雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第26話「ツンデレ」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、性格に問題のある生徒が多数取り揃えられている。彼らは扱いが難しく、先生たちも持て余している。
 かくいう僕も、そういった生徒の一人だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 こういった、一癖も二癖もある人間ばかりの文芸部にも、先生の信頼が厚い人が一人だけいます。真面目一徹。きちんとしたお方。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。そんな彼女は、この部室の最後の良心なのです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、僕は顔を向ける。先輩は、楽しそうに歩いてきて、僕の横にふわりと座る。スカートが一瞬広がり、ぱすんと閉じる。三つ編みの髪も、軽やかに揺れて、先輩の心のうちを表しているようだった。

「何ですか、先輩。どういった質問ですか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を家で書くためだ。そして楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだった。先輩はそこで、ネット文化に出会ってしまった。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

ツンデレって何?」

 先輩は明るい顔で言う。楓先輩は、いつもにこにこ楽しそう。だからツンとは無縁な人だ。デレというわけでもないけど、僕との関係は良好だ。

「そうですね。ツンデレは、世間に広まる過程で、その意味や用法が拡大した言葉です。初見の人が全貌をつかむのは、大変かもしれませんね」

 僕は、楓先輩の質問に安心する。特に性的でも、腐ってもいない言葉だ。これなら気軽に応じられる。先輩は、目を輝かせながら僕の言葉に聞き入る。これは久しぶりに、正しい知識をストレートに伝えることができそうだ。そう思い、僕は説明を開始する。

「まず、ツンデレは、『ツンツン』と『デレデレ』の合成語です。ツンツンは、敵対的な台詞や態度で相手と接することです。デレデレは、過剰に好意を持って接したり、甘えたりする状態のことです。ツンデレとは、普段はツンツンであるのに、ある特定の状況ではデレデレに変貌する様子のことです。

 たとえば、好きな相手への照れ隠しとして、普段厳しく接している女の子が、ある瞬間に心がゆるんで、恋愛感情を表に出してしまうとか。あるいは、普段きつい物言いをしている女の子が、相手と二人だけになった場合に、自分の恋愛感情に気付き、戸惑いながら照れくさそうに、優しい台詞を告げるとか。
 そういったシチュエーションや、キャラクターが、ツンデレと呼ばれるものです。

 また、そこから発展して、ツンツンした面と、デレデレした面の二面性を持つキャラクターも、ツンデレと呼ばれます。このツンデレは、初期の頃は、ネットの掲示板で、恋愛シミュレーションゲームのキャラクターに対して使われていた言葉です。その後、一般まで広がり、多様な用法や派生語を生み出しました」

 僕は、一般的な解説を一気に述べる。まあ、ツンデレは、ネット用語でもあるけど、オタク用語でもある。そういった言葉を説明するのは、僕の得意とするところだ。楓先輩は、眼鏡の奥の目を、きらきらと輝かせて、僕の説明に聞き入る。その視線に僕は高揚する。そして、自分のツンデレに対する愛を開陳する。

「いいですか、楓先輩。このツンデレは、一言で言うならば『心のパンチラ』です。普段隠されている相手に対しての愛情が、ある瞬間にぽろりと出てしまうことに意味があるのです。男性ファンは、そこにドキッとして、ぐっとくるのです。
 また、ツンデレの人気は、普段の状態との落差を楽しむ、男性の性的嗜好にも原因があります。いつもは真面目な女性教師が、夜になると淫らに迫ってきたり、清楚そうな看護婦さんが、夜の巡回時間にベッドに潜り込んできたり、そういった人格の落差が、男性の妄想を刺激して、興奮を促すのです。ツンデレには、そういった落差の作用もあるのです。

 そういったツンデレですが、僕は、その効果を最大化するために、二律背反の要素が含まれるべきだと思っています。単なる二重人格的な演出ではなく、自分は相手のことが好きなのだけど、そのことを認めたくはないという悩ましい態度。そういった懊悩が入っているべきだと思うのですが、いかがでしょうか?」

 僕は、ほとばしるパトスを先輩にぶつける。先輩は、なぜかドン引きしている。あれ、何で? 僕は自分の台詞を振り返る。うん? けっこうエロトークが混じっているぞ。うわっ、やりすぎた! 僕は楓先輩の様子を、おそるおそる確認する。

「えー、あの。ツンデレ、分かりました?」
「う、うん。最後の方の、エッチな話はともかくとして、だいたい」
「それはよかったです」
「それで、思ったんだけど、ツンデレって、瑠璃子ちゃんのことじゃないの?」
「へっ?」

 僕は、虚を突かれて、疑問の声を上げる。そして、近くの机に顔を向ける。
 そこには、僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っている。その名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。瑠璃子ちゃんは、その姿と、鋭い目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている。
 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に対して、すこぶる厳しい。「もっと勉強してください」とか、「少しは運動しないと豚になりますよ」とか、「生活がだらしないのは、人間性が劣悪だからですか」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。

 その瑠璃子ちゃんが、僕と楓先輩の話を、興味津々といった様子で聞いている。そして、僕の視線に気付いて、顔を真っ赤にして目を逸らした。いったい、なぜだ? 僕が、はてなマークを頭の上に飛ばしていると、楓先輩が声をかけてきた。

「瑠璃子ちゃんは、サカキくんが好きな癖に、いつも厳しく振る舞っているでしょう。サカキくんと、二人きりの時は、デレデレになっているんじゃないの?」
「え~~! そんなことありませんよ!!」

 僕は驚いて否定する。根拠のない推測を言ってもらっては困りますよ先輩! 僕は先輩にデレデレなんですから!
 しかしまあ、そんなことがあっただろうかと、僕は自分の記憶をたどる。そういえば、あったかもしれない。僕は、自分が中学二年生になった直後のことを思い出す。新入部員を募集していた時期、文芸部の部室に、瑠璃子ちゃんが一人でやって来たのだ。

「この部室に、サカキ先輩がいると聞いて、やって来たのですか」

 どう見ても小学校低学年にしか見えない幼女が、道場破りのように戸を開けて、鋭い目付きで室内を見渡した。僕はその時、モニターに向かって、エロキーワードを収集していた。僕の大切な日々の活動だ。瑠璃子ちゃんは、ずかずかと僕の席までやって来て、モニターを覗き込んで、ため息を吐いた。

「はあ、サカキ先輩は、中学二年生にもなって、まだこんな馬鹿なことをやっているのですか」

 うっ、中学二年生って、そういった歳じゃなかったっけ? 僕はその反論をぐっと飲み込む。本当は口にしたかったけど言えなかった。なぜならば、瑠璃子ちゃんが、鋭い視線で僕をにらんでいたからだ。
 急に部室に入って来て、傍若無人に振る舞う瑠璃子ちゃんを見かねたのだろう。楓先輩が、瑠璃子ちゃんに声をかけた。

「あの、お名前は?」
「氷室瑠璃子です」
「入部希望かしら?」

 瑠璃子ちゃんは、楓先輩と僕を見比べたあと、照れくさそうに言った。

「サカキ先輩が、どうしても私に入部して欲しいと言えば、入部しないこともないですけど」

 入部したいのか、したくないのかどっちだ~~~! 僕は、激しく突っ込みを入れそうになる。でも、がんばってこらえた 正直に言うと、小学校時代、散々瑠璃子ちゃんの尻に敷かれてきたので、できれば関わり合いたくない。だから、ちょっと突き放すような答えを言った。

「うーん。瑠璃子ちゃん次第じゃないかな。僕は、瑠璃子ちゃんが入部しなくても全然構わないし」

 その台詞の直後、瑠璃子ちゃんは、「ガーン!」と書き文字が入りそうなほど、ショックな顔をした。そして、しおしおと小さくなり、しょんぼりと肩を落とした。瑠璃子ちゃんは、ものすごく悲しそうな顔をしたあと、すがるような視線で僕のことを見上げてきた。

「サカキ先輩は、私のことが嫌いなんですか?」

 うっ。その表情に、僕はくらりと来た。瑠璃子ちゃんの右手は、僕の制服の端をしっかりと握っている。瑠璃子ちゃんの顔は、僕への思いで溢れていた。

「いや、そんなことはないけどね……」
「じゃあ、好きなんですね!!」
「いや、そういうわけではないけど……」
「はっきりしないのは、サカキ先輩の悪い癖です。嫌いじゃないなら、好きということですよね!」
「うん、まあ、そういうことになるのかな」
「サカキ先輩、分かりました。ちょっと付いてきてください!」
「えっ、何?」

 僕は、瑠璃子ちゃんに手を引かれて、部室を出た。そして、階段の下の誰もいないところに連れ込まれた。
 瑠璃子ちゃんは、僕の腰の辺りに抱き付いた。背が低い瑠璃子ちゃんは、それぐらいの背の高さしかなかったからだ。そのお子様のような抱擁に、僕は笑みを浮かべて、頭をなでてやった。瑠璃子ちゃんは顔を上げて、照れくさそうに笑みを浮かべた。それはまさに、「ツン」が「デレ」に変容した瞬間だった。
 僕は、そういったことが、あったことを思い出した。

「ねえ、サカキくん。瑠璃子ちゃんは、サカキくんに対して、ツンデレよね?」

 楓先輩は嬉しそうに聞いてくる。新しい言葉を知り、その用例を見つけて喜んでいるのだ。瑠璃子ちゃんを見ると、無表情のまま、頬を上気させて、こちらを向いている。困ったな。できれば僕は楓先輩と、デレデレな関係になりたいのだけど。
 楓先輩に囃し立てられた瑠璃子ちゃんは、恥ずかしそうに視線を逸らして声を出した。

ツンデレかどうかは分かりません。でも、サカキ先輩が、私の気になる人であることは、否定しないこともないこともないです」

 いったい、どっちなんだ~~! 僕は瑠璃子ちゃんのあまりにも遠回しな言い方に突っ込みを入れたくなる。僕が、そのことを問おうとして顔を見ると、瑠璃子ちゃんは、すねたように、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
 ああ、もういいです。瑠璃子ちゃんは、ツン成分九十九・九パーセントのツンデレさんということで。僕は、瑠璃子ちゃんの突き放すような態度に、反論の気力を、根こそぎ奪われてしまった。

 それから三日ほど、楓先輩はツンデレの「デレ」が見たいということで、僕と瑠璃子ちゃんをずっと隣に座らせ続けた。その間、瑠璃子ちゃんは「ツン」しか見せず、僕は針の筵で過ごすことになった。