雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第31話 挿話9「吉崎鷹子さんと僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、ワイルドな面々が集まっている。
 そんな、危険な香りが漂う部活に所属している僕の名前は、榊祐介だ。二年生で、文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、困った面々がそろっている文芸部にも、真面目できちんとした人はいます。モヒカン族に紛れ込んだ、汚れなき少女。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である雪村楓さんだ。楓先輩は、眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さんだ。

 そんな僕や、楓先輩の所属している文芸部に、かつてない恐ろしい事態が勃発した。それは、部活存続の危機である。生徒会長で、演劇部部長の、花見沢桜子さんが、全国大会に行った演劇部の部室を広げるために、文芸部の部室を明け渡す要求を突き付けてきたのだ。
 その無理難題に、城ヶ崎満子部長が出した答えは、公募で賞を獲るというハードルの高いものだった。文芸部としてのまっとうな活動をして、ぐうの音も出ないような成果を出す。しかし、この部活で文章を書き慣れている人は、満子部長と楓先輩と僕しかいない。そこで、満子部長は、ペアライティングを提唱した。そして、この三人以外の部員の初稿を、僕が書くという奇策に打って出たのだ。というか、僕に丸投げしたのだ。

 そういったわけで、今日は僕は、三年生で女番長と名高い、吉崎鷹子さんと、どんな小説を書くのか打ち合わせをしている。いったい、どんな話を書くことになるのか、僕にもまったく予想が付かないのである。

「よし、サカキ。打ち合わせをするぞ」
「はい、鷹子さん。そもそも鷹子さんって、小説を書いたことはあるんですか?」
「あるわけないだろう。そんな暇があれば、喧嘩をしている」

 鷹子さんは、鋭い目で僕をにらむ。鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、アニメや、マンガや、ゲームを、僕によく持ってこさせるモヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中で立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、傍若無人な人だ。
 まあ、鷹子さんは、黙っていて、落ち着いている時は、シャープな顔立ちや、均整の取れた肉体のおかげで、モデルのような美人さんなんだけど。でも、怒らせると怖い。ヤクザだって殴り倒す、恐ろしい人だ。

「そもそも、鷹子さんは、なぜ文芸部に入っているんですか?」
「まあ、満子には借りがあるからな」
「どういった借りですか?」
「そんなことは、どうでもいいだろう。今は、賞に応募する文章の話だ。私は、物語を考えろと言われても無理だ。だから小説ではなく、実録物で行こうと思う」

 鷹子さんの意見に、なるほどと僕は思う。確かに、その方がよいかもしれない。満子部長への借りが、どんなものかは気になるけど、今は作品の打ち合わせに集中しよう。僕はメモを出して、ペンを構える。

「ノンフィクションという奴ですよね?」
「そうだ。実録任侠広島編とか、そんな感じの奴だ。血沸き肉躍る奴がいいな」
「となると、アクション物ですか?」
「そうなる」
「ノンフィクションで、アクション物ですね」
「ああ。たとえば、空手家が、牛と素手で戦って倒す話とか、いいよな」
「あの、鷹子さん。もしかして、自分が何かと戦って、そのドキュメンタリーを僕に書かせるつもりなんですか?」

 僕は、驚きつつ尋ねる。

「そうだよ。なあ、牛と戦うのはどうだ?」
「ここら辺の牧場にいるのは、おとなしい乳牛ですよ。それに、牛を殴ったら怒られます。けっこう高いはずですし」
「ちっ。動物系は駄目か。じゃあ、人間だな」
「人間も、怪我をさせたら怒られますよ」
「じゃあ、怪我をさせても、怒られない奴を襲おう」
「そんな人は、いないですよ。さすがに」
「ヤクザの事務所を襲撃する」

 僕は、メモの上で動かしていた手を止める。今、鷹子さんは何と言った? ヤクザの事務所を襲撃する? ちょっと待った。この人、本気か? 僕は顔を上げて、鷹子さんの表情を窺う。本気だ。本気も本気、ド本気だ。僕は顔を引きつらせて、鷹子さんに声をかける。

「えー、もしそれをやるならば、戦いから帰ってきたあとに、インタビューをさせてもらいますね」

 僕は、巻き込まれないように、予防線を張ろうとする。鷹子さんは、僕の肩に勢いよく手を置いてきた。

「いや、それじゃあ、臨場感が出ない。戦いながらの口述筆記だ。サカキは、ノートパソコンを持って現場に入れ。私が戦いながら、その内容を口にするから、どんどん入力していくんだ。地の文は、お前が見たことを、そのまま書けばいい」

 無茶だ。この人、無茶苦茶だ。僕は、修羅場に巻き込まれるのを避けるために、そっと席を立とうとする。しかし、その試みは防がれた。僕は鷹子さんに引き戻されて、再度椅子に座らされた。

「やるよな!」
「……は、はい」

 僕はなぜか、ヤクザの事務所を鷹子さんと襲撃する羽目になってしまった。

 翌日のことである。僕と鷹子さんは、部室を早々に引き揚げて、繁華街に移動した。もちろん、ヤクザの事務所を襲撃するためだ。

「あの、鷹子さん?」
「何だ?」
「本気ですか?」
「当たり前だろう」
「そもそも、ヤクザの事務所の場所なんか、知っているんですか?」
「何度か襲撃したことがある」
「そうなんですか。……って、マジですか!」
「ああ。道を歩いて、襲われたことがあってな。そのお礼参りに行ったんだよ」

 鷹子さんの答えに、僕は唖然とする。まずい。このまま付いて行ったらまずい。僕も修羅の道に引きずり込まれてしまう。平和主義者の僕としては、無駄な争いには巻き込まれたくない。どうにかして逃げる方法はないかと必死に考える。

「逃げるなよ、サカキ。お前がいなくなったら、『実録! 吉崎鷹子の喧嘩道』が完成しなくなるからな」
「そ、そうですよね」

 あはは、終わった。僕は、膝をガクガクと震えさせながら、鷹子さんに従った。
 繁華街の一角の、何の変哲もない灰色のビルに、鷹子さんは入った。当然僕も同伴した。四階に上がり、看板の出ている扉の前に立つ。暴対法とか、どうなっているのだろうか。四階というのが、死を連想させて嫌だな。僕は、悪い予感しかせず、立ちすくむ。

「頼もう!」
「げえっ、吉崎鷹子!」

 部屋にいたハゲと、サングラスと、ヒゲの三人の強面の男が、同時に声を上げた。鷹子さん、何でそんなに有名人なんですか! 鷹子さんは、部屋を見渡して応接セットに目を向ける。

「サカキは、そこに座れ」
「本当にやるんですか?」
「当たり前だろう」

 僕は仕方がなく、ソファーに沿って、ガラステーブルの上でノートパソコンを開く。ヤクザの組員たちは、何をしているんだろうといった様子で、僕のことをじろじろと見ている。

「サカキ、準備はいいか?」
「はい」

 僕は返事をしながら、できれば僕の名前は呼ばないで欲しいなと密かに思う。鷹子さんは、組員に向き直り、拳を構えた。

「さあ、かかって来い。それとも、私から殴りかかろうか?」
「てめえ、舐めやがって!」

 ハゲと、サングラスと、ヒゲの三人のヤクザが、椅子を蹴り、机を跳ね上げ、ごみ箱を壁にぶつけて、猛然と鷹子さんに迫る。僕はその様子を、リアルタイムに、テキストエディタに入力していく。
 何でこんなことをやっているのだろう。ああ、文芸部の活動の一環だった。僕の未来は、お先真っ暗だ。それ以前に、ここから生きて帰れるのか怪しいぞ。そんな独白も、素早いキータッチで文章として打ち込んでいく。その僕の前で、鷹子さんは慣れた様子で戦いを実況し始めた。

「あー、ハゲのパンチを、右手でつかんで、足を払って転ばせる。サングラスは、ジャブで鼻を潰して、腹に前蹴り。ヒゲのパンチを受け流したあと、脇腹に肘を入れて昏倒させる。サカキ、書いたか!」

 僕は必死に、その様子を書き込む。瞬く間に、事務所にいた三人が床に転がった。

「よし! 奥の部屋に行くぞ」
「へっ?」
「組長室だ。不在でなければ、いるはずだ」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!」

 拳を鳴らしながら扉に向かう鷹子さんを見て、僕は慌てて追いかける。扉を抜けた。でっぷりと太った、人相の悪いおじさんが、虎柄のソファーに座っていた。

「げえっ! 吉崎鷹子!」
「立て。殴り合いをするぞ」

 鷹子さんの台詞に、組長は目を泳がせた。

「か、勘弁してくれ。お前のせいで、うちの組の評判は、ガタ落ちなんだよ」
「知らん。今は『実録! 吉崎鷹子の喧嘩道』を執筆しているんだ。おとなしく喧嘩をしろ」

 組長は、げんなりとした様子で立ち上がる。そして、近くにあったドスを抜いて、鷹子さんに突進した。鷹子さんの手刀がドスを弾き、その後のストレートで、組長は床に沈んだ。ヤクザの事務所は沈黙した。鷹子さんは、清々しい顔をして僕の肩を叩いた。

「よし、帰るぞ。これでばっちり文章が書けるだろう」
「え、ええ、そうですね」

 僕は鷹子さんと事務所を出た。ヤクザの人たちも大変だなあと思った。
 翌日、文章をまとめて、鷹子さんにチェックしてもらった。そして、鷹子さん名義でドキュメンタリーの賞に投稿した。鷹子さんは、ほくほく顔で「入賞間違いなしだ!」と上機嫌だった。

 後日、落選通知が届いた。ご丁寧なことに、寸評が添えられていた。

 ――あまりにも荒唐無稽であり、ドキュメンタリーの賞に送ってくる内容としては、どうかと思います。

「何だよ、これ! 実録だって、書いていただろうが! 審査員の目は節穴か!」

 それから四日ほど、鷹子さんが不機嫌だったのは、言うまでもない。