雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第36話 挿話14「雪村楓先輩と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、そこはかとないダメ人間が、なぜか集結している。そんな、迷走街道まっしぐらな面々が集う部活に、僕、榊祐介は所属している。
 二年生で文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、困ったちゃんがそろった文芸部にも、まともで真面目な人が一人だけいます。奇人変人のパレードに紛れ込んだ、純真無垢な少女。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である雪村楓さんだ。楓先輩は、眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さんである。

 この、僕や楓先輩が所属している文芸部に、かつてない恐るべき事態が勃発した。それは、文芸部存続の危機である。生徒会長で、演劇部部長の、花見沢桜子さんが、全国大会に行った演劇部の部室を拡張するために、部室の明け渡しを要求してきたのだ。
 その無理難題に、城ヶ崎満子部長が出した答えは、公募で賞を獲って文芸部としての成果を出すというものだった。しかし、この部活で文章を書き慣れている人は、満子部長と楓先輩と僕しかいない。そこで、満子部長は、ペアライティングを提唱して、残りの部員の初稿を僕が書くという奇策に打って出た。……というか、僕に丸投げしたのだ。さすがに、それはひどいよ~、と僕は嘆くのであった。

 そういったわけで、三年生の女番長である吉崎鷹子さん、同級生で男の娘の鈴村真くん、同じく同級生で幼馴染みの保科睦月、一年生で幼女の氷室瑠璃子ちゃんの原稿を僕は手伝った。その仕事も一段落して、疲労困憊状態で部室でまどろんでいた。

「サカキくん。疲れているみたいだけど大丈夫?」

 僕の意中の人、楓先輩が、僕の肩をゆすって起こしてくれた。

「あれ? 僕、眠っていましたか?」
「うん。よだれを垂らしながら、おっぱいとかつぶやいていたよ」

 げげっ、それはまずい。僕は楓先輩の前では、真面目で高潔なサカキくんを演じなければならない。寝ていて、気が抜けていたからといって、おっぱいは、さすがに駄目だろうと思った。

「満子が出した無理難題は終わったの?」
「ええ。どうにか全部仕上げて、公募に出しました」
「それじゃあ、いよいよサカキくん自身の原稿ね」
「えっ?」

 僕は、楓先輩の言葉の意味が分からず、疑問の声を出す。僕は四人分の原稿を手伝った。手伝ったというより、ほぼすべて代筆した。つまり四人分、ひいき目に見ても、二、三人分の仕事はしたわけだ。僕自身の原稿? それは、すっかり頭から抜けていた。そういえば、満子部長は、全員一作ずつ文章を書いて、賞に応募すると言っていた。ということは、僕自身も何か一作書かなければならないというわけだ。僕はその事実に気付いて、顔を青くする。

「もしかして、完全に忘れていたの?」
「ええ。他人の原稿を書くのに忙しかったですので」
「どうする?」
「どうしましょう?」

 楓先輩の顔を見ながら僕は尋ねる。これは、困ったことになった。このままでは、僕だけ活動実績がないということになる。あれだけがんばったのに、それはないなあと脱力する。

「サカキくん。私と一緒に書く?」

 楓先輩の提案に、僕は飛び上がりそうになる。

「それは願ったり叶ったりです。でも、先輩と違って僕は、これからスタートなので、部室で書くだけじゃ間に合いませんよ」
「じゃあうちに来て、一緒に作業をする? 部室だと集中できないだろうし」

 僕は心臓を大きく鳴らす。これは、恋愛フラグが来たか? 女の子の部屋にお呼ばれして、二人きりになる。これ以上のお約束があるだろうか。僕は、鼻息が荒くなりそうなのを必死にこらえて、無害そうな様子で笑みを浮かべる。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。いつがいいですか?」
「今からがいい?」
「ええ、是非!」

 僕と楓先輩は、帰る準備をして部室を出た。とんとん拍子の展開に、僕は罠でも待ち受けているのではないかと疑う。僕の恋愛が、こんなに簡単に進展するはずがない。まるでラノベのタイトルのような感想を思い浮かべながら、バスにゆられて楓先輩の家に向かった。

 楓先輩の家は、郊外の一軒家だった。満子部長の家のようにお屋敷ではないけれど、そこそこ大きな建物だ。大金持ちというわけではないけど、一般の人よりは稼ぎがあるのが分かった。

「ご両親は?」
「お父さんは仕事中。お母さんは家にいると思うわ」
「どういったご職業なんですか?」
「お父さんは大学の文学部の教授、お母さんは翻訳家よ」

 なるほど、その二人が両親だから、先輩みたいな女の子が誕生するのか。

「お母さん。部活の後輩を連れてきたよ」

 玄関に入り、先輩は声をかける。奥から、眼鏡の女性が現れた。ラフな格好をしており、頭の上で髪を丸めて、お団子にしてある。楓先輩に似た美人さんだ。

「サカキくんよ」
「珍しいわね、楓が学校の友人を連れてくるなんて。君がサカキくんね。噂はよく聞いているわ。面白い子らしいわね」
「榊祐介です」

 僕は慌てて頭を下げる。先輩は僕のことを、面白い子だと両親に言っているようだ。エッチな子でなくてよかったなと安堵する。

「コーヒーと紅茶とジュース、どれがいい?」
「コーヒーがいいです」
「お母さん、私は紅茶ね」
「はいはい。あとで部屋に持っていくわね」

 楓先輩のお母さんは、嬉しそうに微笑み、台所へと消えていった。

「先輩の部屋は?」
「二階よ」

 階段をのぼり、扉を抜けた。八畳ほどの室内には、本棚と学習机とタンスがある。先輩は、押し入れから折り畳みテーブルと座布団を持ってきて、部屋の中央に置いた。僕はカバンからノートパソコンを出す。先輩も学習机からノートパソコンを持ってきて、テーブルを挟んで座った。

「それじゃあ、始めましょう」

 先輩はにこやかに告げたあと、真面目な顔をして、ノートパソコンの画面を見る。まだキーボードにあまり慣れていない先輩は、指をさまよわせながら動かす。すでに一通り書き終えている先輩は、原稿を修正しているようだ。僕は何を書くか考える。すでに四週間近く使っているから、短い時間で仕上げたい。調査の必要がない題材を選んだ方がよいだろう。
 部活のことがよい。文芸部の部員をモデルにした話を書こう。主人公は誰がいいかな。僕と楓先輩がよいだろう。内容は、ラブコメにしよう。ちょっとエッチで、健全な笑いに包まれた部活物。ネットスラングをからめたものがよいだろう。僕はタイトルを決めて、リズミカルに文章を打ち込み始めた。

 楓先輩のお母さんが、飲み物を持ってきてくれた。普段、友人を連れてこないということだから、僕のことが珍しいのだろう。興味津々といった様子で眺めたあと、名残惜しそうに部屋を出ていった。僕は、マシンガンのようにキーボードを叩きながら、時折コーヒーに手を伸ばす。先輩は、画面を一生懸命見ながら、時折自分の手元を見て、キーボードをゆっくり押していく。
 あれ? もう少し恋愛的な展開を期待していたのだけど、何も起きないなあ。これだと、静かな場所で執筆しているだけじゃないか。そりゃあ、うるさい部室や、遊び道具だらけの僕の部屋よりは集中できる。でも、若い男女が、誰の邪魔も入らない部屋で二人きりなわけだから、もっと他の展開があってもよいのではないだろうか。

「サカキくん、キーボード打つの速いね」
「ええ、慣れていますし」

 オンラインゲームでは、二台のパソコンで別のキャラクターを演じながら会話することもある。だから、しゃべるより速く、文字を入力することだって可能だ。

「その調子だと、私よりも先に、サカキくんの方が完成しちゃうかもしれないね」
「そんなことはないですよ」

 僕と先輩は、笑みを交わして、互いに手を止める。よし、少しいい雰囲気になったぞ。僕は、先輩が作業に戻らないように声をかける。

「そういえば、楓先輩は、どんな話を書いているんですか?」

 楓先輩は、僕の質問に顔をわずかに上気させる。少し気恥ずかしそうにしたあと、照れくさそうに答えた。

「文芸部のお話。私とサカキくんを、主人公にしたもの」
「えっ? 僕もですよ。主人公を、僕と楓先輩にして」

 僕と楓先輩は、互いに顔を見合わせる。これは、運命的なフラグではないのか。僕と先輩は、それぞれ二人を主人公にして物語を書いていた。それは僕と楓先輩が、現実の世界でも二人のお話を作っていくということではないのか。
 先輩と僕は、テーブルを挟んで見つめ合う。部屋には、二台のノートパソコンの稼働音だけが響いている。そういった静かな空間なのに、僕の耳は音に満たされていた。心臓が大きく鳴り響き、僕の心を強く締め付けていた。

「ねえ、サカキくん。見せてもらっていい?」
「ええ」

 僕がノートパソコンを先輩に向けようとすると、先輩はそれよりも早く立ち上がり、僕の横に席を移した。
 部室でいつもしているのと同じ、無防備な様子で先輩は僕に肩を寄せる。そして、僕に寄り添い、画面を見つめる。そういえばこの部屋は、先輩の香りに包まれている。先輩はいつもここで寝て、起きて、勉強をしている。そして、自分の部屋なのだから、もしかしたら、ちょっとエッチなこともしているかもしれない。僕は、その様子を想像して、顔を赤く染める。

 腕や脇腹には、隣に座っている楓先輩の体温を感じる。僕は、自分が理性を保てるか不安になる。僕はちらりと横を見る。先輩は熱心に僕の書いた文章を読んでいる。これは、迫ってもよいのだろうか。
 僕は、男女間の恋愛事情に疎い。先輩も、どちらかといえば奥手だろう。僕は、手を出すべきか検討する。やめた方がいいかもしれない。嫌われるかもしれない。楓先輩は、無邪気すぎて無防備なところがある。誘っているように見えて、実はそんなことを露ほども考えていない可能性もある。
 僕は手を上げて、先輩の肩に置こうか迷う。ここで一気に恋愛フラグを立てて、怒涛の楓先輩攻略ルートに流れ込むべきかと逡巡する。

「楓~、サカキくんと、ケーキ食べる?」

 その時、扉が開いて、楓先輩のお母さんが入ってきた。

「あっ」

 先輩のお母さんは、横に並んで肩を寄せ合っている僕と楓先輩を見て、気まずそうに声を出した。

「ごめんね、楓。お邪魔しちゃったみたいで」
「お母さん、そんなんじゃないから!」

 楓先輩は顔を真っ赤に染めて、両手をぶんぶんと振る。

「あらあら、必死になっちゃって、可愛いわね。サカキくん、お気になさらず、ごゆっくりね」

 嬉しそうに声をかけて、楓先輩のお母さんは扉を閉めて、出ていった。

「ごめんね、サカキくん。お母さん、私が珍しく人を連れて来たから、舞い上がっちゃって」
「いえ、全然問題ないですよ。それに僕は、先輩のお母さんに勘違いされても、むしろ嬉しいぐらいですから」

 楓先輩は、僕の顔をじっと見つめる。そして、いつものようににっこりと笑って、体の力を抜いた。

「よかった。サカキくん、怒っているかと思って」
「そんなことないですよ。僕が楓先輩に怒るなんて、あり得ませんから!」
「うん。知っている」

 先輩は嬉しそうに頷き、僕の顔を見上げた。僕は、先輩の姿に視線を注ぐ。三つ編みにした美しい髪、真面目そうな眼鏡、その下の愛らしい顔。ここは部室と違い、僕たち二人以外は、誰もいない。誰にも見られることのない空間。二人だけの世界……。

 十分後、僕たちは、自分たちのノートパソコンの前に座っていた。それぞれの画面を見て、テーブルを挟んで向かい合っている。静かな場所で、満たされた心で、僕は指先に思いを注ぎ、物語を紡いでいく。
 窓の外が暗くなってきた。僕はノートパソコンを閉じて、そろそろ帰ると先輩に告げた。

「じゃあ、楓先輩。明日、また部室で」
「うん。早く完成するといいね」

 先輩は玄関で手を振って、僕を見送ってくれた。それから数日後、僕たちは、自分たちが書いた作品を公募の賞に送った。
 しばらく経ったあと、結果が分かった。先輩は、文学賞の三次予選まで進み、そこで落選した。僕はラノベの賞に送り、二次予選で落ちた。楓先輩は僕に、「残念だったね」と言ってくれた。
 僕は、ちょっぴり悔しかった。それとともに、初めて送った賞で、誰かが僕の小説を読んで、一次予選を通過させてくれたことに感慨を持った。この世界の誰かが僕の文章を読み、評価してくれた。それは、とても素敵なことのように思えた。

 それぞれの部員の結果が確定したあと、満子部長は、僕たちが文芸活動をしている証拠を、学校と生徒会に提出した。
 先生たちも、生徒会長も、随分意外に思ったらしい。普段の満子部長の言動や行動を知っていれば、そういった形式にこだわるような人とは考えにくいからだ。でも、僕は知っている。満子部長が、裏ではあれこれと気を使って、文芸部のことを考えていることを。満子部長は、ああ見えて、実は几帳面で真面目な人なのだ。
 何はともあれ、演劇部が文芸部の部室を奪うという話は、立ち消えになった。僕はそのことを聞いて安堵した。そしてこれまで通り、部活を続けられるんだと思い、素直に喜んだ。