雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第27話「D・V・D!!」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、変わった生態を持つ人間が多数いる。
 かくいう僕も、一般常識から外れた活動に、血道を上げている人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、困った人間が集まっている文芸部にも、きちんとまともな人が一人だけいます。廃墟に咲く、一輪の可憐な花。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、僕は慌てて、エロマンガを机の下に隠した。先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の隣にすとんと座る。その軽やかな動きとともに、楓先輩の得も言われぬ香りが僕の鼻をくすぐり、僕は幸せな気持ちになる。

「何ですか先輩。また、謎の言葉に出会ったのですか?」
「うん。サカキくんは、ネットに詳しいわよね」
「ええ。ネットスラング界の貴公子ですから」
「そんなサカキくんに、質問があるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を家でも書き進めるためだ。そして楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだ。そこで、無数の未知の単語に出会ってしまったのだ。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「『D・V・D!!』って何?」

 おうふっ。僕は思わず声を上げそうになる。「D・V・D!!」は、エロマンガが元ネタの、ネットスラングだ。これは説明の難易度が高いぞと、僕は身構える。
 この用語は、元々は「あとりK」というエロマンガ家の作品「姉DVD」内のワンシーンが元になっている。このマンガは、エロDVDを割ってしまった弟の代わりに、お姉さんが弟の友人たちのエッチな要求に応えるという内容だ。そのお姉さんは、「D・V・D!!」と囃し立てられながら、ブラジャーを外しておっぱいを見せる。そこから派生して、ネットでは、エッチな画像などを要求する時の、掛け声として利用される。

 そんな、正しい説明を、純真無垢な楓先輩にするわけにはいかない。そんなことをすれば、なぜ僕がその言葉を知っているのかという、根深い問題に触れてしまう。ジェントルマンな僕は、エロマンガなど見るわけがない。だから、エロマンガ起源の言葉も知っているわけがない。非常に論理的な、因果関係だ。しかしそれにしても、どうしたものかと、僕は頭を悩ませる。

「『D・V・D!!』は、掛け声の一種です」

 僕は、当たり障りのない説明をしようとする。

「掛け声なのね。どんな時に使うの?」

 楓先輩は、間髪を入れず返してきた。うっ、困ったぞ。おっぱいを出して欲しい時、などとは言えない。僕は、初手からいきなりミスをした。どうにかして、ここから挽回しなければならない。何か逆転の一手がないかと思い、僕は部室を見渡す。そして、同学年で幼馴染みの、保科睦月と目が合った。

 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水着姿で過ごし始めたのだ。そして、僕の真正面の席に座って、じっと僕を見つめている。僕は、どうすればよいのか分からず、日々途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、嬉しいんだけどね。
 そんな睦月と視線が合った僕は、水着姿の睦月を、いつものように一瞥した。楓先輩は、僕の視線に気付き、その先をたどる。そして、そこに睦月が座っていることを思い出した。

「そういえば、睦月ちゃんがいたわね。睦月ちゃんは、水泳部と文芸部を掛け持ちしているわよね。だから、運動部の人間として、掛け声についても詳しいわよね」
「はあ、掛け声ですか。まあ、文化部の人よりは、詳しいと思いますが」

 睦月は席を立ち、僕と楓先輩の近くにやって来る。ノ~~~! 話がややこしくなってしまったぞ。エッチな台詞について、どうにか上手く話をまとめないといけないのに、これ以上ギャラリーの女の子を増やしたくはない! 僕は、心の中で絶叫する。

「睦月ちゃん。『D・V・D!!』って掛け声、知っている?」
「いえ、残念ながら」
「スポーツの掛け声って、特殊な語源とか、変わった略称とかあるよね」
「ええ。有名なところでは、綱引きのオーエスは、フランス語の『oh hisse』から来ていると言われています。これは、水夫などが使う言葉で、帆を上げる時の掛け声だそうです。野球の『リーリーリー』は、『リード、リード、リード』を短く縮めたものです。『ナイセン!』は、『ナイス選球眼』だそうです。また、『ドンマイ』は、『Don't mind』の略ですね」
「ということは、『D・V・D!!』も、何かの略称なのかな?」
「その可能性は、大いにありますね」

 げえっ! 楓先輩と睦月は、僕を置いてけぼりにして、勝手に議論を展開する。僕は、どう反応してよいのか非常に困る。「D・V・D!!」は、そんな真面目な掛け声ではなく、エロマンガの台詞なんだよ!
 ああ、どうしよう。こんな面倒なことになるなんて。掛け声なんて、言わなければよかった。僕は、どうするべきか頭を必死に回転させる。そんな僕の苦悩を知らず、楓先輩と睦月は、間違った方向に考察を深めていく。

「睦月ちゃん。『D・V・D!!』は何の略かなあ?」
「そうですね。Dは、『大丈夫』『大胆不敵』『デンジャラス』『ドンマイ』『ドラマティック』とかでしょうか?」
「Vは?」
「『ヴァリュー』『ヴィクトリー』『バイオレンス』とかが当てはまりそうですね」
「うーん。じゃあ、繋げて意味が通りそうなものだと、『大胆不敵・ヴィクトリー・ドラマティック!!』とかかな?」
「何となく強そうですね」
「でも、合っているか分からないわよね」
「そうですね。じゃあ、水泳部の先輩たちに聞いてみましょうか? そういえば、水泳部で新しい応援の掛け声を募集していました。上手くすれば、採用されるかもしれません」

 ちょっと待った~~~~! 僕は心の中で絶叫する。この部室の外に、そんなネットスラングを持ち出さないでくれ! それに、もし、相談して、「よい掛け声だ」ということで、水泳部の応援に採用されたらとんでもないことになる。対外試合で、水泳部のお姉さんたちが「D・V・D!!」と大合唱して、選手を応援することになる。そして、もし他校のお姉さんの中に、その言葉の意味を知っている人がいたら、思わず水着を脱いで、豊満な胸をぽろりと出してしまう可能性がある。

 ここは、真実を言わなければならない。尊い自己犠牲の精神で、すべての罪を僕が被る必要がある。仕方がない。世の中の水泳部の、おっぱいたちを救うためだ。僕は、エロ界のキリストになり、十字架にかけられるのだ。ああ、この磔刑は、何と意味があることだろう。僕は十字架を背負い、鞭打たれながらゴルゴタの丘をのぼるのだ!

「楓先輩。『D・V・D!!』は、スポーツとは無関係の言葉です!」

 僕は颯爽と告げる。

「えっ、そうだったの、サカキくん! それで、本当の意味は何なの?」
「この言葉は、男性向け成年創作の分野で活躍している『あとりK』という作家の作品集『いけないお姉さん』に収録されている短編作品に由来する言葉です。
 この作品中には、友人の成人向けDVDを誤って割ってしまった弟の代わりに、お姉さんが一肌脱ぐというシーンがあります。その時の、弟の友人たちの掛け声が『D・V・D!!』なのです! そこから転じて、何かを要求する時の掛け声として、この言葉は、ネット上でよく利用されるようになりました」

 僕は、肝心の部分を微妙にぼかしながら、説明を敢行する。

「一肌脱ぐって、具体的にどういうことをするの?」

 うがあああ~~! 楓先輩、なぜピンポイントにそこに突っ込みを入れるんですか! 僕は顔中から汗を流して硬直する。
 楓先輩が、不思議そうに僕を見ている。睦月も、どうしたのかなといった様子で、僕を眺めている。仕方がない。僕はエロ界の救世主だ。ジーザス・クライストだ。日本中の水泳部のお姉さんたちのおっぱいを救うキリストなのだ。
 僕は、晴れがましい顔で、声を出す。まるで、「ハレルヤ!」と唱えるように、高らかに宣言する。

「一肌脱ぐとは、ブラジャーを外して、おっぱいを見せることです」

 そこから先は、エロマンガなので、言わずもがなである。
 僕の顔は、きっとヘブン状態だっただろう。僕の周囲には、天使が舞っていたに違いない。僕の言葉を聞いた楓先輩と睦月は、顔を耳まで真っ赤に染めた。二人はもじもじとして、体を小さくする。それから数秒経ち、先輩が口を開いた。

「サカキくんのエッチ……」

 ありがとうございます。僕は尊い犠牲になりました。
 それから三日ほど、部室では僕に対してエロ禁止令が出された。おかげで、こっそりと机の下でエロマンガを読むという、僕の崇高な活動は封印された。その封印が解けたあと、僕が、いつもの活動を再開したことは言うまでもない。