雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第34話 挿話12「保科睦月と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、少しばかり常識のずれた人たちが集まっている。
 そんな、ちょっと困った部活に、僕は所属している。名前は、榊祐介。二年生で文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、怪しい人間たちが生息している文芸部にも、真面目な人が一人だけいます。小悪魔の群れに紛れ込んだ、天使様。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である雪村楓さんだ。楓先輩は、眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さんである。

 この、僕や楓先輩が所属している文芸部に、かつてない恐るべき事態が発生した。それは、文芸部存続の危機である。生徒会長で、演劇部部長の、花見沢桜子さんが、全国大会に行った演劇部の部室を拡大するために、部室の明け渡しを要求してきたのだ。
 その無理難題に、城ヶ崎満子部長が出した答えは、公募で賞を獲って文芸部としての成果を出すというものだった。しかし、この部活で文章を書き慣れている人は、満子部長と楓先輩と僕しかいない。そこで満子部長は、ペアライティングを提唱し、三人以外の部員の初稿を、僕が書くという奇策を打ち立てたのだ。……というか、僕に丸投げしたのだ。それはないですよ、満子部長!

 そういったわけで、今日は僕は、同学年で幼馴染みの、保科睦月と、どんな文章を書くかの打ち合わせをしている。いったい、どんな話を書くことになるのか、僕にもまったく予想が付かないのである。

「ねえ。睦月は何か、アイデアとかある?」

 僕は気軽な調子で、睦月に話しかける。睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。そして、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見つめている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。

 そんな睦月は、今日はスクール水着姿で、僕の前に座っている。スクール水着は、競泳水着とは違うよさがある。競泳水着は、いわば、よそ行きのドレスのようなものだ。対して、スクール水着は、普段の学生服のようなものだ。
 スクール水着は、そういった日常の延長であるにも関わらず、それを身に着けることで、体のラインがあらわになり、肌が露出する。そのことにより、日常生活の崩れというか、日常性の破れというか、そういったことが発生するのだ。
 スクール水着というウェアは、そのような特殊効果により、僕たちの妄想力を強く喚起する。それは服飾によってもたらされる、日常と非日常の混淆であり、ハレとケを繋ぐ精神の架け橋なのである。

 僕がそういったことを考えながら、睦月のスクール水着を見ていると、質問の答えが返ってきた。

「気になるお店があるから、そのお店の人に、インタビューをするつもり」
「へー、面白いかもね。気になる店って、どこなの?」

 睦月は一枚のチラシを出して、僕へと渡した。何だろうと思い、僕は眺める。こ、これは……。僕は、一瞬息を呑む。それは、メイド喫茶ならぬ、スク水喫茶のチラシだった。

「前から気になっていたの」
「睦月は、ここに行きたいの?」

 僕が尋ねると、睦月はチラシの端の方を指差した。そこには、小さな囲みがあり、イベントの告知が書いてある。

 ――みんなスク水、プレミアムデー。あなたも私も、スクール水着。店員だけでなく、お客様も水着のスペシャルデーが開催だにゃん。学生も、社会人も、男子も、女子も、スクール水着を持って集合だ!

 あまりにも斜め上の、イベント内容を見て、僕は硬直する。

「マジですか?」
「開催は、明日の金曜日の夕方なの」
「男子も女子も、スクール水着って書いてあるけど」
「電話をかけて聞いてみた。男の人は、学校指定の男子用水着でいいって。それとも、私が貸した方がいい?」

 僕は、勢いよく首を横に振る。何もそこまでがんばって、変態ロードを突き進まなくてもよいはずだ。女性用のスクール水着を着るぐらいなら、男性用水着なんてハードルが低い低い!

「そうか。普通の水着でいいのか~」
「うん。だから、ユウスケと一緒に、明日行こうと思うの」
「そこで、店の人を取材するの?」
「そう」

 睦月はこくりと頷く。そうか。なかなか得難い体験になりそうだ。普通とは、だいぶ違うインタビューになるだろう。僕はそう思い、睦月の申し出を受け入れた。

 翌日になった。睦月と二人で、コアキバに向かった。コアキバというのは、この町の近くにある、秋葉原のような商店街のことである。そこには、アニメショップや同人ショップが立ち並んでおり、アレゲな人たちが多数徘徊している。その一角に、謎のスク水喫茶も存在していた。

「ここ」

 睦月が指差し、僕は建物を確認する。普通の外観だ。もっといかがわしい店かと思っていたけど、問題なさそうだ。
 睦月が扉を押して、鈴の音が店内に響く。

「いらっしゃいませ!」

 僕たちは明るい声で出迎えられた。そして、そのまま、更衣室と書かれた小部屋に連れていかれた。更衣室は、男性用と女性用に分かれている半畳ほどのスペースだ。そこで、僕は学生服を脱ぎ、水着姿になった。そうそう、インタビューだから、ノートパソコンを持っていかないといけない。僕は、水着姿でノートパソコンを抱える。そういった、どこからどう見ても怪しい姿になって店内に戻った。

「どうぞ、席はこちらです!」

 スク水姿の、二十歳ぐらいの店員が、僕を窓際に案内してくれた。睦月はまだだ。僕は席に座り、メニューを手に取る。そのメニューを眺めながら、徐々に落ち着きがなくなってきた。あの……、この窓際の席、商店街から丸見えなんですけど。たぶん外から見たら、僕は上半身真っ裸で、喫茶店にいる変態さんにしか見えないのですが。
 僕は、ドキドキしながら考える。女性はまだいい。上半身を水着で隠している。でも、男性は椅子に座るとただの裸と変わらない。その姿で、真面目そうにパソコンに向かって、コーヒーとかを飲むわけだ。どう考えても頭がおかしいとしか思えない。僕は、女子向けのスクール水着を選択しなかったことを激しく後悔した。

 女性用更衣室の扉が開いた。そこから出てきた睦月に、僕は目を奪われる。白スク水だ。これは攻めてきたなと、僕は心の中で唸り声を上げる。
 僕は、睦月の姿を凝視する。ほどよく日焼けした肌に、白スク水が眩しく光っている。目を細めて眺めると、何も着ていないように見える。暗闇の中に立てば、きっと日焼けした女の子が、裸で立っているように見えるだろう。
 睦月は店内を通り、僕と同じ席に座る。そしてメニューを開いて、料理や飲み物を確かめ始めた。そのあまりにも自然な振る舞いに、僕は目が覚めるような思いを味わう。そうだ。郷に入っては郷に従えだ。僕もメニューに手を伸ばして、目で追う。コーヒーやカレーといった、普通の品目が並んでいる。僕はコーヒーを、睦月は紅茶を頼んだ。そのあと、どのようにインタビューを進めるつもりなのか、睦月に尋ねた。

「インタビューの予約をしておいたから」
「そういえば、電話で今日のイベントのことを聞いたと言っていたよね」
「店長にお願いをしておいた」
「えっ、偉い人に! それは、ちょっとドキドキだなあ」

 僕は緊張して、かしこまる。注文した飲み物が来たタイミングで、睦月は店員に、インタビューの件を告げた。店員が厨房に入ってしばらくして、奥から一人の男性が現れた。四十代ぐらいの、ヒゲ面のむさいおじさんが、スクール水着を着て、エプロンをかけている。そのあまりにもちぐはぐな取り合わせに、僕は唖然とする。

「店長の松熊です」

 松熊さんは、中学生の僕たちに名刺を渡し、深々とお辞儀をした。見かけとは裏腹に、丁寧な人で僕は恐縮する。その松熊さんに対して、睦月は質問を始める。僕は、その受け答えを、ノートパソコンに入力していく。会話だけを聞くと真面目な内容だけど、席に座っている三人の様子は、かなり異様である。

「松熊さんが、このお店を始めた切っ掛けは?」
「愛ですね。高校を卒業した頃から、徐々にスクール水着に対する愛情が募りましてね。いつしか、脱サラしてスク水喫茶を始めることを考えるようになりました。そして、三十歳になった年に、会社を辞めて、この喫茶店を始めました。それから十二年ほど経ちます」

「苦労されている点など、ありますか?」
「警察に、猥褻であると認定されないことです。そのものずばりのスク水姿で、店員に接客をさせた場合は、性風俗の店と見なされる可能性が非常に高いです。そのため、店員はすべて、水着の下に下着を着けさせています。また、過度な露出にならないように、ニーハイをはいてもらっています。腕にはドレスグローブなど、なるべく長めの手袋を着けてもらい、肌の露出面積を減らすように工夫しています。季節によっては、寒さ対策もあり、カーデガンやケープを羽織ってもらうようにしています」

 意外に細やかな配慮に僕は驚く。よくよく店を見渡してみると、確かにスクール水着は着ているが、露出度は少なかった。というか、僕が一番肌を露出している。そういった感じで、外見はともかくとして、かなり真面目に店を作り、運営していることが分かった。
 睦月は、松熊さんの苦労話を聞き出していく。松熊さんは、店を構えて十年以上仕事を続けている。その苦労は並大抵ではない。そのことが、徐々に明らかになっていった。

「それでは最後の質問です。これからの抱負は?」
「日本に、いや、世界に、スク水の文化を広めていきたいですね。そのためのエバンジェリストとして、今後もこの店を運営していきたいと思います」

 松熊さんは、笑顔で僕たちに答えてくれた。インタビューが終わった頃には、夕方をだいぶ回っていた。窓の外は暗くなり、仕事帰りの常連さんたちが、店に次々と顔を出し始めた。
 おじさんもおばさんもスクール水着に着替えて、席に座って食べ物や飲み物を注文する。そのうちに、カラオケを始める人も出てきて、いつの間にかアニソン専門の歌声喫茶のようになっていた。僕と睦月は、二時間ほどそのスク水宴会を楽しみ、帰宅した。

 家に着いたあと、僕は今日のインタビューと、店での体験を文章にまとめた。翌日、睦月と細部を詰めて、それを体験記として、ノンフィクションの賞に投稿した。
 後日、その原稿の結果が届いた。残念ながら、予選落ちしてしまった。でも僕は、そのことに後悔はなかった。自分の夢を持ち、それを実現している人に出会ったからだ。僕は、松熊さんのスク水姿を思い出す。僕は、四十代になったら、どんな大人になるだろうか。

 ――松熊さんは、輝いていたけど、スク水で過ごすのは、ちょっと嫌だなあ。

 非常に申し訳ないのだけど、僕はそういう感想を持ってしまった。

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