雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第30話 挿話8「文芸部存続の危機」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、学校でも有名な問題児が集まっている。
 そんないかがわしい部活に所属している僕の名前は、榊祐介という。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、僕を含めてダメ人間ばかりの文芸部にも、まともな人はいるのです。踊る阿呆に見る阿呆。その中に紛れ込んだ真面目さん。それが文芸部の先輩の三年生、僕の意中の人である、雪村楓さんです。楓先輩は、三つ編み眼鏡の、見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという、純粋培養の美少女さんだ。
 そんな文芸部なんだけど、今日は部長が部員全員を集めて、何か話すことがあるらしい。その前に少しだけ、この部活の怪しい面々を紹介しておくよ。


●花園中学 文芸部 部員

○三年生
・雪村楓(楓先輩)……三つ編み眼鏡の文学少女。純真無垢。僕の意中の人。
・吉崎鷹子(鷹子さん)……女番長。モヒカン族。オタク話に反応する。
・城ヶ崎満子(満子部長)……サラブレッド・エロオタク。ザ・タブー。サド。

○二年生
・榊祐介……僕。オタ。中二病ネットスラング中毒者。
・鈴村真(鈴村くん/真琴)……男の娘。可愛い。僕と仲がよい。
・保科睦月(睦月)……幼馴染み。水泳部。水着。健康美。内気で大胆。

○一年生
・氷室瑠璃子(瑠璃子ちゃん)……幼女強い。眼力。僕に厳しい。


「さて、諸君!」

 僕たちの前に立った満子部長が、大きな声を出した。高飛車なお嬢様にしか見えないこの人は、その外見とは正反対に、下品でお下劣で奔放な人です。それもそのはず、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家系のお方だからです。
 この満子部長は、学校の先生たちにもザ・タブーと呼ばれて恐れられています。授業中に指そうものなら、ありとあらゆる質問を、エロ知識に繋げて、授業を混乱と淫乱のるつぼに叩き落とすのです。その満子部長が、身振り手振りを交えて、ギレン・ザビのように演説を開始した。

「我々は、生徒会の信頼を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ! 生徒会の真面目な奴らが、生え抜きの部活に与える部費に比べ、わが文芸部の予算は三十分の一以下である。にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか? 諸君! わが文芸部の活動費は、我々が自力で稼いできたからだ! エロSS、謎のメルマガ。我々は、自身のたゆみない努力によって、道を切り開いてきたのだ!」

 満子部長は、力強く台詞を告げた。何で、こんなに芝居がかっているのだろう。僕は、何か裏があるのかなと思い、尋ねてみた。

「あの、満子部長。いったい、何を言いたいんですか?」
「まあ、そういうな。こういった演技もしたくなる。この文芸部が、存続の危機なのだからな」
「へー、そうだったんですか。……うん? どういうことですか?」

 僕は、驚いて満子部長に尋ねる。

「みんな聞いてくれ。この文芸部に、活動実績がないことは周知の通りだ。そこに、生徒会が目を付けた。というか、生徒会長の花見沢桜子という、花見でもして宴会でも開きそうな名前の女が、いちゃもんを付けてきた。活動実績のない部活の部室は、活動実績のある大所帯の部活に、部室を明け渡すべきだと言い出したんだ」
「そんな、横暴ですよ!」

 僕は、拳を握って縦横に振り回す。断固抗議するといった感じで、虚空に向かって存分にアピールする。その反応を見て、満子部長は続きを語る。

「具体的には、全国大会で、よい成績を収めた演劇部の部室を、拡張したいと主張したのだ。ちなみに、花見沢桜子は、演劇部の部長でもある」
「あの……。それって、ものすごく私的な理由ですよね。職権濫用というか」

 僕は、若干呆れながら満子部長に告げる。

「そうだろう。腹黒い政治家も真っ青というレベルの利益誘導だ。だがな、私たちのような怠惰な人間と違い、花見沢は活動的で行動的で、人望があり信望がある。まあ、言ってみれば、我々と正反対の人間なわけだ」
「きっと、リア充爆発しろ的な奴なんですよね?」
「おそらくな。ファンクラブもあるらしい」
「キーッ!」
「それでな、先生の中にも、この花見沢に味方する奴らが出てきたわけだ」
「つまり、どういうことですか?」
「文芸部に、部室はいらないんじゃないかという空気が、そこはかとなく醸成されつつあるわけだ」

 僕は「うっ」と声を上げて、押し黙る。まあ、確かに文芸部は、まともな活動をしていない。片や演劇部は、猛烈に練習をして、全国大会でよい成績を収めているわけだ。学校として、どちらを優遇したいかと問われれば、演劇部と答えるだろう。それは、僕のように馬鹿な人間にも分かる道理だ。

 誰か意見がないのかなと思い、僕は部員を見渡した。僕の可愛い楓先輩は、悲しそうに肩を落としている。女番長の鷹子さんは、気まずそうな顔をしている。男の娘の鈴村くんは、自分のせいかなという様子で、おろおろしている。水着姿の睦月は、しゅんとしている。幼女にしか見えない瑠璃子ちゃんは、怒ったような顔で口を曲げている。いずれも反応は違うが、有効な反論ができないという点では同じらしい。
 僕は視線を満子部長に戻す。満子部長は、いつものように自信満々に笑みを見せる。

「満子部長。何か解決策があるのですか?」
「ある」
「それは何ですか?」
「簡単なことだよ。ぐうの音も出ないような、活動実績を作ればよいだけだ」
「でも、どんな実績を?」

 満子部長は、背後から一冊の雑誌を取り出した。それは、「公募ガイダンス」という謎の雑誌だった。

「何ですか、その雑誌は?」
「見ての通りのものだ。様々な公募情報が載っている」
「どんな情報ですか?」
「小説の賞や、詩文の賞の情報だ。文芸部全員、何らかの賞向けの作品を作り、投稿する。あわよくば賞をゲットして、学校中に自慢する。そうすれば、誰がどう見ても活動実績として通用するだろう。パーフェクトな作戦だ。文芸部として、これ以上の活動実績があるかね? いや、なかろう!
 というわけで、これから一ヶ月で、全員作品を仕上げて、何らかの賞に投稿する。分かったか?」

 部室全体から「げげっ!」という声が沸き起こった。無理、無茶、無謀の三拍子。普段文章を書き慣れていない文芸部の面々が、賞に応募して、よい成績を収められるはずもない。

「あの、満子部長。いくら何でも難易度が高すぎませんか?」
「そうか? まあ、そういった意見もあると思ってな。作戦を考えてきたよ」
「どんな作戦ですか?」
「ペアライティングだ」

 満子部長は、人差し指と中指をVの字にして前方に突き出す。

「聞いたことがない言葉ですね」
「そうだろう。私が考えた言葉だからな。私と楓とサカキは、文章を書き慣れているから、この作戦から除外する。残りの部員は、サカキと組んで、どんな文章を書くか考え、そのための情報を集め、サカキに代筆をさせるんだ。その叩き台の原稿を見て、細かいところを修正する。これで、各人は投稿用の原稿を仕上げることが可能になる」
「ふむふむ。……ちょっと待ってくださいよ! 僕の負担だけ、異様に大きくないですか!」

 僕は、あまりにも偏った作戦に抗議する。

「じゃあ、聞こう。サカキが、何もないところから文章を書いて、賞にからむ可能性はあるか?」
「……ないでしょうね。そんな文才はないと思いますから」
「そうだろう。そうなると、これまでの人生経験や体験がものを言う。お前以外の部員の方が、そういったものは持っているだろう?」
「……ええ、そうですね」
「でも、そいつらは、サカキほどには、文章が達者でない」
「……そうだと思います」
「ほら見ろ。賞にからむ可能性を、少しでも上げるためには、ペアライティングが望ましいことが分かるだろう。というわけで、私と楓とサカキのうち、唯一後輩であるサカキに、すべての面倒を押し付ける。非常に合理的な判断だと、私は自負している」
「えーっ!」

 僕は、露骨に嫌な顔をする。

「それにな、私と楓は、それぞれ個人で賞を狙える可能性がある人材だ。だったら、それぞれの作品に専念する方がよい。質問は?」

 僕は、苦虫を噛み潰したような顔で口を閉じる。ぐうの音も出ないほどの正論だ。
 こうして僕は、他の部員と一緒に、大量の原稿を仕上げることになった。僕一人で、鷹子さんと、鈴村くんと、睦月と、瑠璃子ちゃんの原稿を書かないといけない。その数四本。まあ、初稿を仕上げるまでだから、不可能というわけではない。一週間に一本書けばよいわけだ。でも、その量は半端ないものだ。

「はあ……」

 僕は、途方にくれてため息を持つ。その肩を、満子部長が叩いてきた。

「期待しているぞ!」
「ははっ」

 僕は乾いた笑いを返す。
 楓先輩が、僕の許に、ととととと、とやって来た。楓先輩は僕の両手を握って、元気付けるようにして、声をかけてきた。

「サカキくん、がんばってね!」
「はい、がんばります!」

 僕は、楓先輩に快活に声を返す。こうやって女性に頼られるのは、悪い気分ではない。どちらかというと、嬉しいものだ。
 仕方がない。やろう。文芸部存続の危機ということだから、僕が立ち上がらなくて、誰が立ち上がるんだ! それに、上手く結果を出せば、楓先輩が、尊敬の眼差しで僕を見てくれるかもしれない。いや、見てくれるだろう。
 よし、やるぞ~~! 僕は心の中で決意の言葉を叫びながら、闘志で目を燃え上がらせた。