雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第59話 挿話17「保科睦月と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、普通とは少し違った嗜好を持った人間たちが集まっている。
 かくいう僕も、そんな変わった人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、脱線した人間ばかりの文芸部にも、レールの上をきちんと走っている人が一人だけいます。ゴミ捨て場に紛れ込んだ、新品の機械。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である、雪村楓さんです。楓先輩は、三つ編み眼鏡の、見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという、純粋培養の美少女さんだ。

 そんな僕や、楓先輩の所属している文芸部に、華やかな事態が発生した。満子部長の母親が買った別荘に、夏休みを利用して、合宿に行くことになったのである。えっ、ドキドキの夏休みイベントって、奴ですか?
 そういったわけで、瑠璃子ちゃんを引率して避暑地にたどり着いた僕は、満子部長の待つ別荘へと、移動したのである。

 別荘には、満子部長とその両親、そして、三年生の鷹子さんがいた。別荘は、ちょっと広めで二階建て。二階には、満子部長の両親の仕事部屋が二つと、書斎と寝室がある。一階には十畳以上あるリビングと、来客者用の大部屋と小部屋がある。大部屋は、女の子たちが雑魚寝をする。小部屋は、男の子たちが使う。僕は、自分が泊まる部屋に荷物を置いて、リビングに移動した。

「満子部長。食材の買い出しとか、何か手伝いをした方がいいですか?」
「そうだな。くじを作るから、二人一組で買いに行ってもらおう。場所は駅の横のスーパーだから、説明しなくても分かるだろう?」

 僕は思い出す。確かに、その場所にスーパーがあった。
 満子部長は、紙とペンを持ってきて、あみだくじを作る。そして、適当に名前を書いて、鼻歌を歌いながら線をたどっていった。

「今日の当番は、保科とサカキだな」

 僕は、あみだくじを見て、自分の名前がないことに気付く。

「えー、ちょっと待ってくださいよ満子部長。僕の名前が、どこにもないじゃないですか」
「ああ、そうだよ。サカキが、誰と買い出しに行くかを決める、あみだくじだからな。サカキは、毎回買い出し係だ」

 満子部長は、何食わぬ顔でひどいことを言う。

「なぜ、毎回僕なんですか?」
「お前、いちおう男だろう。荷物持ちぐらいしろよ」
「鈴村くんは?」
「あれを、男にカウントするのはなあ」
「うっ。まあ、そうですが」

 確かに、鈴村くんは、男の子というよりは男の娘だ。仕方がない。満子部長の言葉にも一理ある。変態紳士とはいえ、僕もジェントルマンの端くれだ。合宿中のすべての買い出しに参加することを受け入れた。

 夕方になった。塾の勉強が終わった鈴村くんと睦月が別荘にやって来た。親戚の家に行っている楓先輩は、夜に合流する予定だ。

「それじゃあ、サカキと保科は買い出しに行ってこい」

 満子部長に、お金とバッグと食材のリストを渡され、僕と睦月は別荘を出て歩き始めた。

 夕焼け空の下、景色は赤く染まっている。僕たちの右手には森があり、左手には砂浜が広がっている。砂浜の先には、夕陽を閃かせる波の様子が見える。僕たちを包み込むようにして、海の音が響いている。空気には潮の香りが混じり、どこか湿っぽかった。
 睦月は、ティーシャツにホットパンツ姿で、僕の横を歩いている。水着姿でない睦月を見るのは、ちょっと不思議な気分だった。二人で並んで歩くのも、久しぶりの気がした。

 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めた。そして、僕の正面の席に座って、じっと僕を見つめるようになった。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけど、会話がほとんどなくなったのは寂しく思っている。その睦月と僕は今、二人だけの時間を過ごしている。

「そういえばさあ。睦月は、なぜ僕とあまり話さなくなったの?」

 僕は、幼馴染みの気軽さで、睦月に尋ねてみた。
 睦月は、歩きながら、ショートヘアの髪をいじる。短い髪の毛は、本当の美少女でなければ似合わない。睦月は、その基準に照らしても、申し分のない美少女である。その睦月が、少し困ったように、海へと視線を向けた。

「ユウスケは、恋をしているのよね?」
「うん。楓先輩に」
「恋をして、何か変わった?」
「そうだね。口数が多くなったかな」
「恋をすると、変わるのよね?」
「どうだろう。そうかもしれないね」

 僕は答えたあと、睦月はなぜこういった話をするのだろうと思った。何か理由がありそうだ。しかし、僕にはその理由が分からない。睦月は寂しそうな顔をする。なぜ、そういった表情をするのか、人生経験の乏しい僕には読み解けなかった。

 海岸沿いの道路を歩いているうちに、駅前の明かりが見えてきた。スーパーだけでなく、様々な店が並んでいる。生活に必要な品物は、一通りここで手に入るようだ。
 先ほどの会話から無言のまま、僕と睦月はスーパーに入る。蛍光灯の明かりが、周囲を白く照らしている。朱色の世界から、白色の世界に移った僕は、再び睦月に声をかけた。

「ねえ、睦月は自分の部屋では、いつも何をやっているの?」

 僕の部屋では、マンガを読んだり、ゲームをしたりしている。でも、僕の方から睦月の部屋に行くことはほとんどない。だから、何をしているのか知らない。

「学校の宿題と、塾の宿題をしている」
「えっ、遊んでいないの?」
「遊ぶのは、ユウスケの部屋でと決めているから」
「まあ、僕の部屋は、遊ぶ雰囲気に満ち溢れているからね」
「それに、ユウスケがいるから」
「僕自身も、遊ぶ気満々だからね」

 睦月は、表情を変えずに、ため息を漏らす。あれ? 僕の受け答えは、何か間違っていたかな。疑問に思いながら、僕は購入予定のリストを確認する。

「かごは、私が持つから」
「ありがとう。僕よりも、睦月の方が腕力あるしね」

 情けないことを言いながら、僕は食材を探し始める。にんじん、じゃがいも、玉ねぎに牛肉。最後はカレールー。きっと今日の食事はカレーライスだ。初日から、合宿っぽいメニューだなと思った。
 それにしても、睦月とほとんど会話ができていない。これではいけないと思い、僕から積極的に話しかけることにする。

「そういえば、睦月は水着はどうしたの? いつもの競泳水着なの?」
「買ってきた」
「何を?」
「ビキニを」
「おおっ!」
「嬉しい?」
「うん!」
「じゃあ、今から見る?」
「えっ?」
「こんなこともあろうかと、下に着てきたの」

 僕は、ごくりと喉を鳴らす。ティーシャツにホットパンツの下は、ビキニを着ていたのか。さすが、睦月だ。幼馴染みだけあり、僕のことをよく分かっている。

「でも、お店の中で服を脱ぐわけにはいかないしね」
「買い物が終わったあと、スーパーの裏で見る?」
「分かった。速攻で済まそう!」

 僕は、素早く買い物を終える。そして、睦月とともにスーパーを出た。
 建物の裏手に回ると、わずかな幅の地面があり、その先は崖になっていた。崖の向こうは、砂浜になっている。夕暮れ時のビーチには誰もいなかった。僕たちは、夕陽に染まった海を背景にして、二人だけで崖の上に立った。

「じゃあ、脱ぐね」

 睦月は、両手を上げてティーシャツを脱ぐ。薄い布に覆われた、形のよい胸があらわになる。僕は、睦月の胸をじっと見る。その形の変化を、過去の記憶と照合して確かめようとする。

「胸、大きくなった?」
「うん」
「睦月は、運動をしているから、お腹のラインがきれいだね」
「ありがとう」

 僕は腰を屈め、睦月のへその辺りをじっと見つめる。睦月は、脱いだティーシャツを持ったまま、恥ずかしそうにたたずんでいる。

「ねえ、ユウスケ」
「何?」
「私、負けたくないから」
「何に? 水泳の大会とか?」

 僕の質問に、睦月は困ったような顔をして、ため息を漏らす。うーん、今日の睦月は変だ。僕には睦月の心の中が、よく分からない。僕は、わずかに腹筋の浮き上がった睦月のお腹を堪能する。
 辺りは暗くなってきた。そろそろ戻った方がよいだろう。僕は睦月に視線を向ける。

「ねえ、睦月。帰ろうか?」
「ユウスケ」
「何?」
「小学校の頃に、家族で一緒にキャンプに行ったことを覚えている?」

 睦月は、唇をきゅっと引き締めて、僕の顔を見る。
 睦月の家と僕の家は、家族ぐるみの付き合いがある。だから、キャンプは何度も行っている。睦月が口にしているのは、その中でも小学校六年生の時のキャンプだろう。夏の山に行った。睦月が奥に行きたいと言って、僕を連れて森の奥に入った。そして二人で迷子になったのである。

 小学校時代、男の子のようだった睦月は、わんわんと泣いた。僕はどうすればいいだろうと考えて、あまり動き回らない方がよいと思った。今いる場所は、安全が保証されている。下手に動くと、危険な場所に迷い込むかもしれない。それに、大人たちから離れてしまうと、救出が遅れてしまう。それは避けるべきだと考えた。

 僕は、泣きじゃくる睦月を説得して、その場に座らせた。子供ができることは限られている。あとは、発見の可能性を上げるぐらいだろう。僕は、睦月が着ていた赤い服を脱がせて、枝の高いところにかけた。
 薄着になった睦月には、僕の服を着させて、体を寄せ合った。日没までには時間がある。それまでに発見されれば、体温の低下は防げるはずだ。僕は草笛にできる葉を探して、それを鳴らすようにした。
 プププ、プープープー、プププ。プププ、プープープー、プププ。モールス信号のSOSだ。誰かが気付いてくれるといい。僕は、その音を鳴らし続ける。その間、睦月は、僕に体を寄せて震えていた。

 僕たちは三十分後に発見された。実際には、それほど離れていない場所にいたらしい。発見されたあと、睦月はしばらく僕から離れようとしなかった。とても怖かったのだろう。僕は睦月を落ち着かせるために、抱きしめてあげた。小学六年生の時に、そういった事件があったのだ。

「あの時は、危険だったね」
「ユウスケ、頼りがいがなさそうに見えて、優しくてしっかりとしているから」
「そう?」

 褒められて、僕は何だか照れくさくなってしまった。

「私、負けたくないから」

 睦月は、再び同じ台詞を言った。

「水泳部の大会のことだよね。がんばってね」

 僕は、応援の言葉を投げかける。
 睦月は、難しい顔をしたあと、ティーシャツを着始めた。あれ。もう、終わり? 睦月は買い物バッグを持ち、スーパーの表に向かい出す。仕方がなく、僕もあとを追った。

「ねえ、睦月。どうしたんだよ?」

 睦月は答えない。本当にどうしたんだろう。僕は睦月と並んで、別荘への道を引き返し始める。

「ねえ、ユウスケ」
「何?」
「私のこと嫌い?」
「そんなことないよ。大好きだよ!」

 僕は、大きな身振りと声で言った。

「……うん、知っている」

 睦月は珍しく、くすくすと笑う。そして、ちょっとだけ嬉しそうな顔をした。
 どうしたんだろう。今日の睦月は、どこかおかしいな。
 睦月は、僕の手を引いた。その手は、柔らかくて温かった。僕は、睦月の手を握り返す。そして、夜の海岸線の見える道をたどり、二人で別荘まで歩いていった。