雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第24話「DQN」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、危険な面々がそろっている。彼らは、飢えた狼のように、学校をさまよい、様々なトラブルを引き起こしているのだ。
 かくいう僕も、その一味だと思われている人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。

 そういった、トラブルメーカーな人々ばかりの文芸部にも、真面目で信用されている人が、一人だけいます。蛮族の中に紛れ込んだ文明人。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。そんな彼女は、この部室で唯一きちんと、部活動をしているのです。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、僕は手を止めた。楓先輩は、嬉しそうに駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。まるで小動物のように可愛い楓先輩を、僕は思わず頬ずりしたくなる。

「何ですか先輩。また、知らない単語を目撃したのですか?」
「そうなの。サカキくんは、ネットに精通しているわよね?」
「ええ。ネット知識の科挙があれば、僕は文句なしに通っているでしょう。ですから、ネット士大夫と呼んでください」
「その、ネット士大夫のサカキくんに、聞きたいことがあるの」
「何でしょうか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を美麗に印刷するためだ。楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだった。そのついでに、ウェブブラウザを開いてみた。それがいけなかった。先輩は、活字以外の文字情報があることを知ってしまった。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「DQNって何?」

 おっ、今回は簡単だぞ。僕は思わずスキップしそうになる。DQNは、「ドキュン」と読む。ヤンキー文化圏の人や、社会のルールを逸脱して、それを自慢するような人を指すネットスラングだ。どちらかというと、侮蔑的な言葉になり、相手を嘲笑する目的で使われたりする。
 DQNは、性的な用語でもないし、変にこじれそうな単語でもない。通り一遍の知識を解説すれば、それで終了するだろう。僕は、どういう風に説明すれば、先輩にとって分かりやすいかと考える。そして、そのたとえに、ぴったりの人物が、この部室にいることを思い出す。

「DQNはですね。この文芸部の中では、鷹子さんみたいな人のことを言うんですよ」
「はあっ? 誰みたいだって!」

 思いっきり不機嫌な声が、部室の入り口から聞こえてきた。あれ? さっきまで、いなかったのに。いつの間に、部室に戻ってきたんだろう?

 僕は、部屋の入り口に顔を向ける。開け放たれた扉の前には、吉崎鷹子さんが立っていた。三年生でちょっと強面、女番長と評判の人物だ。鷹子さんは、高圧的で、暴力的で、僕にアニメや、マンガや、ゲームを持ってこさせる、モヒカン族だ。そして、僕を部室の真ん中で立たせて、それらの作品の批評や解説をさせる、恐ろしい人なのだ。

 僕は、鷹子さんの両手を見る。くるみでも割りそうな勢いで、両拳を握っている。その手には、誰の者か分からない、返り血が付いている。ちょうど、喧嘩を終えて、そのまま部室に戻ってきたところだ。そのことが、その様子から、ありありと分かった。そしてその高ぶりと荒ぶりが、まだ冷めていないことが、誰の目にも明らかだった。

「おい、サカキ。誰がDQNだって?」

 あわわわわ。僕は、地雷を踏んでしまったようだ。僕は、鷹子さんの姿を見る。格闘マンガの主人公のように、周囲の空気を、ぐにゃりと歪めて、一歩一歩床を踏みしめながら、僕の方に迫ってくる。
 鷹子さんは、黙っていて、落ち着いている時は、シャープな顔立ちや、均整の取れた肉体のおかげで、モデルのような美人さんだ。でも、怒らせると怖い。激怒すると、鬼人に変わる。現在の鷹子さんは、菅原道真平将門崇徳上皇も真っ青な、超々バーサーク状態だ。

 や、や、や、やばい。僕は、自分でDQNの説明のハードルを上げてしまった。何をしているんだ僕。三センチの段差を越える程度の簡単な説明だと思っていたのに、いつの間にか、そこに巨大な壁が立ちはだかっていた。僕は、そのあまりの困難さに、小水を漏らしそうなほど恐れおののく。

 鷹子さんは、僕の左隣にドカリと座った。僕は、右手に楓先輩。左手に鷹子さんという、両手に花の状態になる。でも、全然嬉しくない。どちらかというと危険極まりない。楓先輩がタンポポだとすれば、鷹子さんはトリカブト。嘔吐、呼吸困難、臓器不全を引き起こして、ものの数秒で、僕を死亡させる破壊力を持っている。
 僕は、そっと立ち上がろうとする。その僕の首根っこを、鷹子さんはつかみ、席に引き戻す。

「サカキ。お前、楓にDQNの説明をしていたよな。私みたいな人間のことを言うそうじゃないか」

 ひい~~~~! 僕は全身をガクブルとさせて、歯をガチガチと鳴らして、汗をだらだらと垂れ流す。もし、この部室が、山田風太郎の忍者小説の舞台ならば、この汗を使って忍法が使えるんじゃないかというぐらいに、盛大な滝のような汗だ。
 僕は、楓先輩の顔を見る。先輩は、きょとんとした顔をしている。楓先輩は、邪念がまったくなく、人の善性を信じている。そういった人だから、鷹子さんの怖さを認識していない。それに、暴力的な鷹子さんも、カタギの人間である楓先輩には、暴力を振るったりはしないのだ。あれ? ということは、僕はカタギの人間ではないのかな?

「楓が待っているぞ。さっさと説明してやれ!」
「サカキくん。私、DQNについて知りたい!」
「は、はい。がんばります」

 僕は、手の平で汗を拭き、精神を落ち着ける。どうする。鷹子さんに攻撃を食らわないように、どう説明する。そうだ。日本人の多くが、実はDQNだということで、話をまとめよう。そうすれば、鷹子さんは問題のある人ではなく、普通の人だということになる。よし、いける! 僕は、意を決して、口を開く。

「DQNは、ドキュンと読みます。そもそもの発祥は、『目撃!ドキュン』というテレビ番組にしばしば出てきたような、元ヤンキーなどの非常識な人間のことを指します。この言葉は、学歴差別的ニュアンスを含んでおり、蔑称としてしばしば利用されますので、面と向かって使うのは、避けるべき言葉です。
 このドキュンは、その後、ネットスラングとして定着していき、現在ではネットの言葉として、非常に知られた存在になっています」

 鷹子さんの怒りゲージが、マックスになりつつある。僕は、その感情が爆発する前に、素早く言葉を繋げる。格ゲーのコンボばりの、コンマ数秒の言葉の攻防だ。

「しかし、このDQNと呼ばれるような人は、実は日本人においては多数派、マジョリティーなのです。なぜならば、日本は太古より、ヤンキー文化の国だからです」

 僕は、視界の中の鷹子さんの反応を確認する。暴発の出鼻をくじかれ、一瞬の硬直状態に入っている。よし、行ける! 言葉のコンボで、鷹子さんの攻撃を封じ込められる! この間、約〇・一五秒。

「たとえば平安時代の貴族たち。典雅で優雅な人たちと思われるかもしれませんが、その実態は違っていました。宮中での取っ組み合いの喧嘩は、普通におこなわれていましたし、貴族の多くは、徒党を組んで、暴行、略奪、私刑などを日常的におこなっていました。

 戦国時代も、言ってみればそういった、荒ぶるDQNたちが活躍した時代です。その時代の人間たちは、全員が俺流の理論で、他人の土地を奪い合っていたわけです。いわば、暴走族の縄張り争いと同じです。
 ヤンキーマンガでは、必ずといってよいほど、全国制覇を狙います。戦国時代は、日本国中総ヤンキーで、その全国制覇を目指していたわけです。チームの旗に、『天下布部!』とか書いて、馬を駆って、『 ヒャッハー! 汚仏は消毒だ~!』とか言って、寺に火をかけていたわけです。

 そういった中で、僕のようなオタクは少数派、マイノリティーでした。それは、今の時代も変わっていません」

 鷹子さんは、僕の説明を真面目に聞いている。楓先輩は、いつものように、目をきらきらとさせながら耳を傾けている。僕は勝利を確信する。大丈夫だ。DQNは日本でマジョリティー。その線で、鷹子さんの不快感を取り除けば、暴力の荒ぶる波動から逃れることができる! この間、約〇・二一秒。

「つまり、日本人のほとんどがDQN、あるいはDQN予備軍なわけです。だから、鷹子さんは、典型的日本人。特段問題はないわけです。いわば、ザ・ニュートラル。平凡の中の平凡。ザ・平均値なわけです。
 楓先輩。DQNの何たるかが分かりましたか? ちなみに、僕と先輩はDQNではありません。だから、同じ文化圏の人間同士、共通する価値観を持つ者として、鷹子さんから少し離れた場所で、二人だけで語り合おうではないですか!」

 僕は、楓先輩の両手を持って顔を近付ける。そして、ネット王子のスマイルを顔に浮かべて、席を立とうとする。楓先輩は、僕に手を握られて、頬を赤く染めながら、一緒に腰を上げかけた。

「ちょっと待てよ、サカキ」

 僕の胸倉が、勢いよくつかまれた。鷹子さんは、僕を吊し上げるようにして、右手を頭上に掲げる。僕はその腕に持ち上げられて、ネック・ハンギング・ツリー状態で、空中に浮遊する。

「サカキ。てめえ、私を煙に巻こうとしているらしいが、下手を打ったらしいな。実は説明が速過ぎて、最初の方しか聞き取れなかったんだよ」
「えっ、そうなんですか?」

 嫌な予感がする。格ゲーのコンボを入力するつもりで、いつもの数倍速くしゃべった。ということは、鷹子さんの耳には、最初の方の説明しか聞こえていなかったのかな?

「あの、鷹子さん。どこまで聞き取れました?」
「蔑称としてしばしば利用されるので、面と向かって使うのは、避けるべき言葉だ、とかいうところまでだな」

 ああ。クリティカルで、一番駄目なところじゃないか。

「えー、鷹子さんの聞き間違いですよ~」
「鉄・拳・制・裁!!!!」

 僕は顔面にジャブを入れられたあと、強烈なストレートで部屋の端まで吹き飛ばされた。ああ、天国が見える。パライソ、パライゾ、パラダイス。そこで僕の意識は、途切れてしまった。

 気付くと、僕は部室の床に寝ていて、楓先輩が介抱してくれていた。

「大丈夫、サカキくん?」
「ええ、楓先輩が介抱してくれたのならば、どんな傷でも一発で治りますよ!」

 僕は、大丈夫なことを示そうとして、勢いよく上半身を上げた。その瞬間、体の力が抜けて、先輩に寄りかかり、そのまま押し倒してしまった。

「きゃーっ!」

 そして、楓先輩からも、ストレート猫パンチを食らってしまったのだ。それから三日ほど、鷹子さんと楓先輩に殴られた顔の腫れは引かなかった。そのせいで僕は、クラスの人間たちから、喧嘩っぱやいDQNの一味だと勘違いされてしまった。