雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第63話 挿話21「雪村楓先輩と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、己の欲望のまま生きている人間たちが、多数集まっている。
 かくいう僕も、そんな自由人の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、既存の枠に囚われない人間ばかりの文芸部にも、世間の常識をわきまえた人が一人だけいます。狂った野ネズミたちに囲まれた、おやゆび姫。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である、雪村楓さんです。楓先輩は、三つ編み眼鏡の、見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという、純粋培養の美少女さんだ。

 そんな僕や、楓先輩の所属している文芸部に、華やかな事態が発生した。満子部長の母親が買った別荘に、夏休みを利用して、合宿に行くことになったのである。えっ、ドキドキの夏休みイベントって、奴ですか?
 そして、海水浴や、みんなで一緒の食事や雑談を堪能しつつ、明日で合宿も終了という日が来たのである。


 その日、避暑地は昼を過ぎた辺りから浮き足立っていた。海岸に近い公園では櫓が組まれ、地元の人たちが様々な屋台を出して、祭りの賑わいを演出し始めた。タコ焼き、ラムネに、リンゴ飴。水風船を浮かべた水槽の横では、綿菓子を作る店が呼び込みをしている。道には提灯が提げられ、夜の訪れを待っている。

 満子部長のお母さんは、僕たちのために浴衣を用意してくれた。女物の浴衣五枚に、男物の浴衣二枚。僕たちは下ろし立ての浴衣に袖を通して、帯を締めた。下駄や草履もあった。それだけでなく、それぞれの浴衣の柄に合わせた巾着まであったのは、粋な満子部長のご両親らしいなと思った。

 朱色の空が西へと流れていき、東から訪れた夜が、頭上を覆った。まだわずかに藍色の残る大空に、花火が彩りを添え始める。どーん、どーん、という音に誘われるようにして、僕たちは別荘を出た。
 女の子の多い僕たちの一団からは、華やかな笑い声が上がっている。下駄の音も軽やかだ。花火と競い合うようにして、僕たちは楽しげに言葉を交わし、公園への道を歩いていく。

 道は、夜の色である。そこに提灯が、幻のように光を浮かび上がらせる。その光の道を、音で表すならば、ぽんぽん、という感じだろう。そのぽんぽんの間を、僕たちは抜けていく。
 歩いているのは、僕たちだけではない。この地に滞在している人々や、一夜限りの観光客たちが、さざめきとともに、祭りへの道をたどっている。

「楓先輩。祭りの会場が見えてきましたよ」

 僕は、自分よりも頭一つ背が低い先輩に声をかける。楓先輩は、かかとを上げて背を伸ばし、遠くを見ようとする。
 先頭を歩く長身の鷹子さんは、会場の様子を周りに語って聞かせる。一番背が低い瑠璃子ちゃんは、最初から諦めているのか、淡々とした表情で足を動かしている。

 三年生三人、二年生二人、一年生一人の、僕たち文芸部。僕は、その一行の中で、楓先輩の横に立ち、歩いている。歩幅を狭くして歩みを遅め、僕よりも背の低い楓先輩の歩調に合わせて、足を動かしている。

「ねえ、サカキくん。綿菓子はあるかな?」
「ありますよ。昼に確認しましたから」
「リンゴ飴は?」
「それも、あります。好きなんですか?」
「うん。だって、お祭りって、感じだよね」

 先輩は、嬉しそうに答えたあと、眼鏡の奥の目を細めて、えへへと笑う。僕も、顔をほころばせて、先輩の喜びを二人のものにした。
 今宵は祭りである。それは特別な時である。人類は、夜の闇に幻を見続けてきた。それは、恐れであり、夢でもあった。狂おしいほどの暗闇の中で、僕たちは肩を寄せ合い、愛の言葉をささやき合ってきた。

 僕たちは、提灯の間を歩いていく。闇の中に作られた夢の道。そのはかなく、愛おしい幻を、僕は仲間たちと共有する。
 賑わいの声が大きくなった。祭りの只中に、僕たちは足を踏み入れた。横には楓先輩がいる。その口から喜びの声が漏れる。

「先輩は、お祭りが好きなんですか?」
「好きよ。大好き。だって、楽しいんだもの」

 先輩は、三つ編みの髪をゆらしながら、嬉しそうに微笑む。
 僕は、会場を見渡す。射的がある。輪投げがある。金魚すくいがある。公園には、様々な屋台が出ており、僕たちの訪れを待っている。

「さあ! どれから、やろうか!」

 鷹子さんが、快活な声で言う。

「私は型抜きがいいです」

 地味で精密な作業が得意そうな瑠璃子ちゃんが、手を挙げて言う。

「僕は、可愛いアクセサリーを買いたいんだけど」

 鈴村くんが、控えめな口調で希望を述べる。

「私は、輪投げがいい。たぶん、狙ったものが取れるから」

 身体能力がずば抜けて高い睦月が、当たり前のようにして告げる。

 武闘派の鷹子さんは、射的をしたそうだ。満子部長は、くじに興味があるらしい。みんな、ばらばらだ。文芸部らしいなと思う。仕方がないので、約束の時間に櫓の下に集合することにして、自由行動にした。

「楓先輩はどうしますか?」

 僕は、特にやりたいことがなかったので、先輩に尋ねる。

「綿菓子とリンゴ飴がいいな」

 そういえば、そうだった。公園までの道ゆきで、そう言っていたことを思い出す。

「付き合いますよ」
「本当?」
「ええ。僕は、先輩の忠実な下僕ですから」
「サカキくんは、やりたいことはないの?」
「そうですね。楓先輩の横にいることですかね」

 僕は、笑みを漏らしながら告げた。先輩は、少し驚き、照れくさそうに頭をかく。そして、しばらくその場で巾着をいじったあと、恥ずかしそうに声をかけてきた。

「じゃあ、サカキくんも、一緒に綿菓子とリンゴ飴を食べに行く?」
「ええ、喜んで」

 楓先輩は、眼鏡の奥の目を何度かまたたかせたあと、「うん」と言って笑顔になった。

「ねえ、サカキくん。お店の場所、分かる?」

 僕よりも背の低い楓先輩は、人ごみの中では、周囲があまり見えないらしい。

「じゃあ、僕が先導しますよ」

 はぐれないようにと思い、僕は手を伸ばす。楓先輩は、「えっ?」という感じで、少し戸惑った様子を見せたあと、「うん、そうだよね」といった様子で、指先をちょこんと僕の手の平の上に載せてきた。
 僕は、楓先輩のぬくもりを感じる。それは触れ合いというのには、わずかなものだった。しかし、僕の心をじんわりと温かくしてくれた。

「行きましょう」
「うん」
「綿菓子とリンゴ飴を、手に入れに」
「サカキくん。私を連れていってね」
「はい」

 僕は楓先輩の手を引き、歩き始めた。

 約束の時間になった。僕と楓先輩は、右手に綿菓子、左手にリンゴ飴を持って、櫓の下でみんなを待った。
 鷹子さんが戻ってきた。不機嫌だった。ああ、射的ですったのだなと分かった。いちおう礼儀として、どうだったのか尋ねてみた。

「銃が悪い」
「そうですか」

 それ以上、突っ込まなかった。夜店の射的の銃の、精度がよいはずがない。下手なことを言って、鷹子さんの怒りの矛先を向けられないようにする。僕だって、学習しているのです。鷹子さんの扱い方を、少しは学んでいるのです。

 次に戻ってきたのは、瑠璃子ちゃんだった。

「どうだった?」
「お金がかなり増えました」

 そうだろうな。店の人は泣いているだろうなと思った。次に戻ってきたのは、睦月だった。睦月は、たくさんのぬいぐるみを抱えていた。

「どうしたの、それ?」
「輪投げで取った」
「数が多いね」
「全部取ったから」

 ここにも、屋台クラッシャーがいた。よく見ると、ぬいぐるみ以外にも、いろいろと持っている。目ぼしいものは、すべて取ってきたのだろう。

 そのあとに戻ってきたのは、鈴村くんだった。鈴村くんは、頭に髪飾りを付けていた。そういえば、買いたいと言っていた。男物の浴衣を着ているはずなのに、鈴村くんの可愛さは際立っていた。鈴村くんが夜店の間を歩くと、多くの男性たちが振り向き、顔を赤く染めていた。

 最後に戻ってきたのは、満子部長だった。満子部長は手ぶらだった。くじに興味があると言っていたが、外してしまったのだろう。まあ、運で決まるものだから仕方がない。僕は、残念でしたねと、満子部長に告げた。

「いや、くじは引いていないぞ」
「えっ? じゃあ、何をしに行ったんですか?」
「ああ。屋台を出しているのは、この地域の人間で、プロの香具師ではないだろう。だから、景品表示法について、少し講義してきたのだ」
「はっ?」

 僕は、話の流れが分からなくて、疑問の声を漏らす。

「そうしたらな、口止め料と言って、一万円くれた」
「ぶっ!」

 僕は思わず噴き出してしまう。あの、満子部長。それは、脅迫という奴ではありませんか? いや、満子部長のことだ。自分から金を要求したりはしていないだろう。しかし、何だ。つくづく、敵に回したくない人だなと思った。

「ねえ、みんな。盆踊りが始まるみたいだよ!」

 楓先輩が声を上げる。まだ、カレンダー的には、盆踊りには早い。でも、祭りの締めは、踊りがなければ格好が付かない。
 櫓の上のスピーカーが、音楽を鳴らし始める。高みには太鼓がある。太鼓を挟むようにして、地元の青年団の人たちが、ねじり鉢巻きをしている。

 どーん。どん、どん。太鼓の音に、会場の視線が集まる。アナウンス役の人が、踊りの始まりを告げる。
 自由気ままに歩いていた人たちは、音に誘われるようにして輪を作りだす。僕たちも、その流れに乗った。祭りは、踊りでクライマックスを迎える。夏の夜の、夢の宴。僕たち文芸部の面々も、その一夜の宴に身を捧げた。

 翌日、満子部長以外の部員は、別荘をあとにした。玄関で見送る満子部長とその家族に手を振り、僕たちは、海岸沿いの道を歩き出す。

「あっという間だったな」

 鷹子さんが、残念そうな口調で言う。

「もう少しいても、よかったかもしれませんね」

 瑠璃子ちゃんが、名残惜しそうに告げた。
 鈴村くんは、満足だったのか、にこやかな表情だ。睦月は、戻ったあとの、水泳部の練習のことを考えているようだ。僕は、文芸部の面々を見渡したあと、楓先輩に目を向けた。

「楓先輩はどうでしたか?」
「とっても、楽しかったよ。サカキくんは?」
「僕もです」
「よかったね!」
「はい」

 僕は、楓先輩と並んで駅を目指す。

 僕たちの住む町へと戻る道。日常へと続く、駅と線路。
 夏の宴が終わった。僕は、その思い出を胸にしまう。楓先輩は三年生。僕は一つ下の二年生。この特別な夏は、もう来ない。

「いい、合宿でしたね」
「うん」

 楓先輩は、楽しそうに笑う。僕も笑みを漏らす。祭りで触れた先輩の指先。僕は、そのぬくもりを思い出しながら、みんなとともに駅に向かった。