雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第17話 挿話7「城ヶ崎満子部長と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、校内でも評判の、危ない面々が集まっている。
 そんな困った部活に、僕、榊祐介は所属している。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。そして厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、普通の人なら避けて通りたいような文芸部にも、きちんとした人がいます。ワイルドなパイレーツたちの中に紛れ込んだ、一人のお姫様。それが、文芸部の先輩の三年生、雪村楓さんである。眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さん。そういった楓先輩は、僕の意中の人なのです。
 そんな楓先輩とだけ、からんでいられるのならば、よいのだけど、現実はそうはいかないのです。やばい人が部室にいる。そう、僕の数倍危ない脳みそを持っている、城ヶ崎満子部長が、生息しているのだぁぁぁ……。

「サカキ、暇か?」

 満子部長の声が聞こえた。これは、いつものように、無理難題を吹っかける気だ。僕は、その難から逃れるために、反射的に反応する。

「いえ、暇ではありません。現在僕は、部室警備員として、世界の平和を守るために、ワールドワイドな監視活動を続けていますから!」
「そうか、暇だな」
「満子部長。人の話、聞いてないですね?」
「うん? 暇だからネットを見ていると答えたよな?」
「まあ、暇ではないですけど、ネットは見ていましたね」

 満子部長は、あははと笑い、僕の首根っこをつかんで立ち上がらせた。僕は、首輪をつかまれた猫のように、にゃーと立ち上がる。

「それで、満子部長、今日は何ですか? 僕は、満子部長の無理難題に付き合っているほど、暇ではありませんからね」
「まあ、そう言うな。この文芸部の部長は私だ。そしてお前は、この部活の部員だ。私はリーダー、お前は平隊員。私が、ゴジラに特攻しろと言えば、お前は逆らうことはできない。そういった、微笑ましい間柄じゃないか」
「それ、微笑ましくないですよ」

 満子部長は、立ち上がらせた僕の右手をむんずとつかみ、ガチャリと何かをはめた。えっ、手錠? 満子部長は、その手錠のもう一方の輪を、自分の手にはめて、ぐいっと引っ張った。

「これで、逃げられないぞ。連行する!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! どこに、連れていく気ですか!」
「禁書図書館!」
「それって、満子部長の家のことですか!」
「そうだ。私の両親の許に、お前を連れていく!」
「えっ、何でですか!」
「決まっているだろう。家に連れていき、やることは一つ!」

 その時、部屋の窓際の椅子が、ガタリと動いた。拉致されそうになっている僕の姿を見て、この部室で唯一の常識人である、楓先輩が立ち上がったのだ。

「満子。サカキくん、嫌がっているよ」
「知っている。だから、やっているのだよ」
「放してあげたら?」
「私が、サカキを家に連れ込み、何をしようとしているか、楓が口に出して言ったら解放してやろう」

 その台詞を聞いた直後、楓先輩の顔がじんわりと赤くなった。そして、何かを口にしようとして、それを言い出せず、口をぱくぱくさせる。「うわっ、これは、はめ技だ!」と、僕は思う。楓先輩は純情だから、性的な言葉を口にするのは、とても恥ずかしい。でも、僕を助けるためには、その言葉を言わないといけない。その二律背反に悩まされて、先輩の頭はオーバーヒート寸前になる。
 いやいや、ちょっと待ってくださいよ! 楓先輩は、僕が満子部長の家で、何をされると思っているのですか? そのことを問い質すよりも前に、僕は手錠をかけられた腕をぐいっと引かれて、部室から一気に連れ去られてしまった。

 ……来てしまった。満子部長の家に。
 その家は、両親どちらの趣味か分からないが、ゴシックホラーの映画にでも出てきそうな洋館だった。

「あの、満子部長。ここが、禁書図書館ですか?」
「ああ、それっぽいだろう。まあ、緊張するな。リラックスして付いてこい」
「付いてこいも何も、手錠で連行されているじゃないですか」
「うん? そうだったな。そろそろ外してやろう」

 満子部長は、僕の右手の輪を、外してくれた。ふうっ、ようやく解放された。逃げようと思えば逃げられそうだけど、ここまで来たら中が見たくなるのが人情というものだ。僕は、満子部長のあとについて、木製の重そうな扉を抜けて、屋敷の中に足を踏み入れた。

 屋内は、本物の洋館のしつらえだった。吹き抜けがあり、階段で二階に上がるようになっている。その階段の上には、手すりの付いた廊下があり、周囲には扉が並んでいる。僕は満子部長と階段をのぼり、扉の一つを抜けて部屋に入った。
 そこは壁を本棚で囲まれた場所だった。部屋の真ん中には、二つのソファーが、向かい合わせに置いてある。奥のソファーには、中年の男性と女性がいた。男性は端正な顔立ちでスーツを着ており、ダンディズム溢れる様子だった。女性はあでやかな容姿で、黒のロングドレスに銀糸をあしらった服装をしている。
 この娘にして、この親ありという感じだ。二人が、普通の感覚の人たちではないことはよく分かった。僕は、この二人の職業は知っているけれど、ペンネームや作品までは把握していない。そのため、下手なことを言って、機嫌を損ねてはまずいと思い、緊張した。そして、満子部長とともに、おそるおそるソファーに座った。

「君が、サカキくんかね」
「はい」

 満子部長のお父さんが話しかけてきた。僕は背筋を正しながら返事をする。

「娘から、君のことは聞いているよ。なかなか見どころがある青年だそうだね」
「いえ、そんなことはありません」

 ぼろが出ないうちに終わればいいと思いながら、僕は答える。

「いやいや、なかなか面白い人間だそうじゃないか」
「僕はいたって普通の人間です。満子部長の足下にもおよびません」

 駄目だ。僕についての話ばかりだ。どうにか話題を変えようと思い、二人のペンネームを尋ねてみた。

「うん? 満子に聞いていなかったのかね?」
「仕方がないじゃない。お父さんとお母さんの仕事は、いちおう十八禁なんだから」

 満子部長が、不満そうに言う。

「そうか。それじゃあ、きちんと自己紹介をした方がよいな。私の妻のペンネームは、『城ヶ崎麗子』という。職業は、レディースコミック作家だ。元々は少女マンガ家だったのだがな。年齢が三十歳を超えた辺りから、レディコミの方に移行した。とはいっても、サカキくんは、そちらの方はあまり守備範囲ではないだろうがね」
「すみません。さすがに男の子ですし、未成年ですし」

 僕は、気まずそうに言う。残念ながら、そちらの方は、ほとんどカバーしていない。でもそれは、仕方がないと思う。僕もまだ、この世に生を受けて十年と少ししか経っていない。その中で、知的生物として活動した期間と言えば、十年に満たない。どうしても摂取している情報に偏りができてしまうのは、やむを得ない。

「それで、お父様の方は?」
「私かね。うん、まあ、ペンネームを言うのはちょっと恥ずかしいなあ。私は、デビューの頃からエロマンガ家として活動している。いくつか変名があるが、メインで使っているのは『ぷらむ☆すとーかー』と『すもも☆すとーかー』といった名前だね。主に、小児性愛の分野で仕事をしている。また一般誌では、『城みつる』名義で原作を書いている」

 僕は、それらの名義の作品を知っていた。エロマンガの方も読んでいたし、一般誌での仕事も把握していた。マンガ読みの間では、「プロフェッサー」の通称で呼ばれることの多い作家だ。その博識さと緻密な描写、そして人間心理の最奥まで踏み込むような作品は、一般受けはしないが、良作を求めてやまないマニアの間では一定の評価を得ている。
 僕は、満子部長が、マンガのデータベース作りを、両親に手伝わされていたことを思い出す。そういった、地道な活動がバックボーンにあるからこそ、そういった作品が生み出されていたのだ。氷山の一角とはよく言うが、僕が見ていた作品の下には、そういった膨大な日々の研究があったのだと気付かされる。

「『ぷらむ☆すとーかー』先生。先生の作品は、一般名義も含めて、いくつか読んでいます」
「そうかい。こういうことを聞くと、答えにくいかもしれないが、正直に言って欲しい。私の作品の中で、よかった点があれば、どこがよかったか話して欲しい。同様に、悪かった点についても、教えて欲しい。私は、まだまだ作品を出していきたい。そのためには、読者が何を求めているのか、絶えず研究する必要がある」
「はい、それでは……」

 拙いながらも、僕は自分の考えを述べた。感想を単純に述べるだけでなく、その感想の背景にある情報や、これまでのマンガの文脈からの考察、他のコンテンツ業界の流れとの比較など、自分自身の言葉で、懸命に作品を語った。それは手放しでの絶賛ではなく、プラスの評価もあれば、マイナスの評価も含むものだった。
 ぷらむ☆すとーかー先生は、僕の話を熱心に聞いた。僕の何倍も長く生きているはずなのに、対等に会話して、様々な意見をぶつけ合った。その話は、マンガ論や娯楽論、そして多くの分野のエンターテインメントにまで波及していった。それは、僕の両親とは、決してできない会話だった。僕は、自分の両親と同年代の人と、これほどまでに熱く語り合えるとは、思ってもいなかった。

 濃密な二時間が過ぎた。そろそろ帰る時間になったので、僕は席を立たなければならなかった。

「満子。サカキくんを、駅まで送っていってあげなさい」
「分かったわ、お父さん」

 僕はお辞儀をしたあと、満子部長とともに屋敷の外に出た。空はもう夜に飲み込まれつつある。西の空に追いやられた夕焼けの色は、紫のヴェールによって、隠されつつあった。
 駅への道を歩きながら、僕は横を歩いている満子部長に声をかける。

「満子部長。どうして僕を、家に連れてきたんですか?」

 その理由が分からなかった。僕は、満子部長の表情を窺う。満足げだった。どこか嬉しそうな顔をしている。満子部長は、僕に顔を向けたあと、楽しそうに笑みを漏らした。

「あんたの話をね、お父さんにしたら、一度連れてこいと言っていたからね」

 僕は考える。理由はそれだけだろうか。もしそうならば、満子部長は、ここまで動いたりしないはずだ。自分とは無関係な父親の問題。そう考えて、放っておくのではないかと思った。

「部長にとっての理由は何ですか?」
「サカキ、お前いつも鈍い癖に、たまに鋭いことを言うな」

 満子部長は、驚いたような顔をする。そして、しばらく前を向いて黙っていたあと、おもむろに口を開いた。

「私もね、後継者について考えているんだよ」
「先輩の、ザ・タブーの名を継ぐ人間ですか? それだったら、お断りですよ」

 僕の返答に、満子部長は、くすくすと笑う。

「違うよ。文芸部の次期部長だよ」
「あっ」

 予想していなかった台詞に、僕は声を上げる。

「次の部長は、二年生から選ぶことになるだろう。鈴村はさ、あの調子で、自己主張が苦手で、ちょっと頼りないだろう。保科はさ、水着姿で部室をうろうろしているのは面白いんだけど、自分で主張したいものがないんだよな。そういった中で、サカキ、お前だけが自分の言葉で、何かを語っているんだよ」

 僕は、満子部長の顔をしげしげと眺める。満子部長は、文芸部の部長だった。そして、部長として、今後の部活のことを考えていた。そして、そういった視点で僕を評価してくれていた。僕はそのことに、まったく気付いていなかった。

「私はさ、文芸というのものは、自分で語りたいものがない奴には、できない活動だと思うんだよ。文章を上手く書くとかさ、人の評判を得るとかさ、そういったことも大切だと思うんだけど、伝えたいことがない人間には、続けることはできないと思っているんだ。うちの両親にはそれがある。でも、両親の知り合いを見ていると、そういった情熱がない奴は消えていく。
 サカキはさ、何かについて語る時、他人の言葉を朗読するんじゃなくて、自分の言葉で語ろうとするだろう。私は、そういった奴に、文芸部の部長をして欲しいんだ。だから、そういった情熱を何十年も維持している両親に、お前を会わせたかったんだ。何かの切っ掛けになるかもしれないと思ってな」

 満子部長は、大きく伸びをして、勢いよく僕の背中を叩いた。僕は声を出さず、今日の出来事を反芻する。
 僕は、自分の言葉で何を語れるだろうか。僕は、自分の言葉で何を伝えたいのだろうか。
 満子部長は、僕の体を引っ張って、自分の胸に押し付けた。そして、快活に笑い、僕の頭を楽しそうに叩いてきた。

「まあ、あまり深く考えるな。お前は、頭でっかちのところがあるからな。人生を楽しめ。そして、心の叫びがあれば、世の中に向かって大きく吠えろ。恐れるな、ためらうな。自分自身が好きなことを大いに語れ。それが、言霊になり、世界を変えていく」

 僕は、満子部長の胸に抱かれて、頭をなでなでされた。

「それとな、サカキ」
「何ですか、満子部長」
「お前のことだから、私の名前のことを、違う読み方ができるという理由で、付けられたと思っているだろう?」

 うっ、図星だ。僕は、自分の心が読まれたことで、複雑な気分になる。「みつこ」という名前ではなく、違う読み方ができる。だから、エロマンガ家の父親が付けたと思っていた。

「私のお父さんの一般誌向けのペンネームを聞いただろう。『城みつる』だよ。本名は、城ヶ崎満と言う。お母さんは、麗子。だからそれぞれの漢字を取って、満子なんだよ。どうだ、驚いたか?」

 僕は、満子部長のことを、いろいろと勘違いしていたことを知る。満子部長は、腕をほどき、僕のことを解放してくれた。僕は、満子部長の体から離れて、その横を一緒に歩く。

「ありがとうございました」
「おうっ、先輩の仕事だからな」

 満子部長は、いつものように、大きく笑う。僕は、部活のこと、自分のこと、将来のことを考える。そして、満子部長とともに、駅までの道を、ゆっくりとたどっていった。