雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第66話「スネーク」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、ハードボイルドな面々が集まっている。そして日々、危険な活動に従事している。
 かくいう僕も、そういった危ない臭いを漂わせている人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、デンジャラスな面々ばかりの文芸部にも、おしとやかな人が一人だけいます。戦場に紛れ込んだ、白衣の看護師。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は手を止めた。楓先輩は、僕の傍まで歩いてきて、ちょこんと横に座る。先輩は楽しそうな顔で、僕の顔を見上げる。その動きに合わせて、三つ編みの髪が揺れ、眼鏡の奥の目が嬉しそうに細められた。僕は、そんな楓先輩の様子を愛おしいと思いながら、いつものように声をかけた。

「どうしたのですか、先輩。また、ネットで知らない言葉に出会ったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの情報通よね」
「ええ、どこにでも潜り込んで、情報を手に入れてくる達人です」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、何度も書き直すためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を利用するためだった。そのついでに、ウェブサーフィンを試みた。それがいけなかった。先輩は、インターネットの危ない文字情報に巡り合ってしまった。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「スネークって何?」

 どのスネークかな? 僕は先輩に、どういった文脈で出てきたのか尋ねる。

「『スネークしてくる』という使い方をしていたの。『名詞』に『する』を付けて動詞化する用法は、日本語では一般的よね。でも、スネークするという言葉は、どういった意味か、さっぱり分からないの。
 スネークは、日本語でヘビでしょう。『ヘビをする』と訳してみても、まったく意味不明だし。こんな用法は、ネットでしか見たことがないわ。ネットに詳しいサカキくんなら分かるかと思って、質問してみたの」

 なるほど、そのスネークか。確かに、ネット初心者の楓先輩には、分からないだろうなと思った。特に危険な言葉でもないし、そのまま説明すればよいと思い、僕は口を開く。

「スネークというのは、ある人物の名前に由来した言葉です」
「どんな人物なの? 現代の有名人? それとも歴史上の人物?」

 先輩は、わくわくした様子で尋ねる。

「そのどちらでもありません。物語の登場人物、もっと言うならば、ゲームの主人公です」

 僕は、にこやかに説明する。楓先輩は、なるほどといった顔をして、その先の説明を求める。

「スネークは、コナミデジタルエンタテインメントより発売されているゲーム『メタルギア』の主人公の名前です。彼は、渋くて剽悍な感じの、イケメンおっさんです。そのスネークのモデルは、ジョン・カーペンター監督の映画作品『ニューヨーク1997』、その続編の『エスケープ・フロム・L.A.』の主人公、スネーク・プリスキンになります。

 ゲームのスネークは、ゲームが何種類かシリーズで出ているために、何人かいます。ただ、ネットで発言される場合は、おおむねソリッド・スネークという人物を指しています。このスネークは、優秀な潜入工作員で、不可能を可能にする男であり、伝説の英雄です。
 彼はネット上では、ネタキャラとして扱われることも多く、段ボールをかぶっていたり、変態扱いされたり、いろいろと大変です。動詞のスネークは、この人物から派生した言葉になります」

 そこまで説明を進めたところで、僕は嫌な予感がした。ネットで動詞的に使われるスネークの説明をすれば、僕に被害がおよびかねないことに気付く。

 スネークするという言葉は、潜入行動や潜入調査をするといった意味で使われる。
 僕は楓先輩が大好きだから、楓先輩のいる場所を、よくスネークしている。三年生の教室に潜り込んで、机の陰から姿を見たり、先輩が昼休みによく行く図書館に潜入して、棚の間から覗いたりしているのだ。
 そもそも、この文芸部に僕が入部したこと自体が、潜入行動の一つだと言える。僕は、こうやって楓先輩と話しながらも、現在進行形で絶賛スネーク中なのだ。

「楓先輩は、どこかに潜入してみたことはありますか?」

 僕は、自分の行為が発覚した際に、楓先輩も同類であるという伏線を張るために、質問を試みる。

「そうね。小学生の頃にあるわ」

 よし、来た! これで、先輩の潜入エピソードを引き出しておけば、僕の痛スネークを相殺する切り札になる。

「楓先輩、どういった潜入ですか?」
「教会への潜入よ。教会に、こっそりと潜り込んだの」
「教会? 英語で言うと、チャーチですか?」
「うん」
「何のために?」

 僕は、詳しい説明を求める。楓先輩は、ちょっと恥ずかしいな、という表情をしたあと、わずかに背を丸め、上目づかいで話し始めた。

「私が教会に潜入した時期はね、クリスマスが近かったの。それでお母さんに、サンタさんはもう、日本に来ているのかなあと尋ねたの。そうしたら、来ているけど、クリスマスまでには時間があるから、隠れているわよ、と言われたの。
 そうなると、どこに隠れているか気になるでしょう? だから質問してみたの。『ねえ、サンタさんは、今どこに隠れているの?』って。そうしたら、教会に隠れていると言われて、どうしてもサンタさんに会いたかった私は、サンタさんに会いに、一人で教会まで行ったの」

 先輩は、照れくさそうに、髪をいじりながら説明した。
 ああ、何て微笑ましいエピソードなんだ。楓先輩は、サンタクロースを探すために、教会にスネークしに行ったのだ。

 それに対して僕はどうだろう。汚れきった欲望を満たすために、楓先輩を追って、様々な場所に潜入している。時には、偶然着替え中の楓先輩を、視姦しかけてしまった時もある。危うく理性に負けて、トイレまでスネークしそうになった時もある。
 とてもではないけど、楓先輩と僕の潜入行動を、同列に並べて語るわけにはいかない。

「そういえば、サカキくんも潜入をしたことがあるの?」
「えっ?」

 先輩は、共通の話題ということで、僕にも同じ質問を振ってきた。
 しまった。藪蛇だった。僕が質問をしなければ、先輩はそんな質問を、そもそも思い付きさえしなかっただろう。墓穴を掘るとは、このことだ。僕は、自らを埋めるための墓穴を、進行方向にせっせと準備してしまっていた。

「いや、あの……」
「大丈夫よ。私だって、恥ずかしいエピソードを語ったんだもの。サカキくんも、気軽に話して大丈夫よ」

 楓先輩は、とても楽しそうに話しかけてくる。
 とてもではないけど言えない。僕は今、あなたを潜入調査中ですとは。そして、先輩のあとを追って、様々な場所に潜入して、ストーカーのような行動を取っていたとは。
 もし、そんなことを話そうものなら、このほんわかとした関係は終わり、ゲスを見るような目で、僕は楓先輩に蔑まれてしまう。ここは、この話題を避けて、元のスネークの説明に戻るしかない。

「先輩、スネークについての話の続きです!」
「そういえば、そうだったわね」

 楓先輩は、半分忘れかけていたように声を返した。僕は、熱量を持って話し始め、先輩の意識を引き込もうとする。

「スネークとは、そういった潜入工作員のキャラクターを元ネタにして、ネット上の他の掲示板や、他人がいる場所や、イベントなどに、潜入して調査結果を報告するような活動を指すのです。
 使い方としては、『河川敷にリア充がバーベキューをしている。ちょっとスネークしてくる』とか、『オフ会の場所を入手したから、スネークしてくるわ』みたいに使います!」

 楓先輩は、視線を斜め上に向けて、形のよい唇に指を触れさせる。そして明るい顔をして、ぽんと手を叩いた。

「なるほど。そういうことだったのね。スネークするという言葉の意味が、ようやく分かったわ!」

 楓先輩は嬉しそうに笑顔を見せた。よかった。これで説明は終わった。僕は危機から逃れたことに安堵する。

「それで、サカキくん。サカキくんは、どんなスネーク体験があるの? 私は、教会にサンタさんを探しにスネークしに行ったわけだけど、サカキくんも、何かそういったエピソードがきっとあるよね。教えてちょうだい!」

 うわっ、眩しい!
 楓先輩の微笑みは、汚れた僕の心には、あまりにも強烈すぎる。

「あ、あの。え、えーと。はい。……スネークしたことがあります」
「本当! ねえ、サカキくん、その話を教えて!」

 楓先輩は、僕の心を察することなく、無邪気に話を要求してくる。僕は、どうするか悩んだあと、仕方がなく口を開いた。

「この文芸部にスネークしています。楓先輩に会うために」

 先輩は、僕の言葉を聞いて、きょとんとした顔をした。そして、僕の言葉の意味が分かったらしく、徐々に顔を赤く染め出した。そして、耳まで真っ赤に染めたあと、壊れたロボットのように、ぎくしゃくとした動きをし始めた。

「サ、サ、サカキくん」
「はい。楓先輩」
「そ、そ、そんなことは駄目よ。不純異性交遊よ。校則違反よ」
「ええ。申し訳ございません」

 僕は、深く頭を下げる。そして、パニックになっている楓先輩の様子を、ちらりと見た。先輩は、あわあわした様子で、台詞を吐く。

「こ、この部室にいる私も、もしかして不純異性交遊?」
「いえ、それは大丈夫です。僕が勝手にスネークしているだけですから」
「う、うん。そうよね。よかった。私は大丈夫よね。
 サカキくんも、きちんとしないと駄目よ。サカキくんは、スネーク禁止。ね、分かった? 健全な中学生なんだから。約束よ」
「はい。分かりました」

 楓先輩は立ち上がり、危ない足取りで、机やごみ箱にぶつかりながら、自分の席まで戻っていった。
 僕は、冷静になった頭で考える。楓先輩は、スネーク禁止と言った。僕は、それを受け入れた。僕は、文芸部にスネークして、楓先輩を観察していた。それが禁止ということは、どういうことだろう?
 あれ? 僕は、文芸部に来てはいけないということ?

 翌日、僕は普通に文芸部に顔を出した。楓先輩は、「スネーク禁止!」といって、僕を部室の外に追い出した。ええっ! やっぱり駄目なんですか? しかし、僕が廊下で立っていると、すぐに部室に入れてくれた。

「よく考えると、サカキくんは文芸部員なんだから、潜入活動ではないよね!」
「はい。でも、心はいつもスネーク中です!」

 あっ。せっかく部室に入れてくれたのに、言わなくてもよいことを言ってしまった。
 それから一時間ほど、僕は部室を立ち入り禁止にされた。仕方がないので校舎をぶらついてから、部室に戻った。それから二日ほど、楓先輩は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、僕から距離を置き続けた。