雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第81話「釣り」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、ろくでもない人間が集まっている。そして日々、己の性癖に邁進して、周囲を困らせている。
 かくいう僕も、そういったダメ人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、頭の痛い面々ばかりの文芸部にも、おとなしい人が一人だけいます。山賊の群れに囲まれた、お姫様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は手を止めた。楓先輩は、軽やかに歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。楓先輩の表情は、いつものようににこやかだ。僕は、そんな楓先輩の三つ編みと眼鏡を見ながら、笑顔で声を返した。

「どうしたのですか、先輩。またネットで、知らない言葉を見かけたのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに精通しているわよね」
「ええ。孔明レベルに、ネットに精通しています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、家でも書き進めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで無数の言論に遭遇した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「釣りって何?」

 楓先輩は、その台詞を言ったあと、言葉を続ける。

「魚釣りのことは知っているわよ。でも、ネットでは、それ以外の文脈で釣りが使われているような気がするの」

 ああ、そうですよね。分かりませんよねと、僕は思った。
 ネットの釣りは、あまりお行儀のよい行為ではない。いわば、他人を騙して、その反応を楽しんでいるような陰湿なものだ。正直で裏表がない楓先輩には、そういった振る舞いは無縁だろう。だから世の中に、そういった悪意に溢れた行動があることを、知らなくても仕方がない。

「ネット上の釣りは、楓先輩が話したように、魚釣りとは関係ありません。ネット上で使われる釣りは、魚ではなく、人間を釣るのです」
「人間を? それは大きな釣り針が必要そうね」

 楓先輩は、驚いた顔をしている。どうやら、物理的な針を思い浮かべているようだ。

「いえ、先輩。ネットの釣りは、釣り針ではなく、文章などで人を釣るのです」
「文章で? どういうことなの?」

 先輩はぽかんとしている。これはきちんと教えてあげた方がよさそうだ。

「ネットの釣りは、大きく分けて二種類あります。一つは、単純に他人を騙すものです。『人気声優が結婚!』みたいに、みんなが驚き、思わず話題にしてしまう情報などをネットに投下して、人々の反応を楽しむというものです。これは、普通に考えて駄目な行為ですね。完全に人を騙しているわけですから」

 僕は、ツイッターなどで流れてくる、意図的に人を騙すようなデマを頭に浮かべる。そういった情報が、何度もリツイートされるのを見て、最初に嘘を書いた人は楽しんでいるわけだ。僕は、そういったデマに騙されないように、なるべく注意している。

「こういった釣りには、釣り動画も入りますね。釣り動画は、タイトルや説明、サムネイルなどを偽って人を引っ掛けるものです」
「もう一つは?」

 楓先輩は、興味深そうに尋ねる。

「こちらは、少し高度な引っ掛けになります。人々が激しく反発しそうな文章を、掲示板や質問サイトなどに投下して、喧々囂々の論争になるのを楽しむというものです。そういった文章を書く人を、釣り師と呼んだりします」

 こういった釣りの文章には、縦書きなどで、ネタ晴らしがされていることもある。僕は、そういった文章に、何度も乗せられた経験がある。それらの苦い経験を思い出しながら、楓先輩の反応を窺った。
 楓先輩は、可愛く握った拳を口元に当てて、考え込んでいる。

「どうしたんですか?」
「私、釣られたかも」
「何かあったんですか?」
「昨日、インターネットで、ちょっとどうかなという文章があったから、反論を書き込んでしまったの」

 それは、釣られている可能性が高い。僕は、楓先輩にどういった話題だったか聞き、検索する。
 ヤプーポリ袋というサイトと、発言色町というサイトがヒットした。どっちかな。まあ、色町ではないだろう。ポリ袋が、どういった趣旨で付けられたのか分からないけど、こちらの方が該当しそうだ。ヤプーというのが、家畜人を連想させるが気のせいだろう。僕は、ヤプーポリ袋を開いて、楓先輩に見せた。

「そうそう、ここよ」

 楓先輩は身を乗り出すようにしてモニターを指し示す。
 そこには、一つの質問が掲載されていた。

 ――眼鏡をしている女の子は、総じて不美人。三つ編みにしている女の子は、総じて性格が悪い。私の豊富な人生経験から、そういった法則が成り立ちます。みなさんも、似たような経験はないでしょうか? これまでお付き合いした二百五十六人の女性を基にした経験則です。私は、この法則がほとんどの場合で成り立つと確信しています。(ガンジー

 僕のこめかみが、ぴきりとする。ほほう、何を言っているんだこいつは。論破してやろうと、僕はいきり立つ。
 いやいや、そう簡単に釣られては駄目だ。目ざとい僕は、きちんとこれが釣りだと見抜いていますよ。その証拠は、発言者の名前ガンジーだ。
 これは、おそらくガンジーセーターから取っているのだろう。このセーターは、イギリスとフランスの間にあるガンジー島の漁師たちの防寒服だ。これは、フィッシャーマンセーターの一種である。

 フィッシャーマンは、直訳すれば漁師である。いわば、釣り師の言い換えだ。聡明な僕は、この発言を投下した人間が、多くの人の反感と反応を招くために、わざと挑発的な書き込みをしたのだと見抜く。
 ふっ、ネットに慣れた僕は、こんな簡単な釣りには、引っ掛からないのですよ。

「それで、楓先輩の書き込みはどれですか?」
「これよ。一つだけしかないから、間違いないわ」

 一つだけ? 僕は疑問に思いながら、その書き込みを見る。

 ――そんなことはありません。美人かどうかは分かりませんが、性格は悪くないと思います。

 楓先輩らしい控えめで真摯な解答だ。しかし、なぜ一人だけしか答えがないのか? この釣り師は、能力の低い釣り師なのか? 僕は疑問に思い、そのガンジーさんの質問履歴を覗いてみることにした。
 あれ? この質問以外はすべて、眼鏡の三つ編みさんは、美人で性格がよいと書いてあるぞ。どういうことだ?

 僕は記憶をたどり、顔面が蒼白になる。そういえば昔、僕は三つ編み眼鏡工作員として、ステマにいそしんでいた。そして、その素晴らしさを布教すべく、質問サイトで質問しまくっていた。
 しかし、三つ編み眼鏡は不人気なのか、何の反応もなく、百の質問を続けたあと、思い余って、逆のことを書けば反応が得られるかもと思ったのだ。そして投下したのが、この文章だった。

 僕が、ガンジーという名前を見て、すぐさまフィッシャーマンセーターを思い付いたのはそのせいだ。自分で付けた名前だから、思い当たって当然だ。
 僕は、自らの釣りに、自分自身で危うく引っ掛かりそうになったのだ。そして、あろうことか楓先輩を釣ってしまったのだ。

「ねえ、サカキくん。この質問って、やっぱり釣りなのかしら?」
「ええ、ああ、そうですね。……釣りなのだと思いますよ」
「そうなの。それで、私一人だけが引っ掛かってしまったのね」

 楓先輩は、しょんぼりといった様子で肩を落とす。

「それで、このガンジーさんは、釣り師としての腕前は、どのぐらいなの?」
「ええと、最低レベルだと思いますよ」
「はあっ」

 楓先輩は、心の底からがっかりした様子になる。

「そんな、最低レベルの釣り師に引っ掛かるなんて、私はやっぱりネット初心者ね」

 楓先輩は、ふらふらとした足取りで、自分の席に戻って行った。
 す、すみません。僕は心の中で平謝りしながら、あの質問とアカウントを削除しようと心に決めた。

 翌日、楓先輩が、慌てた顔をして、僕のところにやって来た。

「昨日の夜に、あのページを見たら、質問ごと消えていたの。何が起きたのかしら?」
「……さ、さあ、何が起きたのでしょうね……」

 楓先輩は、ネットの達人である僕から、その秘密を懸命に聞き出そうとした。
 うわあぁ~~~~~~~、すみません~~~~~~~~っ! 僕は、自分が意図せず楓先輩を釣ってしまった事実を言えず、必死に楓先輩から逃げ回った。