雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第73話「魔法使いになれる」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、妖気漂う面々が集まっている。そして日々、妖怪じみた活動をおこなっている。
 かくいう僕も、そういった怪しい人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、妖怪変化な面々ばかりの文芸部にも、まともな人間が一人だけいます。異界の住人に紛れ込んだ、ただ一人の人間。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は体を向けた。楓先輩は、楽しそうに歩いてきて、僕の右隣にふわりと座る。先輩は、とても嬉しそうに、にこにこしている。三つ編みは軽やかに揺れており、眼鏡の下の目は、柔らかく弧を描いている。僕は、そんな楓先輩の顔を見ながら、明るく声を返した。

「どうしたのですか、先輩。また、知らない単語に、ネットで出会ったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね」
「ええ。ネット神拳伝承者です。お前はすでに知っている。そんな感じで、適切な解説をおこなう達人です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は先輩から聞いている。文芸部の原稿を家でも書き進めるために、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらったことを。
 先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだった。その時、ネットも閲覧した。それが先輩の運命を変えたのである。先輩はそこで、豊穣な知の世界を見つけた。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「魔法使いになれる、ってどういうこと?」

 んがんぐ。楓先輩の台詞は不完全なものだ。「三十歳まで童貞だったら魔法使いになれる」あるいは「なる」。そういった感じで使われるフレーズだ。いわゆる女性経験に縁遠いオタクの、自虐的なネタとして使われる言い回しだ。
自アン」とよく略されていた、「自動アンケート作成」というサイトが昔あった。この魔法使い云々は、その場所で発生した言葉である。そこで、高齢童貞と魔法使いが関連付けられて定着していった。この文脈の魔法使いの上級職には、妖精や仙人も存在している。
 ネットでは、この魔法使いというネタを巧みに利用して、童貞おっさんが魔法を使うようなイラストやマンガが登場したりする。この独特の空気感を、オタクの生態に詳しくない楓先輩に、どう伝えればよいか僕は悩む。それに、この言葉の説明をするためには、何度童貞と言わなければならないかという、頭の痛い問題もある。

「ほうっ。面白いネタについて話しているな」

 部室の一角で、一人の人物がすっくと立ち上がった。体全体に自信が満ち溢れている。顔には不敵な表情が浮かんでいる。僕は、やばい人がからんできたと思って恐怖する。この文芸部のご主人様。「北斗の拳」で言えばラオウ。僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんである。

 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性劣悪なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「なあ、サカキ。サカキは魔法使いになるんだよな?」
「なりませんよ!」

 僕は、満子部長に反論する。きっと僕は、三十までには楓先輩といい関係になって、家庭を築いて、幸福絶頂期になっているはずだ。それがまさかの魔法使いになって、様々な魔法を使えるようになっているなんて、あり得ないことだ。

「ねえ、満子は魔法使いになる方法を知っているの?」

 楓先輩は、満子部長に興味を移す。満子部長は、嬉しそうな顔で歩いてきて、僕の左隣に座った。

「ああ、知っている。魔法使いは素晴らしいぞ。何せ、様々な魔法を使えるわけだからな。しかし、魔法使いになる方法は、政府の陰謀によって隠されている。私はその秘密を手に入れた。楓。お前は、私からその方法を聞き出して、魔法使いになりたいのか?」

 満子部長は、「僕と契約して魔法使いになってよ!」といった口調でしゃべりかける。
 ちょ、ちょっと待ってくださいよ、満子部長! それって、童貞を維持するか、捨てるかって、だけの話でしょうが! 政府の陰謀とか、関係ないでしょう! 僕が、激しく突っ込もうとしたら、それよりも先に、楓先輩が口を開いた。

「私、ちょっと魔法使いに興味があるかも」
「ほうっ」
「私の家にはテレビはないんだけどね、小学校の頃に旅行に行った時に、魔法少女のアニメが放送されていたの。それを見て、わあっ、あんな風になりたいなあと思ったの。だから魔法使いになる方法があるんだったら、ちょっと聞いてみたいかなと思うの」

 楓先輩は、照れくさそうに告げる。その様子は、クリスマスのサンタさんに憧れる幼い子供のようだ。
 あの、楓先輩。その魔法少女と、ここで言う魔法使いは、全然別の存在なのですが。魔法少女は、魔法を使って変身して、人々を助ける女の子です。魔法使いは、魔法少女を見ながらハアハアして、現実の女の子から遠ざかる人たちです。

「いいだろう。それでは楓にだけ特別に、魔法使いになる方法を教えてやろう」

 満子部長は、悪の大魔王のような顔つきで言う。僕は、この先の展開を想像する。魔法使いの秘密を手に入れた楓先輩は、魔法を使えるようになるために、三十歳まで純潔を守ろうとする。そうなれば、必然的に僕もエッチができなくて、三十歳近くまで童貞のままになる。

 楓先輩は、その純潔をいつまで守ろうとするだろうか。真面目な楓先輩は、本物の魔法が使えるようになるまで、一生懸命エッチなことを控えるだろう。
 そうなれば、僕の魔法使いのレベルもどんどん上昇して、様々な魔法が使えるようになってしまう。僕はハゲ親父になりながら、スーツ姿でポーズを極め「僕は五十歳、大魔法使いだ」と、若者に語りかけるようなナイスガイになってしまう。

 そ、それは困る。
 それに、そもそも魔法使いになれるのは童貞だけだ。女性もなれるという情報もあるが、基本的には男のオタクにまつわる伝説だ。つまり、男性限定のクラスチェンジだ。僕は、楓先輩を、魔法使いという冥府魔道から救うために、いかに魔法使いになることが危険な所業なのかを伝えようとする。

「楓先輩!」
「何? サカキくん」
「魔法使いの秘密を、僕が語って聞かせましょう!」
「うん。サカキくん、教えてちょうだい!」

 先輩の注意が僕に向く。僕は、満子部長という魔王から、お姫様である楓先輩を救う白馬の騎士として、童貞と魔法使いの関係について語り始める。

「ネットの世界では、ある条件を満たすと、魔法使いになれるという伝説があります。その条件とは、三十歳を迎えるまで、純潔を守り通すことです。
 しかし、この話には裏があります。純潔を守り通すのではなく、純潔を捨てることができなかった者が、魔法使いに落ちてしまうのです。この『魔法使いになる』という台詞は、魔法使いになった人間、あるいはなってしまいそうな人間が、自虐的に使うものなのです。
 その証拠が、魔法使いになったあと使えるようになる、魔法の数々に象徴されています」
「どういった、魔法が使えるようになるの?」

 先輩は、きらきらした目で僕に尋ねる。楓先輩はきっと、自分が魔法少女のように変身して、可愛らしく大活躍する姿を想像しているのだろう。僕は非常に心苦しく、すまないと思いながら、童貞をこじらせた魔法使いが使う魔法について語り出す。

「クリスマスに、カップルだらけの街を一人で歩いても、精神的ダメージを受けない防御魔法……。空気を読まずに発言して、周りから浴びる痛い視線に、精神的ダメージを受けない防御魔法……。魔法使いが使えるようになる魔法は、そんなのばかりです」

 楓先輩は、「えっ?」という感じで微妙な顔をする。満子部長は、ちっという表情をして、口を開く。

「いいか、楓!」
「何、満子?」
「童貞や処女すら守れないような人間に、いったい何が守れるというのか! それらを守ってこそ、人類を救うに足る、偉大なる魔法使いへの道を踏み出せるのだぞ!」

 楓先輩は、満子部長の言葉に息を呑む。どうやら、満子部長の言葉に圧倒されて、感動しているらしい。
 駄目だ。楓先輩が魔法使いになるということは、必然的に僕も魔法使いになるということだ。僕が魔法使いになってしまうことを防ぐには、楓先輩に魔法使いへの道を諦めさせなければならない。

「楓先輩は、魔法使いにはなれません。なぜなら、僕が防ぐから!」

 僕は白馬の騎士のように、颯爽と言い放つ。

「どうやって?」

 楓先輩は不思議そうな顔をして、首を傾ける。その状態で、顔をみるみる真っ赤に染めて、硬直した。
 しまった。よからぬことを口走ってしまった。これじゃあ、僕が楓先輩の純潔を奪うと宣言しているようなものだ。
 僕の左隣にいる満子部長が、僕たちを冷やかすようにして、ヒューヒューと言う。

「いやあ、サカキは大胆だな。三十歳までに、楓とエッチして、魔法使いへの道を断つと言っているんだからなあ~~。
 善は急げという。今日にでも、その道を断つというのはどうだ? 私が見届け人として、その様子を克明に記録して、全校生徒につまびらかにしてやろうではないか!」

 満子部長は立ち上がり、僕と楓先輩の肩をがっしりとつかんだ。そして、今すぐにでも保健室のベッドに連れていきたそうな顔をした。

「駄目~~~! そんな破廉恥なこと~~~~~!」

 楓先輩は、顔を真っ赤にしたまま、両手を振り上げて抗議する。それから、少しだけ顔を素に戻して、台詞を漏らした。

「魔法使いは諦めようと思う。だって、変な魔法しか使えないみたいだから。それに、できれば三十歳になるまでに、私も……」

 そこまで言って、顔を爆発しそうに赤くして、楓先輩は黙り込んでしまった。

 それから三日ほど、満子部長は僕と楓先輩に、「魔法使いへの道は捨てたか?」と尋ね続けた。そのたびに楓先輩は顔を真っ赤にして、思考停止状態になった。