雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第42話「即ハボ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、怪しい生態を惜しげもなく披露する面々がそろっている。
 かくいう僕も、そういった駄目な活動を続けている人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そんな、難物ぞろいの文芸部にも、真面目な人が一人だけいます。サイケデリックなパーティーに紛れ込んだ、清らかな少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえて、僕は笑顔を浮かべた。楓先輩は、自分の席から、ととととと、とやって来て、僕の横にふわりと座る。先輩が横に来ると、心地よい香りが僕の鼻をくすぐった。ああ、やっぱり楓先輩は可愛いや。僕はそのことを再認識する。そして、そんな先輩と同じ部室で活動できる幸せを満喫する。

「何ですか先輩。ネットで、未知の言葉に出会ったのですか?」

 僕は、いつものように先輩に声をかける。

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね」
「ええ、マエストロです。ファンタジスタでも、グランドマスターでも構いません」
「その、サカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、きちんとレイアウトするためだ。そして楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を確認するためだった。その時に、ついついネットも見てしまった。その結果、先輩はネットに大量の文章があることを知った。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「即ハボって何?」

 おうふっ。僕は、楓先輩の口から出てきた言葉に驚嘆する。ネットスラングの中でも、それほど一般的ではない言葉だ。使われる場所も限定されている。
 即ハボは、即ハメボンバーの略だ。魅力的で、すぐにハメたい相手に対して、使われる言葉だ。このフレーズは、元々ネットの掲示板で、女性を評価する時に書き込まれたものである。その勢いと語呂のよさから、その後多用されるようになった。

 とはいえ、そんな説明を、そのまま楓先輩にするわけにはいかない。楓先輩は、純真可憐な乙女である。即ハメボンバーなどという、卑猥な言葉を説明するのは、はばかられる。いったい、どうすればよいのか、僕は口をつぐんで考える。

「ねえ、サカキくん。この即ハボって、女の子を褒める時に使う言い回しみたいなんだけど。その用法で合っているのかしら?」
「ええ、まあ、そうですね。女性の容姿を褒める時に使います」

 それが、性的な意味での評価だとは、とても語れない。女性の容姿を見て、肉体の交合を想像して、その状態に今すぐなりたいと願望する。即ハボは、そういった言葉だ。
 相手と顔を合わせて、あなたは即ハボですね、などと言おうものなら、張り手を食らって床に転がされて、ハイヒールのかかとで散々踏み付けられても、文句は言えない。それが、美人のお姉さんなら、それはそれで、ご褒美かもしれないけど。

「わあ! やっぱり褒める言葉なんだ。じゃあ、私が読み取った文脈は正しいのね」
「そうだと思います」
「即ハボは、女性を褒める言葉なのよね?」
「ええ」
「ねえ、サカキくん。私は即ハボ?」

 うっ。僕は息を詰まらせる。これは、完全なハメ技だ。違う意味のハメだけど。
 楓先輩は、即ハボを、女性の容姿を褒める言葉だと思っている。だから、「違う」と答えれば、僕が先輩の容姿を、悪いと思っていると伝えることになる。
 だからといって、即ハボであると告げれば、そこには巨大な地雷原ができる。即ハボは、「すぐにでも性的に繋がりたい、それも、爆誕レベルで!」という言葉だ。その意味を理解した途端、楓先輩は、僕が先輩をエロい視線で眺めていたと思ってしまう。もしそんなことになれば、僕は楓先輩から幻滅されて、距離を置かれることになる。

 悩ましい。いったい僕は、どうすればよいのか。前門の虎、後門の狼である。楓先輩が、即ハボであるか否か。どちらを選択しても、僕は不幸に見舞われるだろう。ここは、起死回生の一手が必要だ。

「楓先輩。ボンバーという言葉は、ご存じですか?」
「何か、即ハボと関係があるの?」
「ええ。多大なる関わりがあります」
「どういった関係なの?」
「それを、今から語りましょう」

 やった! どうにか質問を逸らして、違う話題に引きずり込んだ。こうして、遠回しに即ハボの意味を伝えて、先輩の問いに答える前に、問い自体をうやむやにするのだ!

「ボンバーは、爆撃機、爆弾投下兵、時限爆弾を仕掛ける人といった意味の英語です。このボンバーの『ボ』こそが、即ハボの『ボ』なのです。つまり、即ハボには、言葉の爆弾が仕掛けられているのです!」
「ええ! どんな爆弾が仕掛けられているの!」

 先輩は、「な、何だってー!」といったMMRばりの顔をする。よし、僕は、文芸部のキバヤシだ。世界の様々な秘密を暴き、楓先輩を驚かせるMMRのリーダーだ。
 僕は、沈痛な顔をして、即ハボに隠された事実を語り始める。

「先輩。即ハボは、即、ハ、ボの三文字で構成されています。このうち、『即』は、そのままの『すぐに』という意味です。そして『ボ』は、先ほど述べた通り、『ボンバー』の頭文字です。即ハボには、ボンバーという危険な言葉が含まれています。そのことから、極めて危ない単語だということが、示唆されます」
「うっ、恐ろしいわね。そんな危険な言葉だったなんて」

 楓先輩は、緊張した面持ちで言う。

「それで、サカキくん。今の説明で、即ハボの『即』と『ボ』の謎が解明されたわよね。つまり『ハ』の一字に、重大な意味が隠されているのよね?」

 僕は静かに頷く。先輩は、ごくりと唾を飲み込み、僕の顔を見上げる。
 よし。先輩は、自分が発した質問を、忘れかけているぞ。このまま説明を上手く誘導することで、地雷原を華麗に突破するのだ!

「楓先輩は、『ハ』が頭に付く言葉として、何を思い浮かべますか?」
「廃墟、廃人、破壊、破綻、破滅、波乱、そんなところかしら。何だか、禍々しい言葉ばかりね」
「ええ、そこには、人類の太古から連綿と続く、ある行為が隠されているのです」

 僕は、緊張した顔をしながら、楓先輩の目を覗き込む。先輩は、僕の目に、人類の闇を見て、恐れおののく。

「それで、即ハボの『ハ』は何なの?」
「ハメ……です」
「えっ? ハメ何なの?」
「それは、恐ろしすぎて、僕の口からは言えません」

 楓先輩は、考え込む表情をする。先輩が上げた言葉の中で、ハメが頭に付く言葉となると、破滅になる。「即破滅ボンバー」そう勘違いしてくれれば、御の字だ。
 人類を一瞬で滅ぼすような、恐ろしい破滅の爆撃機。そういった破壊力を持った言葉だと誤認してくれればいい。僕は、嘘を言っておらず、先輩が勝手に勘違いしただけだ。そして僕は席を離れて、どこかでゆっくりと考えて、体勢を立て直せばよい。これは戦略的撤退だ。何ら非難されることはない、正当な行為だ。
 先輩は、しばらく考え続けたあと、諦めたような表情をして口を開いた。

「それで、サカキくん。私は即ハボなの?」

 ギャー! 何でその質問に戻るのですか? 僕は、発狂しそうになる。
 先輩の心を、僕の話術でコントロールすることは不可能だった。これは、先輩を誤認させようとした僕への罰なのか。

「ねえ、サカキくん。私は即ハボ? 即ハボなの?」

 楓先輩は、しつこく聞いてくる。駄目だ。これ以上、先輩に即ハボという言葉を使わせるわけにはいかない。ここはきちんと真実を伝えるしかない。僕は、先輩から嫌悪されることを覚悟して、自己犠牲の精神で高らかに言う。

「先輩。即ハボの『ハ』は、ハメという意味です。ハメというのは、はめるという動詞を名詞化したものです。この、はめるという言葉の意味は、あるものの中に、ぴったりと入れ込む、あるものを覆うように、ぴったりと覆うといったものです。特に、入れる、収めるという意味が強く、その意味合いで使われます。
 この、はめるという言葉は、入れる、収めるという意味から、男女間の行為を指し示す言葉としても使われます。あるものの中に入れるというのは、女性の体の部位に、男性の体の一部を入れることを示します。つまり、即ハボの『ハ』は、男性が女性に何がしかを挿入するという意味を表しているのです。
 そして最後の一文字の『ボ』は、ボンバーということを説明しましたが、これは単なる強調の意味として利用される、接尾辞的なものです。このボンバーに、深い意味はありません」

 僕は、姿勢を正し、身振りを交え、まるで演説のように説明をおこなう。その言葉が終わったあと、楓先輩の反応を待った。先輩は、形のよい唇に指をあてがい、懸命に頭の中で、今の説明を整理している。そして、その理解を確かめるようにして、声を出した。

「つまり、男性が女性に向かって、『すぐに、はめたい』、もっと分かりやすく言ったら、『すぐに、エッチしたい』という意味なの?」
「そ、そうです」

 僕は、極力平静を保ちながら答える。楓先輩の顔が徐々に赤くなっていく。自分が口にしていた言葉の意味が、飲み込めてきたのだ。
 先輩は、耳まで真っ赤に染めて、僕の顔を見ている。僕は、学者か裁判官のように、真面目な顔をし続ける。しかし、そのポーカーフェイスは、いつまでも持たなかった。徐々に、僕の顔も、熱を持ってくる。駄目だ。恥ずかしすぎる。

「それで……」

 楓先輩は、もじもじしながら尋ねてくる。

「サカキくんにとって、私は即ハボなの?」

 えっ? 僕は、先輩の台詞に驚く。そりゃあ、もう、全力でイエスですよ! これは恋愛フラグなのかと思い、僕は鼻息荒く口を開く。

「イエス! イエス!! イエス!!!」

 僕は、力強く先輩に答える。その声を聞いたあと、楓先輩はそっと体を引いた。あれ?

「サカキくんの、エッチ……」

 ええええ~~~! 何で、そうなるんですか? これは、僕に愛の告白をしろというサインじゃなかったんですか~~~! 僕は、どうやら、地雷原に裸で踊りながら突っ込んでしまったらしい。僕は、爆弾を食らって、木っ端微塵になった。

 それから二日ほど、楓先輩は僕を、エッチな人ということで避け続けた。そりゃあ、ないですよ! そもそも、即ハボなんて言い出したのは、楓先輩ですよ! 僕は、先輩のハメ技のせいで、多大なる精神的ダメージを負った。