雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第65話「sneg」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、怪しいことに興味を持ち過ぎな面々が集まっている。そして日々、危ない情報を発掘するべく活動を続けている。
 かくいう僕も、そういったアンダーグラウンドな人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、危険な面々ばかりの文芸部にも、真面目一徹な人が一人だけいます。サンバカーニバルに紛れ込んだ、正装の人。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を上げた。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。僕は、楓先輩を見下ろす。先輩は僕を見上げて、眼鏡の下の目を、えへへという感じで細める。僕はその表情に幸せを感じる。そして、いつものように、先輩に声をかけた。

「どうしたのですか、先輩。また、ネットで初めての単語に出会ったのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットの先人よね」
「ええ、モーゼのように、人々を導いています」
「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、一生懸命推敲するためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を試すためだった。そのついでに、ブラウザも立ち上げてしまった。その結果、インターネットの危険な文字情報に出会った。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「snegって何?」

 オウフ。僕は思わず、オタクっぽい声を漏らしそうになる。
 sneg。この英文字だけを見て、その中身を知ることは不可能だ。ローマ字読みの頭文字の羅列は、初見殺しと言えるだろう。せめて漢字で書いてあれば、予想も付くのだろうが、これでは初めて見る人には、まったく意味が分からないだろう。

 しかし、この単語をどう説明するべきか。snegは、「それなんてエロゲ」の略だ。日常生活では出会わないような現実離れした話に対して、「それはエロゲの中の話じゃないの?」という、皮肉を込めて言う台詞だ。同系列の言葉にkneg、「これなんてエロゲ」というものもある。

 僕は頭を悩ませる。snegを説明するためには、楓先輩にエロゲが何なのか説明する必要がある。しかし、そんな卑猥な遊びを知らないであろう楓先輩に、エロゲを教えるのはハードルが高い。
 そもそも、なぜ僕が、エロゲという言葉を知っているのかという根本的な問題がある。僕は、清らかで真面目なサカキくんだ。なので当然、そういったものは知らない。アイドルがトイレに行かないのと同じレベルで、当たり前のことだ。
 これは困ったぞと思い、僕は考え込む。

「おい、サカキ。借りていたergを返しておくぞ」

 ぶっ! 僕は思わず噴き出しそうになる。
 視線を向けると、そこには三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんが立っていた。鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。
 そんな鷹子さんが、僕の机の上に何かを置いた。それは、中身を巧妙に隠す黒い袋。人類の叡智を結集した、遮光性の高い、黒いビニール袋だ。そして、その中には、erg、つまりエロゲ、もっときちんと言うならば、エロいゲームが入っている。

 僕は鷹子さんに、よくエロゲを貸す。鷹子さんは、その中に出てくる可愛い女の子たちに、そこはかとなく興味を持っているようだ。その女の子たちとの、ラブラブな会話を見て、胸をきゅんきゅんさせているように思える。普段は女番長の鷹子さんが、家でこっそりとそういうことをしていると想像すると、それだけでご飯が三杯ぐらい食べられそうな気がする。

 えーと、そういえば、何を貸していたっけ? 僕は黒いビニール袋の中身をちらりと見る。「僕の部活がハーレムで、女の子たちが僕を取り合ってツライ」という長いタイトルだ。
 あはは、それなんてエロゲという感じのシチュエーションだ。そして、そこはかとなく、この文芸部に似ているような気がするなと思った。

 そこまで考えて、僕は顔を青くする。そういえば、そうだった。僕は、この文芸部の女性率の高さから、エロゲ展開を妄想してしまい、そのシチュエーションに最も近いエロゲを探して購入したのだ。そして、そのことを鷹子さんに話したら「それは面白い。私もプレイしてみるから貸せ!」と、貸与を要求してきたのである。

 鷹子さんは、そのゲームをプレイし終えて返しにきた。ということは、僕と鷹子さんは共通見解として、この部活の状況が、それなんてエロゲ状態になっていることを了解している。その上で、楓先輩の前でsnegの説明をすれば、鷹子さんが「この文芸部は、snegって感じだよな」と、言い出しかねない。
 もしそんな発言があれば、僕がこの部活の部員たちをエッチな視線で見ていたことが、楓先輩にばれてしまう。それはまずい。高潔な僕のイメージが瓦解する。僕の株は大暴落して、ブラックマンデーになってしまう。僕はブラックな気持ちになり、文芸部の底辺として、ナメクジのような生活を送ることになるだろう。

 そういった危機を避けるためには、snegの説明をしつつ、eの部分を巧妙にカモフラージュする必要がある。僕は、その難易度の高い作戦を敢行することにした。

「楓先輩!」
「サカキくん。いよいよ説明なの?」
「ええ。snegの解説をしようと思います」
「分かったわ。私、サカキくんの言葉をしっかりと聞くわ」

 楓先輩は、拳を軽く握り、その可愛い手を持ち上げて、僕の顔を注視する。ああ。真面目でひたむきな楓先輩は、何て素敵なんだ。そして、その真っ直ぐな目が僕を見ている。僕は三国一の幸せ者である。

「たとえば、NHKは日本放送協会のローマ字表記の頭文字を取った略称です。このように、日本語では、ある単語をローマ字で表記して、その頭文字を並べて略称を作るということが、よくおこなわれます」
「ということは、snegも何かをローマ字表記した略称なの?」
「そうなのです!」

 僕が胸を張って答えると、僕の横に立っていた鷹子さんが顔を近付けてきた。

「おい、サカキ。お前まさか、楓にエロゲの話をするつもりか?」
「鷹子さんこそ、貸していたエロゲの話を、ぽろりと言うんじゃないですか?」
「ああん? 私がそんなことをするか! 疑わしいのは、いつもサカキだ。悪いのも、すべてサカキだ。サカキ、てめえ、エロいことを言って、私を巻き込む気じゃねえだろうな?」

 鷹子さんはすごい目で、僕をにらんでくる。
 どうやら、僕と鷹子さんは、互いに相手がミスをすると思っているようだ。僕は、微かな笑いを漏らす。僕がそんな失敗をするわけがない。僕は、自信に溢れた表情で、鷹子さんにささやき返す。

「大丈夫ですよ、鷹子さん。手は考えています。完璧でグレートな作戦を用意していますよ。エロゲと言う言葉を出さずに、説明しきるつもりです」
「お前、そう言って、いつも失敗しているだろう!」

 何だか、あまり信頼されていないようだ。

「鷹子さん、僕を信頼してください。よもや鷹子さんが『僕の部活がハーレムで、女の子たちが僕を取り合ってツライ』をプレイして、文芸部のみんなに対して凌辱の限りを尽くしたなんて、楓先輩にはばらしませんから」
「て、てめえ! 私は、お前と違って、そんなエロいことはしていない! 単純に、登場人物の女の子たちの、可愛いグラフィックを愛でていただけだ!」
「でも、クリアしたんですよね?」
「うっ」
「あまつさえ、全ルート」
「……あ、ああ」
「ふふふ、鷹子さんらしいですね。でも、大丈夫ですよ。僕たちは同志です。爆死する時は一蓮托生です。僕は、自分の身を守るためにも、全力を尽くしますよ」
「それが、一番、不安なんだよ……」

 僕と鷹子さんは、楓先輩に聞こえない小さな声でやり取りをする。

「ねえ、サカキくん、鷹子。何を話しているの?」
「いや、何でもない!」
「何でもないです!」

 僕と鷹子さんは、同時に声を出す。これは、いろいろと突っ込まれないうちに、早く片づけた方がよさそうだ。そう思い、僕は口を開く。

「snegを分解して説明します。sは『それ』、nは『なんて』、eは人類の約半数が喜ぶ言葉で、gは『ゲ』つまり『ゲーム』になります。snegは、このように、『それなんて』e『ゲ』というフレーズの略称になるのです!」

 僕は何とかeについてごまかした。もちろん、人類の約半数とは男性のことだ。世の男子諸君でエロが嫌いな人はほとんどいない。ということは、人類の約半数が喜ぶ言葉というのは、まさにエロのことだ。僕は、エロについて語らず、人類の性向についてほのめかすことで、エロゲのエロの部分を華麗に回避したのだ。

 僕は楓先輩を見る。僕の説明を聞いた楓先輩は、小首を傾げて考え込んでいる。頭が斜めになったことで、左右の三つ編みが重力に引かれて傾く。その様子は、思わず手を触れたくなる可愛さを持っていた。僕は触れたくなるのをこらえながら、楓先輩の台詞を待つ。

「ねえ、サカキくん」
「はい。楓先輩」
「それで、eって何?」

 ああああああぁぁぁぁ! 納得してくれなかった!
 僕は絶望のために、勢いよく机に突っ伏してしまう。その衝撃で悲劇が起きた。机の上の黒いビニール袋が倒れ、中のエロゲが転がり出てしまったのだ。

「「あっ!」」

 その中身が何であるのか知っている、僕と鷹子さんは声を上げた。

「これ、何かしら?」

 楓先輩は手を伸ばして、パッケージを手に取った。ノ~~~~~~~~~~ッ!!!
 そこには、部室の様子と、男の子と、可愛い女の子たちが描かれていた。なぜか、キャラは文芸部の構成に酷似していて、髪型までそっくりだった。だって、そういうエロゲを探して買ったんだもの!

 それを見た楓先輩は、顔を真っ白にさせる。それも当然だ。意味の分からないことに、女の子たちは制服を着て、なぜかおっぱいだけ露出していた。それは、卑猥で猥褻で淫猥だった。
 僕は想像する。この部室の女の子たちが、ある日突然、みんな制服のおっぱいのところだけあらわにして、何食わぬ顔で部活動を始める姿を。僕はその突然の状況に戸惑いながら、友人に相談するのだ。友人は、呆れた顔をして言うだろう。
「sneg?」
 僕は、目の前の楓先輩が、おっぱいをぽろりとしたまま、部活動する様子を思い浮かべて、鼻血を出しそうになる。

「ねえ、サカキくん。もしかして、snegのeって、エッチなことの意味?」

 ばれた。僕は観念して楓先輩にすべてを白状する。

「そうです。snegは、『それなんてエロゲ』の略です」
「この箱は?」
「エロゲ、つまりエロいゲームのパッケージですね」
「サカキくんは、鷹子とエッチなゲーム友達なの?」

 楓先輩は、僕のエロゲを持ったまま、恥ずかしそうに言う。ああ。三つ編み眼鏡の美少女さんが、エロゲを持ちながら恥じらっている。その姿は、神々しくて眩しかった。僕は、すべてがどうでもよくなって口を開いた。

「そうです。僕と鷹子さんは、エロゲ仲間なのです。いわば、同じ女の子キャラの、あそこを共有する穴……」

 その時、僕の頭に拳骨が降ってきた。そして、空中に蹴り上げられ、五連続のコンボを決められて、床に落下した。

「サカキ。てめえ、約束が違うじゃねえか」
「す、すみません」

 鷹子さんは、怒りで湯気を立ちのぼらせて、部室を出ていった。

 それから三日ほど、楓先輩は僕にエロゲ禁止令を出した。部室にエロゲを持ち込ませないようにするためだ。仕方がないので、僕はおとなしくしようと思った。でも、三日も絶たずに鷹子さんがやって来て、「新しいエロゲを貸せ!」と執拗に要求してきた。