雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第29話「チクニー」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、インモラルな人々が集結している。彼らは、淫らで背徳的な妄想に、日々時間を費やしている。
 かくいう僕も、そういった不道徳な人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 このように業の深い人間ばかりが集まっている文芸部にも、まともに育った人が一人だけいます。それが、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。この楓先輩は、僕の意中の人なのです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、ととととと、と先輩が駆けてきた。楓先輩は優しげな笑顔で、僕の隣にふわりと座る。その様子は、タンポポの綿毛が地上に舞い降りるような軽やかさである。僕は、そんな楽しげな楓先輩を見て、うきうきした気分になる。

「楓先輩。今日は何の言葉が分からないんですか?」
「サカキくんは、ネットの言葉に詳しいわよね」
「ええ。日々研究していますから」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿に真剣に取り組むためだ。楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を試すためだ。そこで気付いてしまったのだ。インターネットの存在に。そこには、先輩にとって未知の言語世界が広がっていた。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「チクニーって何?」

 僕は一瞬、言葉を失う。楓先輩は、いったいどこで、その言葉を目撃したのだ。普通の文脈では使うことがないはずだ。でも、どういった経緯か分からないけど、何かの拍子に見てしまったのかもしれない。
 僕は、楓先輩がチクニーをする姿を想像する。チクニーは男性でも女性でもおこなうことができる。それは、乳首に対する刺激によって、性的な快感を得る方法だ。

 その妄想を頭に浮かべたあと、僕はふと考える。そもそも先輩は、自分で性欲を処理することがあるのだろうか? アイドルがトイレに行かないのと同じレベルで、楓先輩は、そういったことをしないような気がする。しかし、先輩も、健全なうら若き女性だ。自らの肉体が喚起する欲求を見過ごして、日々の生活を送ることはできないだろう。僕が、そういった行為に溺れるのと同様に、乳首への刺激により、一人快楽を得ている可能性も否定できない。

 僕は、そういった想像を巡らせると同時に、男性のチクニーについても考える。チクニーという言葉の醍醐味は、女性ではなく、男性にある。普段は使うことのない、その痕跡器官的な身体部位を使い、時間をかけて開発することで、男性も、女性的な体験ができるのだ。チクニーを修得した男性は、性的に新たなステージへと、階段をのぼるらしい。そして時には、過剰な修練により、小さかった部位が肥大して、大きく変容することもあるそうだ。
 僕は、自分の乳首がそういった姿になることを想像する。それとともに、楓先輩のそれも、エロティックな姿に成長する様子を妄想する。駄目だ。中学生の僕には、刺激が強すぎる。僕は、思わず鼻血を出しそうになりながら、必死に理性を保つ。

「ねえ、サカキくん。チクニーって何?」

 楓先輩は、容赦なく質問してくる。さあ、どうするか。僕は悩む。そもそもチクニーは、「乳首」に「オナニー」を足した合成語だ。前者の単語はともかく、後者の単語は、清らかな乙女である楓先輩には、聞かせたくない種類の言葉だ。もし、僕がその言葉を口にすれば、先輩の僕に対する評価は、スキージャンプも真っ青な勢いで、急降下するだろう。

 それならばどうすればよいか? 僕は、乳首と同じように、刺激により、感覚が発達する器官を頭に浮かべる。そして、それを呼び水として、人体の部位は、様々な刺激により成長するということを説明しようと決意する。

「先輩。チクニーについて理解するためには、人間の味覚の成長について、理解する必要があります」

 開始した僕の説明に、楓先輩は興奮した様子で耳を傾ける。さあ、ここからが綱渡りだぞ。ミスをしないように、用語の解説をしなければならない。迂遠にして、深遠な紹介。僕は、言葉の魔術師として、その難題に挑む。

「人間の舌は、最初は苦みを美味しいものとは感じません。そのため子供のうちは、ビールやコーヒーといった苦みを伴う飲料は、好ましくない飲み物として、子供たちに敬遠されます。
 しかし、成長とともに、様々な種類の味を経験することにより、人間は感覚器と脳を発達させます。そして、苦みを新たな快感刺激物として、受け入れるようになります。このように、人類は適切な刺激を受けることで、その刺激に対する新しい反応を、手に入れることができるのです。

 チクニーも、こういった味覚の発達過程に似ています。通常では快い刺激だとは思わない場所に、一定の刺激を、長期にわたって与えることで、新しい感覚を入手するのです。この刺激は人間に、新しい人生の扉を開いてくれます。
 このチクニーは、合成語です。そして、前部のチクの部分が、刺激を与える部位を示しています。このチクは、乳頭、あるいは、乳房上乳液噴出孔の異名から取られています。この部位に、適切な刺激を与えることで、舌を肥えさせるようにして、新たな刺激受容反応を育む行為が、チクニーなのです」

 僕は説明を言い終えた。これで、楓先輩からの追加の質問がなければ、作戦は終了だ。僕は、戦場から離脱して、無事に生還することができる。

「チクについては、説明があったけど、二―は何なの? チクは、たぶん乳首のことだと思うんだけど」

 ノ~~~! 全然完了していなかった! 僕は、基地に戻る途中で迷い、再び敵軍に遭遇してしまった。このまま、機関銃による一斉掃射で、無数の銃弾を浴びて、倒れてしまうのか?

「二―は何なの?」だって? そんなの、オナニーに決まっているじゃないか! でも、楓先輩にそこまでストレートに言うことはできない。何とかして、もっとソフトに、マイルドに、オブラートに包んで言わなければならない。いや、そもそも説明しないという手もあるはずだ。しかし、楓先輩の疑問を解消しないのは、先輩の忠実な下僕である僕には、できない行為だ。

 いいでしょう。二―について、説明しましょう。それが、たぶん「膝」ではないことは、分かっていると思いますから。

「ニーとは、旧約聖書『創世記』の三十八章に出てくる、ある人物にちなんだ言葉です」
「どういった人なの?」
「ユダと、シュアの息子、エルの弟、そしてエルの死後、その妻タマルと結婚させられた人物です」
「ごめんなさい。『創世記』については、詳しくないの。何という人なの?」
「……オ、オナンです」
「オナンが語源の言葉で、二―と略される言葉ね!」

 明るく、そう答えたあと、楓先輩の顔は徐々に赤く染まっていった。駄目だ。気付いてしまったようだ。「オナン」と「ニー」を掛け合わせれば、チクニーの「ニー」が何かは、容易に導き出すことができる。そして先輩は、その元の言葉に、たどり着いてしまったのだ。オナニーに。
 そして、チクの意味と並べて考えることで、チクニーの正体が、乳首オナニーであることを知ってしまったのだ。

 ああ! 僕は、絶望とともに頭を抱える。神は、なぜここまで、僕に苦行を与え給うのだ。僕はなぜ、かくまで大きな受難を背負わされているのだ。僕の双肩に、人類の未来でもかかっていると言うのか? ジーザス・クライスト! 僕は、自身の罪深き、呪われた運命を嘆き悲しんだ。

「ねえ、サカキくん。チクニーって、もしかして、乳首オナ……オナ……なの?」

 最後まで言い切ることができず、楓先輩は顔を爆発しそうに赤くしながら質問する。先輩に、これ以上恥ずかしい言葉を言わせてはならない。僕は、この場の澱んだ空気を吹き飛ばすために、春のそよ風のような笑みを浮かべて、先輩に答える。

「そうです。乳首オナニーです。このチクニーは、女性でも男性でも可能です。人類の感受性の豊かさを証明してくれる、一つの行為だと思います」

 楓先輩は、両手を可愛く握って、胸の辺りに添えている。その姿勢で、喉を小さく鳴らしてから、口を開いた。

「サカキくんの、エッチ……」

 僕は、すべての罪をかぶった。これで、楓先輩は、自身がエッチなことを言った恥ずかしさから、救われたはずだ。僕は、自分の自己犠牲の精神を、心ゆくまで褒めてあげたかった。

 それから四日ほど、楓先輩は部室で、僕の胸の辺りをちらちらと眺め続けた。どうやら、僕が、チクニーの愛好家で、乳房上にある突起物を、開発していると思ってしまったらしい。そんなこと、していませんから! 僕は、そのことを必死に主張し続けたのだけど、なかなか楓先輩に信じてもらえなかった。

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