雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第45話「ダブルピース」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、一般的な学生生活から逸脱した人間が集まっている。そして、日々奔放な活動を繰り広げている。
 かくいう僕も、そういった人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、ゆるい脳みその人間ぞろいの文芸部にも、まともな脳みその人が一人だけいます。変態の園に紛れ込んだ聖少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は慌ててフォルダーを閉じた。AWPと名付けたそのフォルダーには、楓先輩に見せるべきではないファイルが多数保存されている。整頓好きの僕は、フォルダーに様々な名前を付けて、画像ファイルを細かく分類しているのだ。
 僕が、素早い指の動きで、性的なフォルダーを隠したあと、楓先輩が、ととととと、とやって来た。先輩は、僕の右隣にちょこんと座り、上目づかいで僕のことを見上げる。ああ、先輩は、今日もとっても可愛い。僕は、楓先輩に抱き付きたくなるのをがまんしながら、笑顔で口を開いた。

「何ですか、先輩? また、未知の言葉に遭遇したのですか」
「そうなの。サカキくんは、ネットに詳しいわよね」
「ええ、研究者ですから。ノーベルネット賞があれば、候補者に選ばれているでしょう」
「その、サカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、心ゆくまでいじり倒すためだ。そして楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を利用するためだった。その些細な行動が、先輩の運命を変えた。先輩は、ネットも見てしまい、そこに無数の文章があることを知った。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「ダブルピースって何?」

 僕は表情を凍り付かせる。あの、えーと、先輩。それは、普通のダブルピースではなく、ネットで使われるダブルピースのことですよね? ネットでダブルピースと言えば、両手でのピースだけを指すわけではない。アヘ顔ダブルピースと呼ばれる、性的に危険な言葉を示していることが多い。

 僕は、そっと楓先輩の表情を窺う。そんな危ない単語だとは、まったく気付いていない様子だ。どうする。ダブルピースの部分だけ説明して、お茶を濁すか。そもそも、先輩が質問してきたのは、ダブルピースだ。アヘ顔ダブルピースではない。そこまで親切に、深読みする必要はない。
 よしっ。僕は、その線で話をまとめようと思い、口を開く。

「ダブルピースはですね。両手でピースサインを作ることを言います」
「それは分かっているわ。でもネットでは、どうもそれだけではない文脈で、使われているようだったの。その理由を、サカキくんに教えてもらおうと思ったのよ」

 うっ、駄目だったか。僕は、自分の作戦が、わずかな時間で破綻したことを知る。
 その時である。背後から急に抱き付かれた。背中に豊満なおっぱいが当たる。誰だ! いや、誰かなんて考える必要はない。この、無用なまでの過剰な接触。そんな破廉恥なことをするのは、この部室では一人しかない。

「おーい、サカキ。駄目じゃないか~、きちんと説明してあげなくちゃ~」
「な、何をやっているんですか、満子部長! 胸を押し付けて、首を絞めないでください。ギブッ! ギブッ!」

 僕は必死にタップしながら、背後の満子部長を引きはがそうとする。この部室の魔王。ザ・タブーと、先生たちに呼ばれて、恐れられている真正の変態。この部室で、真っ先に避けて通らなければならない御仁が、僕と楓先輩の会話に割り込んできた。

 ああ、本当にこの人は……。この三年生で部長の、城ヶ崎満子さんは、僕にとって頭の痛い存在だ。満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をしている。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性劣悪なものだからだ。
 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「サカキ。お前なら分かっているだろう。ダブルピースの前に、ある言葉が省略されていることを」
「な、何を言っているんですか!」

 僕は、挙動不審者のように目をさまよわせる。

「何だよ。しらばっくれるのか。まあ、いい。そんなサカキのために、今日のおかずを作ってやろう。楓、ちょっと両手でピースをしてみな」
「えっ? こう?」

 楓先輩は、僕の横で、両手をピースのポーズにする。その様子を確認したあと、満子部長は悪魔のように、僕の横でささやいてきた。

「なあ、サカキ。楓がダブルピースをしているぞ。お前の妄想力で、表情だけ差し替えてみろ」

 僕は想像する。楓先輩が、凌辱の嵐に襲われ、頭のタガが外れ、絶望と屈辱から裏返って、快楽に脳を侵されている姿を。その、恍惚感により弛緩した表情で、責め手から幸福をアピールするようにけしかけられて、両手をピースの形にする様子を。
 僕は鼻の辺りを押さえる。鼻血が出そうだ。たとえ出なくても、卑猥な想像でゆるんでいる僕の表情を楓先輩に見せたくはない。アヘ顔ダブルピース恐るべし。こんな危険な単語を、楓先輩に教えるわけにはいかない。

「ねえ、サカキくん。ダブルピースって、どういった意味が隠されているの?」

 楓先輩は、よく分からないまま、ダブルピースの姿で僕に質問する。満子部長は、面白いおもちゃを手に入れたとばかりに、楓先輩に指示を飛ばす。

「なあ、楓。そのポーズで、あっかんべえの要領で、舌を出してくれないか」
「こう?」

 満子部長は、僕の背中に抱き付いたまま、楓先輩の姿を、アヘ顔ダブルピースに近付けようとする。いかん。このままでは、楓先輩が、満子部長の性的な毒牙にやられてしまう。この先、どれだけエッチな姿になるのか興味はあるけど、僕は楓先輩の忠実な下僕で、騎士だから、このまま見過ごすわけにいかない。

 しかし、楓先輩を救うにはどうすればよいのか。ただポーズをやめさせるだけでは、納得がいかないだろう。この部室の序列では、満子部長が一番上。僕は後輩で下っ端だ。僕の言葉よりも、満子部長の言葉の方が重いわけだ。そういった条件下で、楓先輩の行為をやめさせるには、満子部長の指示が、性的に問題のある内容だと、正しく指摘するしかない。
 ああ。僕は悲劇の主人公だ。真実を伝えるために、尊い自己犠牲をしなければならない。僕は、そのヒロイックな行動に酔いしれながら、果敢に口を開く。

「楓先輩。ネット上で使われるダブルピースには、その直前に、ある言葉が隠されているのです!」
「どんな言葉なの?」

 舌を出していた楓先輩は、僕に尋ねるために舌を引っ込めた。よし、満子部長の呪いが解けつつある。魔女に魔法をかけられたお姫様を、騎士である僕は、救い出すのだ!

「ダブルピースの上には、アヘ顔という単語が載り、アヘ顔ダブルピースとなるのです。アヘ顔というのは、性的な行為による快感のせいで、恍惚とともに脱力した状態になっている表情のことを指します。アヘ顔ダブルピースは、そういった表情をしながら、両手でピースサインをして、幸福感をアピールしている状態を言うのです。

 しかし、このアヘ顔ダブルピースは、それだけで収まる言葉ではありません。単に幸福なだけではないのです。通常の場合、このアヘ顔ダブルピースには、そこにいたるまでの物語が付属しています。本人は、性的な行為をする気はない。あるいは、相手との行為を望んでいない。それにも拘わらず、肉体関係を強要される。その結果、当初の決意がくじかれて、快楽に溺れて前後不覚になる。
 そういった状況で、こらえ切れない恍惚の表情とともに、その幸せを表現するように要求されて実施するのが、ダブルピースの姿なのです。
 このような、背徳的で淫らなシチュエーションを、たった一場面で表すものが、アヘ顔ダブルピースの正体になります。

 ちなみに元ネタは、マンガ家『みさくらなんこつ』先生の十八禁ゲーム『信じて送り出したフタナリ彼女が農家の叔父さんの変態調教にドハマリしてアヘ顔ピースビデオレターを送ってくるなんて…』という作品だと言われています」

 僕は勇猛果敢に、ダブルピースに隠された秘密と物語と歴史を語り終えた。
 楓先輩は、顔を真っ赤に染めて、僕のことを見ている。ああ、下品で卑猥な人間だと思われてしまった。しかし、これは僕のせいではない。満子部長が悪いのだ。僕はそのことを先輩に伝えるために、口を開く。

「楓先輩。悪いのはすべて、満子部長です! 満子部長が悪乗りをして、楓先輩に、アヘ顔ダブルピースを再現させようとしたのです! 僕はそれを防ぐために、楓先輩が質問してきた単語の意味を解説したまでです。僕は無罪です!」

 自身の尊厳と自由を取り戻すために、僕は声高に自分の立場を主張する。
 その時である。僕の背後に取り付いていた満子部長が、マウスに手を伸ばした。うん? この人は、何をしているんだ? 満子部長はマウスを動かして、僕が閉じたフォルダーを開く。そこには無数の画像があり、サムネイルが表示される。
 そのフォルダーの名前はAWP。まさに、アヘ顔ダブルピースの略称だ。そう、僕は、運命的なことに、楓先輩にダブルピースの質問を受ける直前まで、アヘ顔ダブルピースの画像を鑑賞していたのだ。何という、シンクロニシティ! 僕と楓先輩は、運命の歯車により、同時に同じことを考えていたのだ!

「なあ、楓。サカキを背後から見ていたらさ、アヘ顔ダブルピースの画像を見ていたんだよ。だから楓に、そのポーズをさせたんだ。サカキが、喜ぶと思ってな」

 満子部長は、僕の背中で勝ち誇ったようにして言う。ノ~~~~~~! 何を言っているんですか満子部長! 確かに、楓先輩のポーズは刺激的で、僕の目がデジカメならば、すぐさま撮影して保存していたこと間違いなしですけど! そんなことを口に出して、楓先輩に聞こえるように言わないでくださいよ~~~~!

 楓先輩の眼鏡の下の目に、わずかに涙がにじんだ。先輩は両手を拳にして、胸の前に持ってきて、恥ずかしそうに僕の顔を見上げている。

「サカキくんの、エッチ……」

 ああ、終わった。僕の青春は終わりを迎えた。僕は燃え尽きた姿で、椅子の上でうな垂れた。
 それから三日ほど、楓先輩は僕のことを避け続けた。そして満子部長は、楓先輩にどうにかダブルピースをさせようと奔走し続けた。僕はその様子を見ながら、何でこうなったと、頭を抱えて日々を過ごした。