雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第43話「宅配テロ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、奇妙な行動を取り続けている面々がそろっている。その様は、まるで百鬼夜行と言っても過言ではない。
 かくいう僕も、果敢にそういった行動を、日々試みている人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、ダメ人間ぞろいの文芸部にも、まともな人が一人だけいます。怪物王国に迷い込んだ、可愛いお姫様。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕はウェブブラウザを閉じた。危ない危ない。「抱き枕☆抱き心地触り心地徹底レビュー」という、謎のサイトを閲覧中だった。こんなサイトを見ていたと知られたら、楓先輩に「サカキくん、変態」と突っ込みを入れられてしまう。

「何ですか先輩。何か知らない単語に出会ったのですか?」

 僕は顔を向けて尋ねる。先輩は、僕の横にちょこんと座り、笑顔を見せた。

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね」
「ええ、ブラックベルトです。オビワン黒帯です」
「その、サカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、美麗に仕上げるためだ。そして楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を確認するためだった。そこで悲劇が起きた。先輩は、ウェブブラウザを開いてしまったのだ。その結果、ネットに無数の文字情報があることを知った。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「宅配テロって何?」

 んがんぐ。僕は、息が詰まりそうになる。そう、最近、僕はその悲劇に見舞われたのだ。つまり、僕は、宅配テロの被害者なのだ。その傷付いた心を癒やしてくれるのは、楓先輩ぐらいしかいない。そう思うほど、僕のハートは壊れかけのレディオなのだ。
 ああ、この言葉には触れたくない。そう思い、目を逸らすと、同学年で幼馴染みの、保科睦月と目が合った。

 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。そして、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見つめている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。
 そんな睦月と視線が合った僕は、水着姿の睦月を、いつものように一瞥した。うん。今日も、健康的で美しい。そう思うとともに、あの宅配テロがあった日に、睦月が僕の部屋に遊びに来ていたことを思い出す。

 あの日、僕は自分の部屋でマンガを読んでいた。ちょっとだけ痛い、萌え系マンガである。最新のトレンドを確かめることを欠かさない僕は、流行に付いていくために、そのマンガを読んでいたのだ。
 そうやって、勉学にいそしむ僕の横には、幼馴染みで、ご近所さんの睦月も座っていた。睦月は、よく僕の部屋に遊びにくる。僕の部屋には、大量のマンガやゲームがある。睦月は、そこを自分の書庫だと思っているのか、いつの間にか部屋に侵入して、僕が気付かないうちに、マンガを読んだり、ゲームで遊んだりしている。

 その日睦月は、僕の横で、少年マンガを読んでいた。服装は、なぜか水着。僕の部屋に来たあと、服を脱いで、きちんと畳み、水着姿になり、僕と並んでマンガを読み出したのだ。
 そういった奇妙な行動を受け入れる広い心を、僕は持っている。器が大きいと言うべきだろう。きっと前世は、前漢を作った高祖、劉邦だったに違いない。

 そんなことを思いながら、マンガを読んでいると、玄関のインターホンが鳴った。何だろう。まあ、お母さんがいるからいいや。僕は、手元のマンガと、睦月の太腿の間で視線をさまよわせながら、エンターテインメントの研究を続けていた。

「ユウスケ!」

 突如僕の部屋の扉が開け放たれて、母親が怒鳴り込んできた。
 すわ、戦か! 僕は驚き、顔を上げる。母親は、段ボール箱を持って、憤怒の形相で立っていた。いったい、何が起きたんだ? 僕は、自分の頼りない記憶をたどる。そう、母親が持っているのは、通信販売の箱だ。僕が知っているエロゲメーカーのロゴが入っている。ということは、僕が注文したものに違いない。その到着により、母が激怒している。そう判断するのが適切だろう。

 謎が解けた! 僕は、灰色の脳細胞を駆使して、現状を把握する。箱に何か、書いてあったのだ。本来は、中身を窺い知ることのできない梱包に、禁断の内容物を露見させる情報が記されていたのだ!

 ええと、何を頼んだかな?
 僕は、数日前のことを思い出そうとする。確か、抱き枕だった。エロゲのキャラの中で、楓先輩に似た容姿のキャラがいたから、思わず、そのキャラ名で検索して、グッズを購入したのだ。
 抱き枕の表側は制服バージョン、裏側は制服なしのバージョンだ。なしとは、つまり制服を着ていないということだ。僕は、その裏バージョンの絵柄に、いたく感動して、ポチってしまったのだ。まさか、そのわずかな行動が、数日を隔てて、母親の憤怒を招くとは思わなかった。恐るべき、バタフライエフェクト! 世界はすべて繋がっている!

「母さん、違うんだ!」

 僕は叫んだ。何が違うかは、まだ確定していない。だが、とりあえず、そうするべきだと思ったのだ。そう、これは正しい行動だ。敵の攻撃をいなして、反撃の機会を探る。僕は言葉の武道家として、反射的にそういった言葉を発したのだ。

 ゴツン!

「ぐはあっ!」

 頭に衝撃が走り、目の前に星が飛んだ。扉の前にいた母親は、縮地術でも使ったように、一瞬で僕の前に移動して、拳骨を落としていた。
 何で、そんなことが、できるんだ! 母よ、あなたは仙人か!

「ユウスケ、あんた、何これ?」

 母親は、僕に箱の表書きを見せる。そこには、印刷された文字で、箱の中身が書いてあった。

 ――「学園タイムストップ~時間を止めて美少女たちとエッチせよ!~期間限定グッズ~眼鏡っ娘抱き枕☆着衣&ヌード」

 それは、フォントで言うと、三十ポイント以上はある、大きな文字だった。何で、こんなに大きいんだよ! 六ポイントぐらいで、見落とすレベルで充分だろう!
 僕は「学園タイムストップ」のメーカー「ラブフール」に「抗議してやる!」と息巻く。ああ、でも、あの会社は、「愚者」と名前が付いているぐらいだから、こういったことをよくやるんだよなあ。僕は、そのことを失念していた、自分の浅はかさに絶望する。

「返品しなさい!」
「ええ~~!」

 僕は、絶望の叫びを上げる。あの抱き枕、気に入っていたのに! しかし、母親の鋭い視線を浴びて、「はい」と小さく答えるしかなかった。

 母が去ったあと、僕の部屋は静寂に包まれた。立ち上がって奮闘していた僕の足下には、マンガから顔を上げた水着姿の睦月がいた。僕は、その美少女を見下ろしながら、敗残兵のような顔でたたずんだ。

「何を買ったの?」
「……抱き枕」
「エッチなの?」
「そこはかとなくね」

 睦月は、マンガを閉じて足下に置き、体育座りになって背を丸めた。そして、顔を少し赤らめて、僕を見上げてきた。

「添い寝する相手が欲しいの?」
「まあね。僕は健全な男子だから、当然、そういった希望は持つと思うよ」

 僕は、はかなげな笑みを浮かべながら、哀愁をたたえた口調で告げる。僕の台詞が終わったあと、睦月は体を前後にゆらした。しばらく、そうし続けたあと、いきなり立ち上がり、僕のベッドの上に載り、気を付けの姿勢で横になった。

「抱き枕の代わり……」

 睦月の顔は、羞恥で赤く染まっている。水着姿で、抱き枕の真似をしている幼馴染みの美少女が、僕のベッドで横になっている。
 何だ、このシチュエーションは? 今、僕の前に神が下りてきているのか? 僕は、めまいを覚えがながら、眼前に選択肢が浮かび上がっていることに気付いた。

 選択肢一、睦月に触れる。
 選択肢二、睦月に触れず、じっと鑑賞する。
 選択肢三、何もせず、マンガを再び読み始める。

 三は論外だ。断じてあり得ない。しかし、二は捨て難い。選んでも神は怒らないだろう。だがここで選ぶのは一だ。そうでなければならない。それは世界の法則だ。
 僕の理性は消えた。リミッター解除! 僕は今日、人間を捨てて野獣になる! うおぉぉぉぉぉっ!!

 その時、部屋の扉が再び開いた。そこには、鬼のような形相をした母親が立っていた。……僕、他に、何かしましたか?

「ユウスケ! あんた、お父さんのクレジットカード、勝手に使ったでしょう!」
「違うよ! コンビニで電子マネーを買って、それで購入したんだよ!」
「どちらにしろ、あんたが悪い!」
「ええ~~~!!」

 僕は、再度拳骨を食らった。そして、睦月の抱き枕大作戦は、うやむやのうちに、なかったことになってしまった。

 長い長い回想を終えて、僕は文芸部の部室に意識を戻す。ええと、何だったっけ? そうそう、楓先輩に、宅配テロって何と、聞かれたんだった。そして、数日前のトラウマのような場面に、フラッシュバックしていたのだ。

「ねえ、サカキくん。意識が飛んでいたようだけど、宅配テロって、そんなに恐ろしい言葉なの?」

 楓先輩は、怪訝な顔をして、僕に尋ねる。駄目だ。先輩を心配させてはいけない。それに、なぜ恐れていたかという話になれば、睦月が僕の部屋のベッドで、半裸で横たわっていた事実を伝えなければならない。それだけは避けるべきだ。僕が浮気性のエッチなサカキくんと、楓先輩に思われるのはまずい。僕は意を決して、説明を始める。

「宅配テロとは、宅配便の箱などに、商品名やその概要などを、文字で書いたり、絵で示したりして、送る行為を指します」
「えっ? でも、それって、普通のことじゃないの」

 楓先輩は、何でだろうといった顔をして、首をわずかに傾ける。

「世の中には、表に出してはいけない情報があるのです。それは、たとえば、十八歳未満は禁止な商品だったり、あまりにも露出や媚が激しい女の子の姿だったり、そういったものは、密かに手に入れたいから、宅配便で購入するのですよ。
 でも、内容が丸分かりの梱包をされると、家族がその商品を受け取った時に、注文者が悲惨な目に遭うのです。そういった行為を、テロリズムに準じるものとして、宅配テロと呼ぶのです!」
「何だか、実感がこもっているわね」

 僕が吠えたあと、先輩は戸惑うようにして声を漏らした。

「う、うう、うううう、うわああん!!!」

 フラバっている、フラバっている、フラッシュバックに襲われている! 僕はPTSD、心的外傷後ストレス障害のような状態に陥り、わけも分からず泣き出してしまった。

「よく分からないけど、宅配テロは恐ろしいものなのね」

 楓先輩は、恐怖とともに、そう告げた。うん、とっても、恐ろしいです。本当に。
 それから三日ほど、僕は心に傷を負った戦士として、ナイチンゲールのような先輩に慰めてもらった。おかげで、ちょっとだけ、得した気分になった。