雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第16話 挿話6「保科睦月と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、奇妙な性癖や趣味の人間たちが集まっている。
 そんな困った部活に、僕、榊祐介は所属している。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。そして厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、どうしようもない人間ばかりの文芸部にも、まともな人が一人だけいます。怪獣大行進の中に紛れ込んだ、一人の清らかな少女。それが、文芸部の先輩の三年生、雪村楓さん。眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さん。そんな彼女は、僕の意中の人なのです。

 僕は、そういった先輩との蜜月を妄想しながら、部室の奥で、壁に背を向けてパソコンをいじっています。だって、そういった配置にしなければ、どんなサイトを巡回しているのか、みんなにモロバレですからね。

「ねえ、ユウスケ」

 声をかけられて、僕は顔を上げた。いつもは入り口近くにいる保科睦月が、僕の許までやって来ていた。服装は、いつもの水着姿だ。その整った肢体が、目に入る。

「何、睦月?」

 僕は、笑顔で声をかける。
 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなった。その代わりに、部室で競泳水着やスクール水姿で過ごすといった奇行を始めた。それも、なぜか僕が自分の席に着くと、真正面の場所に座って、こちらをじっと眺めている。僕は、どうすればよいのか、途方にくれる。まあ、目の保養だから、楽しませてもらっているのだけど。
 そんな口数の少なくなった睦月が、僕に話しかけてきた。これは由々しき事態だ。何か重大な話かもしれない。僕は身構えて、睦月に相対した。

「新しい水着を買いに行くから、一緒に付いてきて欲しいの」

 来た! 水着フラグ来た! 僕は、思わず、椅子をガタッと鳴らして立ち上がる。部室中の目が、僕に集まる。えっ、いや、何もやましいことはないですよ。ただ、幼馴染みの同級生のお買い物に、付き合って欲しいと言われたので、荷物運びとして馳せ参じるだけですよ。

「いつ行くの?」

 僕は、声のトーンを落として尋ねる。部室の全員が、僕から視線を外した。しかし、注目を浴びている気配がする。

「明日だけど、いい?」

 睦月は、僕の耳に顔を寄せて、ささやいてくる。

「明日の放課後だね。ちょっと待って、予定を確認するから」

 僕はスケジュール帳を出して、ページを開く。特に予定はない。清々しいまでに真っ白だ。そのページを睦月に見せないようにして、難しい顔をしたあと笑みを浮かべる。

「大丈夫だよ。明日は、たまたま空いている。買い物に付き合えるよ」

 睦月は、嬉しそうな顔をした。僕は、よいことをした気分になり、席に座った。
 新しい水着か。どんな水着を、睦月は買おうとしているのかな。僕は、あれやこれやと想像を膨らませる。ビキニかもしれないぞ。もっと過激な水着かもしれないぞ。そう思いながら、その日は、にやにやとしながら部室で過ごした。

 翌日、授業が終わったあと、僕は睦月と教室を出た。今日は部室に寄らず、そのまま下校する。そして睦月と一緒に、「あぶない水着」を買いに行くのだ。
 バスに乗り、繁華街を目指す。車内では特に会話もなく、僕と睦月は隣に座り続ける。いつもは、水着姿の睦月を見ているので、制服を着ていると違和感がある。せっかく隣に座っているのだから、水着姿の方がよいのにと、不埒なことを考える。でもそれでは、公然わいせつ罪だ。部室の中だから許されるのだ。あそこは室内だしね。プライベート空間だもの。だから、水着で過ごしていても、無問題ですよ。

 バス停で降りたあと、睦月は僕の手を引いて、大きなスポーツ用品店に入った。運動のための衣服や道具がたくさん並んでいる。体を動かすこととは無縁の僕にとっては、どれも珍しいものだ。でも、仕方がないですよね。肉体的鍛錬よりも、精神的鍛錬の方が、僕は得意なんですから。体をいじめ抜くよりも、心を悩ませる方が好きなんです。エッチな気分をがまんしたり、手を出しそうになるのをぐっとこらえたり。僕の精神力は、そんじょそこらの人よりは一〇二四倍ぐらい強いですよ。

「ユウスケ。スイムウェアのコーナー」

 睦月は、左手で僕の右手を引いている。余った右手で、フロアの一角を指差した。そこには、たくましい男性の半裸の写真や、引き締まった女性の脚部があらわになった写真が掲げてある。
 水泳は、素晴らしい。肉体を解放して、水という敵に挑む。そして、応援する側は、その裸体と水の格闘に興奮するのだ。古代オリンピックでは、競技者たちは裸で戦いに挑んだという。きっと水泳は、その精神を受け継いでいるのだろう。僕は人類の一員として、人体の美しさを愛でていきたいと思う。

 そんな僕の心の叫びに、気付いていないのだろう。睦月は僕の手を引いて、スイムウェアのコーナーに促す。そこにあるのは、どれも「真面目な水着」だった。「あぶない水着」は置いていない。ビキニとか、紐水着とか、そういった僕の期待した水着は一着もない。まあ、仕方がないよね。そんな格好で、睦月も校内をうろつくわけにはいかないだろうから。

「それで、どういった水着を買うんだい?」
「競泳水着」
「たくさん持っているだろう?」
「最近、胸が大きくなってきたから」

 睦月は、そう言ったあと、恥ずかしそうにうつむいた。僕は、睦月の胸を見る。そういえば、少し大きくなったような気がする。当然だ。僕たちは成長期だ。そして、睦月は運動をしている。細胞は活発に動き、体はどんどん大人のそれへと変化していく。睦月の肢体は、徐々に膨らみを増し、滑らかになり、成熟した女性のそれへと近付いていく。

「ブラジャーも変えたの?」

 僕の質問に、下唇を軽くかんで、こくりと頭を下げる。カップも変わったのか。毎日見ているから、逆に気付かなかった。僕は、女性を喜ばせる紳士として、変化を見落としていたことを反省する。これからは、胸のミリ単位の変化も見逃さないように、きちんと見ておく必要があるだろう。

「水着のデザインは?」
「それをユウスケに選んでもらおうと思って」

 なるほど。睦月の一番の鑑賞者である僕に、どの水着が相応しいか選んでもらいたかったのだ。

「じゃあ、一着ずつ着替えて確認していかないといけないね。いくつか選んで、試着室に行く?」
「うん」
「じゃあ、さっそく始めようよ」

 睦月は、ちょっと照れくさそうに僕の手を引いて、水着の棚の前に立った。睦月は、いくつかの商品を選んで、店員に声をかける。てきぱきと話して、試着室を借りる算段を付ける。睦月は、僕以外と話す時は、普通なんだよなあ。僕には、あまりきちんと話しかけてくれないけど。

 試着ショーが始まった。

「もっとハイレグな方がいいなあ」

「もう少し、胸を強調している方が好みだな」

「胸元は開いている方がよくない?」

 睦月は、だんだん大胆な水着に着替えていく。そして最終的に、最もハイレグで、最も胸を強調していて、最も胸元が開いている水着と、普通の水着を買った。たぶん前者が僕用で、後者が水泳部の練習用だろう。

「睦月。これで、今日の買い物は終わりかい?」

 僕は、達成感を味わいながら睦月に微笑みかける。

「うん。あと、もう一つ買いたいものがあるの」
「何?」

 想像が付かなくて、僕は尋ねる。

「ユウスケの水着を」
「えっ?」
「一緒に、プールに行きたいから」

 睦月は、顔を真っ赤に染めて、目をつむる。水泳部の部員として、僕に初めて水着姿を見せてくれた時と同じだ。睦月は、全身を緊張させて、直立不動の姿勢を取っている。睦月は、僕の返事を待っている。その真剣さが、痛いほど伝わってきた。僕は、きちんと返事をしなければいけないと思った。そして、睦月の肩に手を置いて答えた。

「うん。水着は、睦月が選んでよ」

 閉じられていた睦月の目が開いた。その目は、喜びのため輝いていた。顔全体が、内側から光を放っているようだった。固まっていた体が動き出した。その肉体は、いつもの躍動感を取り戻した。

「じゃあ、選ぶね」

 僕に対する口数の少なさは、いつも通りだ。しかし心は、とても弾んでいる様子だった。睦月は僕の手を引いて、男性向けのスイムウェアのコーナーへと移動した。それから三十分ほど、あれやこれやと水着を選んだ。睦月は、明るい顔で、嬉しそうにしていた。
 その日、僕は一着の水着を購入した。それは、睦月が選んだ、ビキニタイプの男性用水着だった。

「ユウスケ。部室でも、着てね」

 別れ際に、睦月は恥ずかしそうに言った。えっ? これ、部室でもはくの? ビキニタイプの男性用水着を? それじゃあ、ただの変態さんですよ。
 睦月は、僕の前から嬉しそうに去った。僕は一人で途方にくれる。いつの間にかねじ曲がった睦月の性癖が、僕はとてもとても心配になった。