雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第28話「片栗粉X」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、アブノーマルな人間が多数生息している。それはもう、腐臭を放つほどに腐っている。
 かくいう僕も、そういった汚れ役の人間の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、変態紳士と淑女が集結している文芸部にも、清らかで天使のような人が一人だけいます。どぶ川に舞い降りた白鳥。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、僕はフォルダーを閉じた。怪しい知識を保存した、僕のむふふフォルダーは、乙女である先輩には、見せるわけにはいかない。
いつも明るい楓先輩は、軽やかに歩いてきて僕の右横に座る。そして、僕の顔を見上げて、眼鏡の下の可愛らしい目をきらきらとさせる。ああ。こんなにも愛らしい先輩に出会えただけで、僕の人生は勝ったも同然です。

「先輩、今日はどういった言葉ですか? 何でもお答えしますよ」

 僕は、全身全霊で、先輩の期待に応えようと思い、声を返す。

「サカキくんは、ネットの達人だものね!」
「ええ。マエストロでも、ファンタジスタでも、好きな名前でお呼びください」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、データで管理するためだ。楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだ。それが悲劇の始まりだった。ネットには、先輩の知らない日本語が大量に存在していた。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「片栗粉Xって何?」
「ぶっ!」

 僕は珍しく、本当に噴き出してしまった。その単語をどこで聞いたのですか楓先輩? それは、非常に危険な言葉ですよ。僕は全身を震えさせて、額から滝のような汗を流す。片栗粉Xなどというエロ用語が、普通の会話の文脈で出てくるわけがない。いったい、どこで発見したんだ。あるいは、単語だけ見つけてしまったのかもしれない。僕は、無邪気な様子の楓先輩を見て、どう答えるべきか悩む。

「どうした、サカキ。片栗粉Xを試してみたのか?」
「ぶっ!」

 僕は再度噴いた。そして、声の主に顔を向けた。この部室の魔王。ザ・タブーと、先生たちに呼ばれて、恐れられている真正の変態。この部室で、真っ先に避けて通らなければならない御仁が、会話に反応して現れた。そして僕の左隣に座って、しだれかかってきた。ああ、本当にもう、この人は……。

「この人」と、僕が迷惑そうに言った相手は、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんだ。古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性劣悪なものだ。花でたとえるならば、ラフレシアが適切だろう。
 満子部長が、そういった性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家系の方だ。そういった家庭環境であるために、満子部長は、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。

「怨霊退散、怨霊退散!」
「どうした、サカキ。私は怨霊か? まあ、お前にとってはそうかもしれないな。よーし、先輩は、後輩のサカキに取り憑いちゃうぞ~」

 満子部長は僕の体に抱き付いてきて、指先で僕の乳首を攻める。

「やめてくださいよ満子部長!」
「何だ。この程度の刺激は軽いものだろう。私が知っている片栗粉Xの刺激は、もっと強いそうだからな」
「満子部長は、片栗粉Xを知っているのですか?」
「ああ、ものは試しということで作ってみた。残念ながら、入れるべきものがなく、私には使用できなかったがな」

 僕と満子部長の会話を聞いて、楓先輩が怪訝な顔をしている。本当に、何も分かっていないのだろう。しばらくそんなやり取りを続けていたら、置いてけぼりにされたことに業を煮やした楓先輩が、強引に会話に割り込んできた。

「ねえ。片栗粉Xって何なの? 何かを入れるもので、刺激が強いものなの?」

 僕は満子部長にヘッドロックを極めて、手の平で口を押さえつけた。満子部長は、こうやって黙らせておくしかない。僕は楓先輩に笑顔を向けつつ、どういった説明をするか必死に考える。
 片栗粉Xは、いわゆるオナホールと呼ばれる器具だ。男性が、自慰をする際に挿入して使う道具なのだが、市販のものとは違い、片栗粉を作って自作するのが特徴だ。ネットでは、時折この片栗粉Xの話題が出てくる。そして、若者という名の新たなる挑戦者が、甘美なぷよぷよの世界に、引きずり込まれるのだ。

 エロ知識に長けた満子部長が、その存在を知らないわけがない。あるいは、父親か母親に、夕食の話題としてそのことを聞き、家族で実験的に作成してみた可能性もある。満子部長の家族ならやりかねない。そして当然ながら、女性である満子部長は、その道具を使用するための部位がなかった。そのため、その用途を想像するしかなかったわけである。指を入れて、その感触は楽しんだかもしれない。しかし、それ以上は使いようがなかったはずだ。

 片栗粉Xは、そういった性的DIYの産物だ。そのことを赤裸々に楓先輩に告げれば、目をむいて驚き、卒倒するかもしれない。たとえ倒れないにしろ、僕への評価は「真面目で清潔なサカキくん」から、「エロくて汚れたサカキ豚」に下がる可能性がある。
 駄目だ。そんなことは駄目だ。僕の、「楓先輩に尊敬されるぞ計画」が、頓挫してしまう。ここは、満子部長を亡き者にして、片栗粉Xが、片栗粉を利用した触感玩具であると、ぼかして説明するしかないだろう。

 僕は満子部長の頸動脈を極めたまま、楓先輩に笑顔を向ける。

「楓先輩は、小学生の頃に、スライムというおもちゃを作って遊びませんでしたか? 合成のりと絵の具を混ぜて作る、ぬちよーと伸びる、謎のおもちゃです」
「そういえば、そういった遊びを、男子がしていたわね。私は作らなかったけど、触らせてもらったことがあるわ。何だか、ねっとりとしていて、肌に張り付いて、びよーんと伸びて、不思議な触感をしていたわ」

 よしよし、いい感じで話が推移しているぞ。満子部長は、必死に僕の腕を振りほどこうとしている。その満子部長の首を極めたまま、僕は説明を続ける。

「片栗粉Xは、そういった触感を楽しむ玩具の一つです。作り方は、カップヌードルの容器のようなものを用意して、そこに片栗粉と水を注ぎます。そこにお湯を入れて、電子レンジで温めたりして、ほどよい硬さにします。そして中央に棒などを立てて、穴を空けて、その形で柔らかな固体の状態にするのです。完成後は、棒を抜きます。使用者は、この片栗粉Xの、ぷにぷに、ぷるぷるの触感と、穴の空いた形状を、玩具として楽しむのです」
「へー、そういったおもちゃがあるのね」
「そうです。まあ、小学生は作らないですからね。楓先輩が知らないのも、無理はないと思います」
「ありがとう、サカキくん。勉強になったわ!」
「どういたしまして」

 よし、やったぞ! 僕はやり遂げた。この困難な説明のミッションを、見事クリアした。その達成感に、僕は失禁寸前の快感を覚える。一人の状態ならば、危うく絶頂に達していただろう。

 その瞬間、僕の体が宙に浮いた。そして、弧を描いて背後に舞い、床に叩き付けられた。いったい、何が起きたんだ! 僕の胴は、がっちりとホールドされている。そして、僕の背後では、満子部長が、美しいブリッジを作っている。これは、バックドロップ! 僕は、片栗粉Xの説明を成し遂げると同時に、ヘブン状態になってしまい、満子部長への、ヘッドロックの拘束をゆるめてしまった。その隙を突かれて、バックドロップの使用を許してしまったのだ!

「み、満子部長……」
「詰めが甘かったようだな、サカキ」
「こんな技を、どこで覚えたんですか?」
「偉大なる、梶原一騎先生原作の、『プロレススーパースター列伝』で覚えた」

 何で、満子部長は、マンガを読んだだけで、その技が使えるようになるんだよ! 満子部長……恐ろしい子
 僕をマットに沈めた満子部長は、ブリッジから一気に立ち上がり、楓先輩へと向き直る。

「楓!」
「何、満子?」
「実は、この話には続きがあるのだよ」
「続き?」
「ああ、そうだ。片栗粉Xの秘密は、まだ半ばまでしか、語られていないのだよ!」
「ええっ! そうだったの!」

 楓先輩は、ショックを受けたように、大仰に驚く。
 駄目だ。満子部長を止めなければならない。このままでは、僕が説明した玩具「片栗粉X」が、実は大人のおもちゃの一種であることがばれてしまう。しかし、床に思いっきり叩き付けられた僕は、すぐには動けない。その沈黙の時間を利用して、満子部長は、高らかに片栗粉Xの秘密を披露する。

「楓、サカキの質問に、実は明かされていない秘密があったことに気付いたか?」
「えっ、秘密って?」
「穴だよ。謎の穴。それはまるで、未確認生物スカイフィッシュが潜む、ゴロンドリナス洞窟のように、謎に満ちた穴だ」
「そういえば、そうね。サカキくんの説明に納得していたけど、なぜ穴が空いているのか、説明されていなかったわ」
「そうだろう。そこには、あるものを入れるのだよ」
「あるもの?」
「鍵穴に対する、鍵に相当するものだ」
「何かしら?」
「それは、サカキは保有しているが、私は保有していないものだ」
「何かの道具なの?」
「違う。それは、人体の一部だ」
「サカキくんは持っているけど、満子は持っていないもの。そうなると、男女の違い……」

 そこまで台詞を続けたあと、楓先輩は徐々に顔を赤くして、動きが鈍くなってきた。そして、挙動不審者のように、おろおろとさまよい、膝を震わせた。
 ああっ! 僕は、顔を両手で覆う。楓先輩はたどり着いてしまったのだ。片栗粉Xの忌まわしき使用方法に。女性である満子部長にはなく、男性である僕には付いている人体部品で、その穴の触感を思うさま堪能する様子を想像してしまったのだ。

 満子部長は、勝ち誇った顔で、僕に笑みを見せる。僕は床に突っ伏したまま、絶望の表情を浮かべる。敗北だ。完全勝利からの逆転負け。僕は満子部長に、完敗を喫してしまった。
 前後不覚で動き回っていた楓先輩が、僕に足を引っ掛けて盛大に転んだ。そして起き上がろうとして、僕と正面から顔を合わせてしまう。楓先輩は、顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに僕に声をかけた。

「サカキくんのエッチ……」

 す、すみません。でも、そんな話題を振る、楓先輩が悪いんですよ~~~! 僕は、心の中で絶叫した。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕に「片栗粉X使用禁止令」を出した。いや、先輩。そもそも僕は、片栗粉Xを利用したことがないんですけど……。しかし楓先輩は、僕がぷにぷにとの姦淫にふけっていると、信じて疑っていない様子だった。