雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第32話 挿話10「鈴村真くんと僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、そこはかとなくアブノーマルな人々が生息している。
 そんな、甘美な香りのする部活に所属している僕、榊祐介は、二年生で文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、困った面々がそろっている文芸部にも、純真無垢な人が一人だけいます。変態の園に紛れ込んだ、清らかな乙女。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である雪村楓さんだ。楓先輩は、眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さんである。

 そんな僕や、楓先輩の所属している文芸部に、かつてない恐るべき事態が発生した。それは、部活存続の危機である。生徒会長で、演劇部部長の、花見沢桜子さんが、全国大会に行った演劇部の部室を拡張するために、文芸部の部室を明け渡す要求を突き付けてきたのだ。
 その無理難題に、城ヶ崎満子部長が出した答えは、公募で賞を獲って文芸部としての成果を出すというものだった。しかし、この部活で文章を書き慣れている人間は、満子部長と楓先輩と僕しかいない。そこで満子部長は、ペアライティングを提唱した。そして、三人以外の部員の初稿を、僕が書くという、奇策に打って出たのだ。……というか、僕に丸投げしたのだ。ふぇぇ。

 そういったわけで、今日は僕は、同級生の鈴村真くんと、どんな作品を書くかの打ち合わせをしている。いったい、どんな話を書くことになるのか、僕にもまったく予想が付かないのである。

「ねえ、鈴村くん。何を書くことにする?」

 僕は部室で、鈴村くんと向かい合って座り、気軽に尋ねた。
 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人には隠している秘密がある。実は鈴村くんは、男の娘なのだ。彼は家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わる。僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。その時のことを、頭に浮かべながら、鈴村くんの返事を待った。

「僕、少しだけアイデアがあるんだ」
「へー、どんなアイデアなの?」
「サカキくん、耳を貸してもらっていい?」
「ああ、いいけど」

 僕は腰を浮かせて、鈴村くんに耳を寄せる。鈴村くんは、可愛らしいポーズで僕に近付き、小さな声で話しかけてきた。

「旅行記なんか、いいと思うんだ」
「それは、ありかもしれないね。旅行雑誌の公募とかに応募すれば、ちょうどよいだろうし」
「うん、僕が考えている旅行記は、女装をして、男の子と一緒に、温泉宿に行くというものなんだ」
「へー、架空の話? 鈴村くんの、いつもの経験を活かした感じになるのかな?」

 僕が尋ねると、鈴村くんは、恥ずかしそうにもじもじとする。いったい、どうしたのだろう。

「でも、実際にそういった旅行をしたことがないから、細部が分からないんだ」
「まあ、そうかもしれないね」
「だから、サカキくんと一緒に、温泉宿に泊まってみたいと思うんだ」
「ふーん、それを文章に書き起こせばいいんだね。……ちょ、ちょっと待った!」

 僕は慌てて会話を打ち切り、鈴村くんに顔を向ける。鈴村くんは、僕の様子を窺うように、体を縮めている。僕は、鈴村くんと二人で旅行をすると、どういった展開になるか想像する。
 鈴村くんは、鈴村真だけど、鈴村真琴でもある。男の子だけど、男の娘でもあるわけだ。そんな鈴村くんと、同じ部屋で、それも温泉宿に泊まるというのか。それはさすがに危険だろう。破廉恥な展開になる可能性もある。

「さすがに、まずいよ鈴村くん」

 僕は、申し訳なさそうに告げる。

「そうか。そうだよね。ごめんね、わがまま言っちゃって」

 鈴村くんは、はかない笑みを浮かべて、首をわずかに傾ける。男性のものとは思えない柔らかい髪が、動きに合わせてさらさらと流れる。まるでマンガの一場面のようだった。僕はごくりと唾を飲み込んだあと、理性を必死に保ちながら、鈴村くんに断りの台詞を言った。

「まあ、その案は無理だよ。温泉宿を借りるお金もないしね。部費から出るわけでもないから」

 問題はお金である。そういったことにすれば、当たり障りがない。僕は、鈴村くんを傷付けないように配慮する。

「実は、宿のチケットはあるんだ。商店街の福引きで当選したから」

 んがんぐ。僕は喉を詰まらせそうになる。
 絶対嘘だ! 僕をはめるために、チケットを用意していたんだ! そうは思ったけど、鈴村くんの懇願するような顔の可愛さに、僕は抗えなかった。大丈夫かなあ。僕は不安になる。でも、何もなければ、問題ないよね。そして僕は、その週の土日を利用して、鈴村くんと一緒に、温泉宿でお泊まりすることになった。

 土曜日になった。僕は、町の大きな駅の入り口で、鈴村くんを待っている。カバンには、一日分の着替えとノートパソコンが入っている。本当に、二人で温泉宿に泊まるのだろうかと、半信半疑で鈴村くんが来るのを待った。

「サカキくん。先に来ていたんだ」

 声が聞こえて、僕は振り向いた。そこには、白いワンピースにサンダル姿の鈴村くんが立っていた。顔には薄く化粧がしてあり、口には紅が引いてある。目元のラインは整えてあり、いつもより目が大きく、可愛らしく見えた。僕は、その姿に一瞬見とれる。どこからどう見ても、鈴村くんは女の子だった。それも、極上の美少女である。鈴村くんは、完全に男の娘になり、真琴に変身していた。
 真琴は、僕の様子を満足そうに眺めたあと、笑顔を浮かべて、僕の手を引いた。

「電車に乗ろう。お弁当を買って行く?」
「う、うん。そうしようか」

 僕は、恥ずかしそうに声を返して、二人で駅弁を買って電車に乗り込んだ。車両は、座席が向かい合わせのボックス席になっていた。そこで互いの顔が見える状態で座り、僕たちは食事をしながら目的地を目指した。

「楽しいね、サカキくん」
「あ、ああ、そうだね」
「温泉宿、待ち遠しいね」
「えーと、文章を書いておかないと」

 僕は、ノートパソコンを出して、旅の様子を記録する。真琴は浮き立つような顔をしている。僕は、その様子を見てドギマギする。まともに真琴の顔が見られなかった。このあとの展開を、必死に頭から追い出そうとして、ひたすら文章を書き続けた。
 電車は、山間に入り、緑の景色の間を抜けていく。自然に囲まれた道を走り、川を見下ろす谷の駅で停まった。窓から見える宿からは、幾筋もの煙が立ちのぼっている。電車を降り、駅の外に出ると、人々の賑わいが僕たちを迎えてくれた。僕の右手は、真琴の左手と繋がっている。僕は手を引かれて、浴衣姿の人々の間を通り、一つの宿までたどり着いた。

「ここだよ」
「あ、うん」

 真琴が手続きを済ますまでの間、僕はロビーでたたずんでいた。中学生の男女で、こんなところに来て、怒られたりしないだろうか。いや、男同士だから問題はないのかな。そんな僕の心配をよそに、手続きは済み、部屋に案内された。そこは、露天風呂が付いた部屋だった。

「ねえ、鈴村くん。ここ、高いんじゃないの?」
「福引きで当たったから大丈夫だよ」
「福引きって、嘘なんじゃないの?」

 真琴は、一瞬、きょとんとしたあと、気まずそうに頬をかいた。

「ばれてた?」
「うん」
「本当は、自分で買ったんだ」
「そんな気がしていた」
「それよりも、せっかく来たんだから、一緒に温泉に入ろうよ」
「えっ?」

 そういえばここは、温泉宿だった。僕は、お泊まりのことだけ考えていて、一緒に裸になってお風呂に入ることまで、頭が回っていなかった。そんな僕のことを、浅はかだと笑ってもらっても、けっこうです。だって、本当に気付いてなかったんだもの!
 どうする僕。でも、男の子同士でお風呂に入るのは、別にやましいことじゃないよね。とはいっても、真琴は男の娘で、クラスの男子が「付き合いたい子ナンバーワン」に選ぶ、可愛い子なわけだし。僕の頭は、混乱のために、ぐるぐると回る。

「ちょっと待って。今までの経過を、文章化しておかないと」
「じゃあ、待つね。それから一緒に入ろう」

 真琴は嬉しそうに笑みを浮かべる。ああ、可愛い。僕は、何か新しい世界に目覚めてしまいそうだ。理性、理性。煩悩退散。それらの言葉を念仏のように唱えながら、文章をカタカタと入力していく。
 ……ネタが尽きた。そろそろ真琴とバスタイムに突入だ。どうすればいいんだ。このままでは、楓先輩に申し訳が立たない。貞操の危機だ。でも、男の子同士だから、問題はないはずだ。
 僕がノートパソコンから手をどけると、真琴が立ち上がった。

「脱衣所に行こう」
「うん」

 僕は、言われるがままに、隣の部屋に導かれた。板張りの床の上に、籐製のかごが置いてある。壁の一面は、すりガラスの戸になっており、その先が露天風呂だと分かった。
 真琴は背中に手を回して、ワンピースのチャックを下ろす。ぱさりと、白い布が足下に落ちる。ワンピースの下は、ロングキャミソールだ。それも真琴は脱いだ。真琴は、僕に背中を向けている。小さいお尻には、女物のパンティーをはいており、胸元には可愛らしいブラジャーを着けている。それらをゆっくりと取り除き、生まれたままの姿になった真琴は、タオルで前を隠して、僕に顔を向けた。

「サカキくんも、一緒に入ろう」

 僕は、唾を飲み込んだあと、服を脱いで、前を隠して、真琴とともに、すりガラスの戸を抜けた。

「あっ」

 目の前に広がる景色に、僕は思わず声を上げた。戸の向こうには露天風呂があり、その先に谷間の景色が広がっていた。清流のせせらぎが聞こえ、青々と茂った草木が視界を覆っている。その自然の景色に、僕は息を呑んだ。

「すごいでしょう。去年、家族で来て、一度サカキくんと来たかったんだ」

 僕は、やましい妄想でドキドキしていたのが馬鹿らしくなってしまった。視界に広がる自然の美しさは、僕の心を落ち着かせてくれた。
 湯船にゆっくりとつかり、食事を取り、夜は鈴村くんとトランプをして遊んだ。僕は、鈴村くんを男の友人として扱い、この小旅行を存分に楽しんだ。翌日の午前中に宿を出て、帰りの電車で僕はこの旅のことを文章にまとめた。そのデータを鈴村くんに渡して、細かな修正をしたものを、月曜日に部室で受け取った。

 完成した旅行記は、旅の雑誌の公募に投稿した。後日、図書カードが送られてきた。これだって、立派な活動実績だ。鈴村くんは、そのことを喜んだ。
 旅の行きがけは、ちょっとエッチな気分になったけど、行ってよかったと僕は思った。それとともに、僕は真琴の美しい背中を思い出す。自分の顔が、赤く染まるのが分かった。やっぱり、だいぶエロティックな旅だったなあ。僕は、真琴との旅を、そう反芻した。