような言語情報に出くわした。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「微レ存って何?」

 う、うむ。
 いちおう、ホモビデオがらみのネタなので、注意が必要なんだけどね。僕は、心の中で、そうつぶやく。
 微レ存は、意味自体はそれほど難しいものではないのだけど、説明には少しだけ注意が必要だ。「真夏の夜の淫夢」というホモビデオのファンの活動がからんでいるからだ。元々、ネットの掲示板で発生した言葉が、このホモビデオのスレッドに飛び火して、現在の形に変化していったとされている。
 元々の書き込みにも卑猥な言葉が含まれるので、僕は脳内で除染して、該当部分だけを思い出す。

 ――分子レベルで残留している……?
 ――微粒子レベルで残留しているかもしれない?!
 ――微粒子レベルで残留している……?!
 ――微粒子レベルで存在している……?!

 こんな感じで変化していったはずだ。そこから頭文字だけを拾っていき、微レ存になった。読み方はビレゾンが多数派だが、ごくごく少数の人が、ビレソンとも呼ぶ。
 楓先輩には、この変化していく文章の中から、最後の形だけを示せばよいだろう。内容的には、よくある省略型のネットスラングなので、説明はそれほど難しくないはずだ。

「楓先輩。微レ存は、あるフレーズが省略された言葉です」
「省略? 微とレと存とが頭にあるフレーズなの?」
「そうです」

 よし、これは簡単に決着が付きそうだ。僕は、ほくほく顔で、楓先輩に声をかける。

「どういった省略か分かりますか?」
「ちょっと待ってね、考えるから。えーと……、微妙なレパートリーだと存じ上げます」
「意味は通りますけど、使い道のなさそうなフレーズですね」

 楓先輩は、ちょっとだけ本気の顔になる。

「それじゃあ、微量のレーズンにて存続の危機」
「あのー、何で、レーズンで存続の危機になるんですか?」

 楓先輩は、険しい顔をする。

微分積分、レントゲン。存命不定のサカキくん」
「いきなり僕を、生きるか死ぬか分からない状況に、放り込まないでくださいよ~~~~!!」

「じゃあ、微生物、レンジでチンして、存在か?」
「俳句を作っているのではありません。分かりました。全然当たらないから、答えを言いますね」

 僕に打ち切られて、楓先輩はしゅんとした顔をする。楓先輩は文芸部だから、こういった言葉遊びは好きだ。僕は、もう少し付き合ってあげた方が、よかったかなと思いながら答えを教える。

「『何々である可能性が微粒子レベルで存在している……?』です」
「へー、それでその場合は、存在しているの、していないの?」

 当然の疑問だろう。僕は、楓先輩の疑問を解消する。

「基本的には存在していないです。まあ存在しないだろうけど、もしかしたら、微かな可能性としては存在しているかもしれないね。そういったニュアンスが、微レ存になります」

 楓先輩は、感心したような顔をする。僕は、先輩の質問に華麗に答えたので、気分がよくなった。そして気が大きくなり、何でもできそうに思えてきた。

「それでは、僕から質問をします。先輩が思い付く、微レ存はありますか?」
「うーん。一年のうちで、サカキくんがネットを見ない日とか?」
「それは、微レ存というよりも、可能性ゼロですね」

 僕の陽気な返答に、なぜか楓先輩は闘志を燃やした。

「じゃあ、サカキくん。私にとって微レ存なことを当ててちょうだい」
「いいですよ」

 僕は、気軽な気持ちで返事をした。
 さて、何を質問しよう。微レ存だから、あり得なさそうだけど、可能性としてはゼロではないことになる。僕は、気が大きくなった状態で考える。ここは大胆に、楓先輩の恋心を探るべきではないか。この話の流れなら、簡単に答えてくれそうだ。よし、それで行こう。僕は方針を決定する。

「楓先輩に、中学生の間に恋人ができる」
「うーん、それは微レ存かな」

 おっ、可能性はゼロではないみたいですよ。僕は調子に乗って、さらに質問する。

「楓先輩に、中学生の間に、後輩の恋人ができる」
「うーん、それも微レ存かな」

 おっ、おっ、キタコレ! 僕は、興奮でヘブン状態になる。ゼロではないらしい。微粒子レベルだけど、可能性はあるらしいぞ。

「楓先輩に、中学生の間に、サの付く後輩の恋人ができる」
「うーん、それも微レ存かな」

 キタ~~~~~~~!!! 僕は、その場所でのたうち回りそうになる。
 ゼロではないらしいですよ、奥さん。ゼロに何をかけてもゼロだけど、ゼロではないなら、大きな数字をかければ、きちんとした数字になりますよ。
 僕は、さらに危ない道に踏み込むべく、質問を重ねる。

「楓先輩に、中学生の間に、サとカの付く後輩の恋人ができる」
「うーん、微レ存でいいのかな」

 フゴー。フゴー。フゴー。僕は鼻息荒く興奮する。
 駄目だ、駄目だ。僕はイケメンジェントルマンのサカキくんだ。こんなことで取り乱してはいけない。あくまで、スマートに、スタイリッシュに、ポーズを決めて、とどめの質問をしなければならないだろう。

「楓先輩に、中学生の間に、サとカとキの付く、後輩の恋人ができる」
「うーん、それって微レ存だと思うけど」

 !!!!!!!!!!
 僕は心の中で、声にならない叫びを上げる。
 ええ、何か来ていますよ! 僕に来ていますよ!! 今ここに、サカキくんの時代が来ていますよ!!! 僕は、右手で髪を払い、イケメン風味たっぷりな笑みを浮かべる。そして、楓先輩に顔を向けて、優しく語りかけた。

「先輩。サとカとキの付く後輩が、ここにいますよ」
「うん、知っているよ」
「そういった恋人ができる可能性は、微レ存なんですよね?」
「そうだよ。微粒子レベルだからね、あくまでも」

 あれ? 何か冷めていませんか楓先輩。僕はおかしいなと思いながら、先輩の表情を窺う。

「先輩にとって、微粒子レベルって、どのぐらいですか?」
「うーん、0.0001%ぐらい?」

 ええ~~~~~っ! 可能性、滅茶苦茶小さいじゃないですか!
 そりゃあ、楓先輩がきれい好きなのは知っていますけど、そんな小さなものは目に見えないですよ~~~!
 僕は楓先輩の潔癖さに絶望した。僕が楓先輩の恋人になる可能性は、現時点で0.0001%ぐらいだそうだ。一万倍にするべくがんばっても、ようやく1%にしかならない。僕は、楓先輩にとって、それぐらい小さな存在だったらしい。

 それから三日ほど、僕はそれとなく、先輩の微粒子の大きさを変えようと画策した。先輩の微粒子像が、一万倍になれば、僕が恋人になる可能性が1%ぐらいになる。さらに百万倍になれば、100%ぐらいになる。先輩の微粒子像を改変することで、一寸法師が大きくなったように、僕は楓先輩の恋愛視野に入るようになるのだ。

「先輩。微粒子をお持ちしました」

 僕は、先輩に金平糖を差し出す。

「ありがとう。でも、これって、金平糖よね?」
「微粒子です」

「先輩。微粒子をお持ちしました」

 僕は、アーモンドチョコを差し出す。

「ありがとう。でも、これって、アーモンドチョコよね?」
「微粒子です」

「先輩。微粒子をお持ちしました」

 僕は、イチゴ大福を差し出す。

「ありがとう。でも、これって、イチゴ大福よね?」
「微粒子です」

 僕はがんばって、先輩の微粒子像を少しずつ大きくしてみた。涙ぐましい努力である。
 三日経ったあと、楓先輩は少し不機嫌になった。

「どうしたんですか?」
「サカキくんが、お菓子をたくさん食べさせるから、体重が1kg増えてしまったの」

 んがんぐ。

「先輩、微粒子をお持ちしました」
「微粒子はもう、見たくないわ~~~~!!!」

 んぎゃ~~~~! 僕の微粒子拡大作戦は失敗に終わった。先輩は、微粒子を拒否するようになってしまったのだ。その結果、僕という微粒子的存在は、楓先輩の恋愛視野から、大きく遠ざけられてしまった。ふにゃあ。どうして、こうなった。