雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第47話「それは仕様です」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、精神的な荒くれ者どもが集まっている。そして、「ヒャッハー! 汚物は消毒だ」とばかりに、好き放題のことをしている。
 かくいう僕も、そういった逸脱した人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、ワイルドな人間ばかりの文芸部にも、おしとやかな人が一人だけいます。狂戦士の群れに紛れ込んだお姫様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は振り向いた。楓先輩が、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、眼鏡の下の目をきらめかせて僕のことを見上げる。ああ、何て可愛いんだろう。僕は、幸福感に満たされながら、先輩に声をかける。

「何ですか、先輩? ネットで謎の言葉に出会ったのですか」
「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね」
「ええ、レジェンドクラスです。そろそろ神に昇格しようかと思っています」
「そんなサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、じっくりと校正するためだ。その一環として、楓先輩は、パソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書にアクセスするためだ。そのことが、楓先輩の運命を変転させた。先輩は、ネットに無数の文章があることを知った。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

それは仕様です、って何?」

 楓先輩の台詞に、僕は、なるほどと思う。パソコン初心者の楓先輩は、OSやソフトウェアの不具合に、あまり遭遇していない。だから、メーカーの不可思議な解答にも、触れる機会がないのだ。
 さて、どうやって答えよう。そう思っていると、僕の机の上に、黒いビニール袋が置かれた。顔を向けると、そこには、三年生でちょっと強面、女番長と評判の吉崎鷹子さんが立っていた。鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームをよく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中に立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人だ。

 そんな鷹子さんが、僕の机の上に何を置いたのか考える。そういえば、数日前にエロゲのディスクを貸した。「絵柄が可愛いから興味がある」と言われて、「でもバグだらけですよ」と返したら、「いいから持ってこい」と締め上げられたのだ。タイトルは「バグってバニー~ウサギちゃんだらけの冒険島~」という、いかにもバグが仕込まれていそうなものだ。

 僕は、ビニール袋を置いた鷹子さんを見上げる。眉がひくひくと動いている。あれ、怒っている? 僕は、求められるままにエロゲを貸した。それなのに、なぜ怒られるのか分からない。そう思いながら、僕は鷹子さんの言葉を待った。

「おい、サカキ。何だこのゲームは?」
「鷹子さんが貸せと言ったものですよ」
「バグだらけじゃないか」
「だから、貸す前に伝えたじゃないですか」
「あまりにもひどいから、メーカーのホームページに行って、サポート先にメールを送ったんだよ。そうしたら、ことごとく、『それは仕様です』と返してきやがった。これを開発した奴を、私の前に連れてこい。鉄拳を見舞ってやる!」

 僕は、鷹子さんの殺気に恐れおののく。だから、あらかじめ言ったじゃないですか! それに、鷹子さんが本気で暴れたら、死人が出ますよ!

「ねえ、鷹子は、『それは仕様です』を知っているの?」

 楓先輩に尋ねられ、鷹子さんは、なぜか僕の肩をがっしりと握った。

「楓、今から『それは仕様です』の神髄を教えてやる。おら、サカキ。このパソコンに『バグバニ』をインストールして、どれだけひどいか楓に見せてやれ。そうすれば、メーカーの奴らの暴言が、どれだけ狂っているか納得できるだろう!」

 鷹子さんは、黒いビニール袋を取り、僕に押し付けてきた。
 え? ええ? ええええ? 何で、僕が楓先輩の前で、エロゲをインストールして、プレイしなければならないんですか? 僕は、あまりにも急激な運命の変転に驚愕する。

「サカキくん。そのビニール袋には、何かソフトが入っているの?」
「え、ええ。鷹子さんのが……」
「サカキくんが貸したって、さっき言っていたよね?」
「まあ、そういった解釈も、できないこともないと、思わないでもないですね」

 僕は、可能な限り迂遠に話して、自分に累がおよばないようにする。

「楓、本当に、ひどいゲームなんだぞ!」
「鷹子。中身はゲームなの?」
「ああ、サカキが貸してくれたゲームだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 僕は、鷹子さんの暴走を、必死に止めようとする。
 鷹子さんは、怒りで我を忘れている。普段なら、マンガやアニメやゲームのことを、僕以外には語ろうとはしない。しかし、激しい怒りのために、そういった自制心が吹き飛んでいる。「王蟲、森へお帰り。ここはお前の住む世界じゃないのよ」僕は鷹子さんの怒りを静めて、腐海の森に追い返したいと懇願する。だが、その願いは虚しく、事態は進行する。

 僕は、鷹子さんに促されるまま、黒いビニール袋からディスクのケースを取り出す。そして、中身をパソコンのトレイに載せる。インストールダイアログを表示して、インストールボタンをクリックする。
 画面に、バニー服姿の女の子たちが大量に表示される。絵だけは可愛い。鷹子さんが注目したのも分かる。でも、中身はボロボロなんだよなあ。

「ねえ、サカキくん。『それは仕様です』って何?」

 楓先輩は、成り行きに身を任せながらも、自分の好奇心をきちんと追及し続ける。どうやら僕は、二つのミッションを同時にこなさなければならないらしい。楓先輩の疑問に答えつつ、鷹子さんの部室内テロを防ぐ。これは、難易度が高い。ブルース・ウィルスでも何でもない僕のような人間に、そんなことができるのか? 僕は、絶望とともに頭を抱える。

「楓先輩は、OSやソフトウェアのバグをご存じですか?」
「あまり知らないけど、動かなかったり、止まったりする現象よね?」
「ええ、それ以外にも、開発者の意図とは違う動作や表示をする場合にも、バグと言います。日本語で表現するなら、欠陥や不具合です。電化製品の初期不良に相当するようなものと思ってください」
「なるほど。でも、そのバグと、『それは仕様です』は、どう関係があるの?」

 よし。楓先輩の件は何とかなりそうだ。できることから片づけよう。僕は、早口で解説をおこなう。

「ソフトウェアの開発では、中身が複雑になると、バグを完全に取り除くのが難しくなります。だから、販売後や配布後にバグが見つかると、無償交換がおこなわれたり、バグを修正したファイルが配布されたりするのです。これが、『それは仕様です』を理解する上で、大きな前提になります」

 その時、可愛らしい声優の声で、ゲームのタイトルが読み上げられた。インストールが終わったのだ。さっさと説明を終えて、楓先輩にパソコンの前から去ってもらわなければならない。そうしなければ、このゲームの正体がエロゲだとばれてしまう。
 バグだらけの「バグってバニー」は、ちょっとした動作で、場面が飛んで、エッチシーンに突入する。間のストーリーなんて完全に無視だ。単にエロ画像が見たいだけの人にはよいのだろうが、思い入れも盛り上がりもなく、いきなり女の子が裸になり、嬌声を上げ出すのは、どう見てもバグである。

 学校の教室で会話をしていたら、一秒後にベッドシーンになったり、家で朝ごはんを食べていたら、いきなり公園で始めていたりする。だから、どんな操作で、僕のモニターに危険なシーンが写るのか分からないのだ。
 えっ? サブタイトルの「ウサギちゃんだらけの冒険島」には、どんな意味があるのかだって? 噂によると、予算不足から過去の背景を使い回すことが決まり、タイトルはそのままで、学園物のゲームになってしまったそうだ。そんなゲームだから、バグの多さは業界でもラズベリー賞ものである。

 僕が、楓先輩に用語の説明をしようとすると、僕の右手に誰かが触れた。うん? 鷹子さんが、右手を僕の右手に重ねている。いったい、何をする気ですか鷹子さん? 鷹子さんは、僕の右手をマウスの上に置き、ゲームを開始するボタンをクリックした。

「ヒャッハー! ゲームを開始するぜ!」

 鷹子さんが、モヒカン族のような声を上げて、僕の手ごとマウスを動かし出す。なななな、何ですか? これではまるで、僕がエロゲをやっているようじゃないですか! 勘弁してくださいよ!

「ねえ、サカキくん。『それは仕様です』は、どうなったの?」

 説明をする気はあるの? そういった表情で、楓先輩が僕を見る。駄目だ。解説に意識を集中しないと。僕は、操り人形のようにゲームをしながら、質問に答える。

「ソフトウェアは、仕様と言われる設計図を元に作成されます。そして、想定した動作や表示をする状態のことを、『仕様通り』と言います。『それは仕様です』は、そのことを逆手に取った解答なのです。

 ユーザーが、バグがあったので対応してくれとメーカーに要求する。それに対して、メーカーは、『それは仕様です』と答えて、突っぱねる。仕様ならば、バグではない。バグではないから、直す必要がない。だから、何も対応はしない。コストもかからない。これはメーカーにとって、一番楽な選択肢です。
 それに対してユーザーは、納得ができないと抗議したり、ネットに不満をぶちまけたりするのです。

 そういった不毛な攻防が、ソフトウェア会社とユーザーの間では、よく繰り広げられます。特に、規模が小さくて予算のない会社であったり、逆に大きくなりすぎて小回りが利かない会社であったりすると、『それは仕様です』がよく使われます。

 そこから転じて、欠点や問題を指摘された際、その指摘を回避するための言葉として、『それは仕様です』は使われます。あるいは、問題が発生した場合に、仕様だからどうしようもない、がまんしろといった意味で『それは仕様です』は使用されます。お分かりいただけたでしょうか?」

 僕は、楓先輩の顔をじっと見る。先輩は、指先を、形のよい唇に当てて、僕の説明を飲み込もうとしている。早く納得してくれ。鷹子さんが、バグを出して、画面がいきなりエロシーンに飛ぶ前に! 白昼の性的テロ行為で、桃色の爆弾が炸裂する前に!

「つまり、問題が起きた場合の、体のいい逃げ口上というわけ?」
「そうです。というわけで、僕からの説明は以上です! いったん、自分の席に戻っていただけないでしょうか!」

 その時である。鷹子さんが大きな声を出した。

「キター! これだよ、これ! たった数分触っただけで、いきなりシーンが飛びやがる!」

 スピーカーから、甘えるような女性の声が聞こえる。僕は、素早く手を動かして、スピーカーを切る。さらに、画面を消すために、モニターに手を伸ばす。しかし、遅かった。そこには服を着ていない少女が、秘部にモザイクをかけた状態で寝ていた。さらに、それは動画になっており、画面は上下に揺れている。

「サ、サ、サ、サカキくん~~~~!」

 楓先輩は、顔を真っ赤に染めて、眼鏡の下の目をぐるぐる目にして、両手をばたばたと振る。
 ああ、終わった。でも僕は、最後の努力として弁解を試みる。

「ち、違うんです、楓先輩! これはバグなんです! このゲームソフトの問題なんです! 僕が本当にプレイしたかったゲームには、こんなエッチなシーンはなく、もっと健全なものだったんです。バグが紛れ込んだからこそ、こんなにいかがわしいシーンが、なぜか表示されているんですよ!」

 僕は、苦しくてどうしようもない言い訳を、真剣な顔で告げる。その僕の両肩を、誰かがつかんだ。うん? 僕は、背後に顔を向ける。そこには、ひどいバグを他人に見せたことで、すっきりとした顔になった鷹子さんがいた。

「楓。これは、ゲームのバグだ……」

 僕は、鷹子さんの台詞に希望を見出す。鬼の顔から、仏の顔に変わった鷹子さんが、僕の言い訳を後押ししてくれる。そのことに期待して、僕は喜びの表情になる。

「…‥だがな、サカキがエロいのは、それは仕様です

 ああ~~~~~!!!!
 鷹子さんは、僕を絶望に突き落として、嬉しそうに去って行った。

 僕は、楓先輩に、エッチなゲームを部室に持ち込んだことを怒られた。そして、三日ほどエッチなゲーム禁止を言い渡された。楓先輩が、没収したゲームをどこに持っていったのか、僕は教えられなかった。もしかして、家に持ち帰って、ノートパソコンにインストールしたのかも。僕はそういった妄想で、ご飯三杯ぐらいは、いけるなあと思った。