雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第14話 挿話4「鈴村真くんと僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、変態さんが集まっている。
 かくいう僕も、そんなおかしな部活に染まっている人間の一人だ。名前は榊祐介。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。そして厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、残念な部員ばかりの文芸部にも、きちんとした人はいます。どぶ川に落ちた、一片の花びら。廃墟に咲く、一輪の白い花。それが、文芸部の先輩の三年生、雪村楓さんである。眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さん。そんな彼女は、僕の意中の人である。

 今日も今日とて、部室でのんびり過ごしていると、同級生の鈴村真くんが、話しかけてきた。

「ねえ、サカキくん。週末の約束、大丈夫?」

 華奢な体に、女の子のような顔立ち。一つ一つのポーズが、等身大の姿見で訓練を重ねた、可愛い仕草。そういった、可憐な乙女にしか見えない鈴村くんが、僕の許に来て、予定を確かめてきた。

「うん。大丈夫だけど。本気?」

 鈴村くんは、恥ずかしそうに、こくりと頷く。僕は、どうしたものかと頬をかく。そう。週末の予定とは、鈴村くんの屋外デビューだ。これまで、家の中だけでとどめていた女装姿で、街を歩いてみるというイベントだ。一人では怖いからということで、僕が付いて、街を回るという約束をさせられたのだ。

「それじゃあ、週末、よろしくね。絶対だよ。あと、少しお洒落してきてくれたら嬉しいな」

 はにかみながら、鈴村くんは言う。

「う、うん」

 僕は、単なる付き添いのはずなのに。なぜかドキドキして、どもりながら返事をした。

 週末になった。鈴村くんの屋外デビューの日がやって来た。鈴村くんのイベントのはずなのに、なぜか僕も緊張している。そして、鈴村くんに言われた通り、いつもより少しお洒落をして、ジャケットを羽織ってきた。
 待ち合わせの場所は、繁華街の駅である。その改札の近くにある地図の前で、落ち合う予定になっている。僕は少し早めに訪れ、スマートフォンでネットを見ながら時間を潰していた。

「ごめん、サカキくん。先に来ていたの?」

 鈴村くんの声が聞こえて、顔を上げた。白いワンピースに、小さなハンドバッグ。足下の靴は可愛らしい女物で、耳にはイヤリングを付けている。近付いてくると、顔にはうっすらと化粧をしていることが分かった。いつの間にか、鈴村くんの、いや、真琴の女子力が上がっている。鈴村くんは、男の娘の時には、真琴という名前になる。僕は、そんな真琴の姿に見とれて、動きを止める。

「どうしたの?」

 近くまで来た真琴が、手を背後にやり、上半身をわずかに傾け、僕の顔を見上げてきた。くそう、さすがに、男心をくすぐるポーズを日夜研究しているだけある。僕は顔を首まで真っ赤に染めて、「よく似合っているよ」と真琴に告げた。

「ありがとう、サカキくん」

 真琴は、嬉しそうに顔をほころばせる。その自然な可愛さに、僕は思わず恋をしそうになる。いかんいかん。真琴の正体は鈴村くんで、鈴村くんは男の娘だ。いや、娘なら、恋をしてもいいんじゃないか? 僕の頭は、メリーゴーランドのように、ぐるぐると回って混乱する。
 僕の手に、温かい何かが触れた。視線を落とすと、真琴の指先だった。真琴は、その細くてきれいな指を、僕の手の甲にちょこんと触れさせて、握ってもいいかなといった様子で、もじもじとしている。僕は顔を上げて、真琴を正面から見る。僕と視線が合った真琴は、驚いたようにして、手を引っ込める。そして顔を耳まで染めて、少しうつむき加減になった。

「ご、ごめんね」
「い、いや」

 僕と真琴は、まるで初デートの恋人のように、距離感を測り損ねている。毎日部室で顔を合わせているはずなのに、なぜこんなにも心臓が大きな音を鳴らしているのだろう。沈黙が、僕たち二人の間に続く。その気まずさを追い払うために、僕は笑顔で声をかけた。

「今日の予定は? どこか、寄る場所の計画とか、立てているんだろう?」

 そうそう、そういった会話をすればいい。今日は、真琴の屋外デビュー。僕はその付添人でしかない。真琴の行く先に、付いて行けばいいだけだ。
 真琴は、僕の方をちらりと見たあと、ハンドバッグを開ける。そして、中から映画のチケットを取り出した。そして両手で持って、お辞儀のポーズで、僕に差し出してくる。真琴の顔は、頭を下げているために見えない。その耳が、真っ赤になっているのが分かった。真琴は、緊張している様子で、ぷるぷると震えている。

「映画を、見に行こうと思って」
「う、うん。付いて行くよ」

 何だか妙な雰囲気になっている。だけど、真琴が映画を見るから、僕が付いて行くだけだよね? 僕は映画のチケットを受け取る。「風と共にサリンジャー」という、まったく知らない映画だった。B級なんだろうか? ともかく僕は、真琴と一緒に、その映画を見に行くことにした。

 映画館は、ネットで席を予約するタイプのものだった。真琴は、ポップコーンのLを買い、僕とともにスクリーンのある部屋に入った。番号を頼りに、席を探す。隣り合わせだった。僕が右に、真琴が左に座り、その間にポップコーンの箱を置く。真琴は、とても嬉しそうな顔をしている。何だかデートのようだ。僕は単なる付き添いのはずなのに。そう思いながら、映画が始まるのを待った。
 映画が始まった。僕はポップコーンに手を伸ばす。小さな驚きの声が聞こえた。真琴と指先が触れ合ったのだ。

「ごめん」

 僕は慌てて、手を引っ込める。そういったことが何度かあったあと、ごくごく自然に僕たちの指は絡み合い、手すりの上で重ねられた。
 僕は頭が真っ白になり、映画の内容がまったく頭に入ってこなかった。真琴の手は、柔らかく温かく、少しだけ湿っていた。それは、緊張の汗なのだろう。僕は指先を通して、真琴の心の動きを感じる。二人の心臓が、互いに繋がり、大きく鳴り響いているような気がする。あまりにもその音が大きくて、僕は映画の音が聞こえなくなる。そして、二時間の上映時間が過ぎ去った。

 照明がゆっくりと灯り、僕たちの姿が浮かび上がってくる。このあとの予定を聞こうと思い、僕は顔を左に向けた。僕の真正面に、こちらを見ている真琴の顔があった。顔には薄くファンデーションが塗ってあり、目はいつもより大きくなるようにアイラインを引いてある。唇にはグロスが塗ってあり、弾力のある膨らみを強調していた。
 真琴はそっと目をつむった。それが何を意味するのか僕は考える。僕を誘っている? いやいや、真琴は鈴村くんで、僕たちは男同士だ。このままでは、新しい世界に目覚めてしまう。それに、僕には愛しの楓先輩がいる。
 からませた手に、真琴が力を込めてきた。華奢な指が、震えながら僕の手を包む。ああ、流されそうだ。僕がそう思った瞬間、映画館の清掃係の人が、席の近くまでやって来た。僕と真琴は、手を離して、恥ずかしそうに、自分の太腿の上に両手を載せる。そのまま一分ほど硬直し続けたあと、どちらからともなく苦笑を漏らした。

「そろそろ帰ろうか、鈴村くん」
「うん。今日は、付き合ってくれてありがとう」

 ちょっぴり名残惜しそうな表情をして、鈴村くんは立ち上がった。僕と鈴村くんの間から、真琴という女の子は消えていた。僕と鈴村くんは、同じ学校の同級生に戻っていた。

 駅前に戻り、ファーストフード店で飲み物を頼み、しばらく雑談したあと、解散になった。二人は駅の改札を通り、それぞれの家に戻るために電車に乗る。一人で座席に座った僕は、左手を上げて、顔の前にかざした。真琴の手のぬくもりが、まだ残っているような気がした。次に彼女に会うのは、いつだろう。僕はそんなことを考えながら、真琴の思い出が残っている左手を、そっと右手で包み込んだ。