雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第83話「オタサーの姫・サークラ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、部室を遊び場と勘違いしている人間が集まっている。そして日々、雑談と遊興にふけっている。
 かくいう僕も、そういった不真面目な人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、先生が見たら怒り出しそうな面々ばかりの文芸部にも、きちんと部活動をしている人が一人だけいます。公費で視察旅行に行く政治家の影で、技術指導を受けている真面目な公務員。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は手を休めた。楓先輩が、にこやかにやって来て、僕の横にちょこんと座る。三つ編みと眼鏡の愛らしい姿が、僕の心を浮き立たせる。そういった特徴的なパーツを無視しても、楓先輩は可愛らしくて素敵です。そんな先輩の笑顔を見ながら、僕は幸せ気分で声をかけた。

「どうしたのですか、先輩。ネットで、初見の言葉に出会ったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットについてよく知っているわよね」
「ええ。東方の三賢者が、キリストの誕生を見抜いたぐらいに、ネットを知り抜いています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家でもこつこつと書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで膨大な量のテキストに遭遇した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「オタサーの姫って何?」

 あ、ああ……。今日は、そんな痛い言葉を拾って来たのですか。僕は、どうしようかなと考えながら、楓先輩に顔を向ける。

「世の中にはですね。女性慣れしていない人間というか、集団があるのです」
「女性慣れ? どういうこと」

 楓先輩は、きょとんとする。この文芸部は女性が多い。そして楓先輩は女性である。だから、女性慣れしていない人がどういう人か、またそういった人が集まった集団がどういったものか、想像が付かないのだろう。

「人間にはですね、外向的な人と、内向的な人がいます。そして、それらの方向性は、趣味や活動と一致していたりします。
 たとえば外向的な人は、運動部に入ったりします。文化部の場合でも、集団で何かを作り上げるような演劇部や、ブラスバンド部に入ったりします。彼らはそこで、積極的に他者と関わる活動をします。そういった外向的な人は、当然他人と会話する機会も多く、様々な人と交流します。その結果、コミュニケーション能力が磨かれて、幅広い人間関係を構築することになるのです。

 対して内向的な人は、その逆の結果を歩むことが多いです。帰宅部だったり、部活動に入っても、個人主義の文化部に入る傾向があったりします。たとえば、美術部や文芸部や、映画研究会や、マンガ研究会や、アニメ研究会や、オタク研究会などです。
 ちなみに、研究会と付いた部活は、その実態は何もしていないで、マンガやアニメを見るだけの集団だったりするので注意が必要です。

 そういった人は、当然他者と消極的にしか関わりません。会話をしたとしても、趣味の話を互いに言い合うだけで、文化的な衝突といった事態にはいたらず、内輪受けを繰り返すことになります。その結果、コミュニケーション能力は磨かれず、いびつな会話をマスターして、偏った、しかし濃厚な人間関係に依存するようになるのです。

 そのようにして、蠱毒のように、やばい方向に人間を高め合った集団が、往々にして存在します。その代表的な存在が、男子だけしかいないオタク系サークルだったりするのです」

 僕は、そこまで話して、自分自身もそういった集団にいる可能性がある人間だと思う。
 幸いにしてこの文芸部は、女性比率が高いけど、まかり間違えば、僕は、男子だけのオタク集団に属していただろう。そうなっていれば、きっとコミュニケーション能力は変な方向に発達して、楓先輩にキモオタとして後ろ指を指される存在になっていたはずだ。

「というわけで、楓先輩。そういった、男子だけのオタク系のサークルがあると仮定してください。そのサークルを、ここではオタクサークル。略して、オタサーと呼ぶことにします」
「オタサーの姫のオタサーって、もしかして、オタクサークルの略なの?」
「そうです。そういったサークルを想定して説明を展開します」
「分かったわ。サカキくんが一ダース、十二人いる様子を想像するわ」
「ホワッツ!」

 僕は、なぜ楓先輩がオタサーを想像する際に、僕だけの集団を思い浮かべたのだろうと疑問に思う。
 いや、それはおかしいですよ。でも、それほど間違っていない気もする。僕が十二人いるオタクサークル。それは、かなりやばい濃度でのオタサーになっている気がしますよ。

「ええ……、いいでしょう。僕が十二人いるサークルですね。分かりました。その前提で話を進めましょう」

 僕は、涙目になりながら解説を続ける。

「そこに、ある日、女の子が一人入ってきます。そういった、オタサーに紛れ込んだ女の子のことを、オタサーの姫と呼ぶのです」
「へー、なぜ姫なの? 女の子だから姫なんだろうけど」

 楓先輩は、不思議そうに尋ねる。

「オタサーには、先ほど述べたように、女の子慣れしていない、コミュニケーションが苦手な人間が多くいます。そこに、同じサークルの人間として、気軽に会話ができる女の子が入って来るのです。その結果、サークルの男子たちは、距離感をつかめないまま、その女性をお姫様のように祭り上げて接することになります。

 そういった、オタサーに入って来る女性は、容姿や性格に問題があっても、とりあえずお姫様待遇を受けます。また、なぜか髪型や服装などが似通っていることが多いと報告されています。
 たとえば、黒髪ぱっつんや、ツインテールだったり、やたらフリルの付いた服や、ゴスロリだったり。ニーハイソックスで、太腿を露出させることも多いようです。また言動はオタク系の台詞に染まっていて、女友達が少なく、ボディタッチが多めだったりするという話もあります。時には、精神的に不安定な子だったりもします。

 よく言えば不思議ちゃん。悪く言えば普通の女子集団から疎外されている人。なぜかそういった女性が、オタサーの姫に収まるケースが多いというのが、一般的なイメージのようです」

 ネットでは、そういったオタサーの姫像が多く流布されている。僕は、それらのテンプレをかいつまんで選んで、楓先輩に語って聞かせた。

「なるほど。オタサーの姫って、そういう人のことを言うのね。でも、そのサークルの人たちの仲がよければ、問題ないんじゃない?」
「ええ、そうですね」
「でも、オタサーの姫は、ネットではネガティブなイメージで使われている気がするの。なぜ、そういった論調になるの?」
「それは、オタサーの姫は、往々にして、サークラに変貌するからです」
サークラって何?」

 僕は、ネットで目にした、様々な惨劇を思い出す。それは、思い出すのも悲惨、口にするのも無残な、血みどろのサークル崩壊劇である。僕は、そういった人間関係崩壊の様子に慄然としながら、サークラについて説明を開始する。

サークラは、サークルクラッシャーの略です」
「クラッシャーって、壊し屋なの?」
「ええ。男子ばかりの濃密な内向きの集団に、女の子が一人だけ入る様子を想像してみてください。えー、十二人のサカキくんの中に、一人の楓先輩が入るような状態です」

 そのたとえは、どうなのだろうと思いながら、楓先輩にとって分かりやすい設定にする。
 楓先輩は、口元に手を当てて、真剣な顔で考える。そして、難しそうな顔をしながら口を開いた。

「大変そうね」
「ええ、まあ、そうですね」

 僕は、棒読みで答える。

「そういった状態になると、サークルが、ぎすぎすするのですね。人によっては、女の子相手に気を使って疲労したり、また人によっては、告白して玉砕したり、さらに人間関係を複雑にする状態として、その中の一人と姫が付き合ったりするのです」
「十二人のサカキくんの中に、ユダのサカキくんが発生するわけね」
「そうです」

 うーん、何だか僕が、ひどい扱いになっている気がするのですが……。僕は頭を切り替えて、些末なことを気にしないようにする。

サークラが引き起こす事態は、それだけではありません。人間関係が、さらにどろどろの状態になることもあります。
 たとえば、ユダのサカキくんと付き合っていたはずの楓先輩が、なぜかペトロとマタイともできていた。それに嫉妬したヨハネが、思わず黙示録を書いてしまう。そういった事態に発展したりするのです」
「そうなったら、サークルは空中分解してしまわない?」
「ええ、します。十二人のサカキくんたちは、心に深い傷を負い、その後の人間関係にトラウマを持ちながら離散するのです。だから、そういった事態を引き起こす女性は、サークルクラッシャーという名前で呼ばれるのです」

 楓先輩は、深刻な顔をして、サークラの恐ろしさに戦慄する。僕は、説明を補強するために話を続ける。

「こういったサークラの、さらに大がかりで壮大なものに、アナタハンの女王事件というものがあります。
 一九四五年から一九五〇年にかけて、アナタハン島という孤島で発生した事件です。その孤島では、一人の女性と三十二人の男性が共同生活を送ることになりました。そして、男性たちが女性を争うようになり、次々に行方不明になったり殺害されたりしました。
 この事件は、閉じられた男性集団に、少数の女性が紛れ込んだ時に、いったいどういったことが起きるのかを、端的に教えてくれる教訓だと言えるでしょう」

 僕は、すべての説明を終えた。女性の楓先輩には、男性が陥る、こういった状態の機微は、分かり難いかもしれない。先輩は、しばらく真面目な顔をして考え続けたあと、僕に顔を向けて口を開いた。

「じゃあ、サカキくんの集団には、私がいない方がよさそうね」

 ええぇぇ~~~~~~っ!!! それは嫌ですよ!
 何人のサカキくんの集団でも、そこには楓先輩がいて欲しいですよ。僕は、果敢にサバイバルしますよ! 残りのすべてのサカキくんを打ち倒しても、先輩を手に入れてみせます。僕は、姫を争って、果敢にサカキくんの集団をクラッシュさせますから!
 僕は、そういったことを真剣に思ったのだけど、そんな野蛮人とは思われたくなかったのでひよった。

「そ、そうですね。サークルを壊したら駄目ですよね」

 僕は、へらへらと笑いながら、そう答えてしまった。

 それから三日ほど、楓先輩は謎の行為を続けた。他の文化部の名簿を持ってきて、「この部活は、オタサーの姫案件?」と、何度も僕に尋ねた。えー、なぜ、そんなことに興味があるのですか?

「だって、その女の子がサークルクラッシャーに変貌して、その部活を崩壊させたらまずいでしょう。部活の危機を知ったのならば、未然に防がないといけないもの」

 楓先輩は、真剣な顔で答えた。
 ああ、そういった義務感からなのか。真面目な先輩は、いろいろな部活の危機を救うために、懸命に奔走しているようだった。