雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第13話 挿話3「吉崎鷹子さんと僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、一癖も二癖もある面々が在籍している。
 そんな一風変わった部活に、僕、榊祐介は所属している。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。そして厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でやっていることは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、残念な部員ばかりの文芸部にも、きちんとした人はいます。魔窟に舞い降りた聖女のような人。それが文芸部の先輩の三年生、雪村楓さんだ。眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さん。そして、僕の意中の人なのです。

「おい、サカキ」

 僕は頭をはたかれて、顔を上げた。げっ、三年生で先輩の吉崎鷹子さんだ。鷹子さんは、背が高く、スタイルがよく、シャープな顔立ちの美人さん。鷹子さんは、喧嘩っぱやくて、腕っぷしが強くて、女番長と呼ばれている僕の苦手な人だ。そして、なぜかオタク話に反応して、からんでくる。

「何ですか、鷹子さん。僕の頭をぽんぽんと叩かないでくださいよ」
「いいじゃないか。愛情表現だよ。ヘッドロックの方がいいか?」
「いやですよ。胸が当たるのは嬉しいですけど」

 鷹子さんは男勝りの人なので、エロい話も普通にして大丈夫。適当に受け答えをしていると、鷹子さんは左右を見て、誰の視線もないことを確認したあと、僕の耳に顔を寄せてきた。

「サカキ。買い物に付き合え。道案内をしろ」
「どこに行くつもりなんですか?」
「コアキバだ」

 コアキバというのは、この町の近くにある、秋葉原のような商店街のことである。そこには、アニメショップや同人ショップなどが立ち並んでおり、アレゲな人たちが多数徘徊している。そんな場所に、鷹子さんは何の用なのだろうと思い、質問する。

「喧嘩の予定でも、あるのですか?」
「うん? まあ、そんなところだ」

 鷹子さんは、目を逸らして返事をする。きっと、これから暴力行為におよぶことを、あまり声高には言いたくないのだろう。だから、気まずい雰囲気を醸し出しているのだ。

「ともかく行くぞ」
「分かりました」

 僕は仕方なく鷹子さんに連れられて、部室を出てコアキバに向かった。

 電車に乗ってコアキバまで来た。道端には、いかがわしい街のように、無数のチラシが貼ってある。通常の歓楽街と違うのは、そのことごとくがアニメ絵の少女たちなところだ。そんな二次元的歓楽街に、女番長といった風情の鷹子さんは、まったく似合っていなかった。

「鷹子さん、道案内しろって、言いましたけど、待ち合わせの場所とかあるんですか?」
「ああ、この店まで私を連れていけ」

 鷹子さんは、ポケットからメモ用紙を出して、僕に渡してきた。僕はその店を知っている。萌えフィギュアがたくさん置いてある店だ。そこでいったい、何をするのだろう。そんな考えを巡らせていると、「さっさと行けよ」と、鷹子さんがせっついてきた。僕は仕方なく、鷹子さんを連れて歩き始めた。
 僕と鷹子さんは、あまりにも奇妙な取り合わせのために、無駄に注目を浴びる。僕は、居心地の悪い思いをしながら、コアキバの道を抜けていった。
 目的の店に着いた。鷹子さんは、真剣な顔で棚を眺め始めた。きっと待ち合わせの時刻まで、時間を潰すつもりなのだろう。鷹子さんは、丹念に棚のフィギュアを見て回ったあと、ぽつりとつぶやいた。

「けっこう高いんだな」
「まあ、中学生のお小遣いで、ぽんぽんと買えるものではないですね」

 鷹子さんは、目を細めて、ため息を漏らす。もしかして欲しいものでもあったのかなあと思う。でも、この店にあるような商品は、鷹子さんの趣味ではないはずだ。鷹子さんに似合いそうなものと言えば、メリケンサックとか、チェーンとか、釘付きバットとか、そんな感じの品物だ。

「出るぞ」
「えっ、帰るんですか?」

 出口に向かう鷹子さんを、僕は追いかける。待ち合わせではなかったのだろうか。不思議に思いながら、一緒に並んで扉を抜けた。僕たちは、アキバ系の街並みに再び立つ。そして、二人で並んで歩き始める。
 駅が近付いてきた。飲み屋とか、風俗店などが多くなってきたところで、前の方から柄の悪い男たちが歩いてきた。僕は、変なことに巻き込まれないように、距離を置いて、すれ違おうとする。鷹子さんは、そんなことは気にしない様子で、道の真ん中を歩いていく。そして、ヤクザっぽい男の肩が、鷹子さんに触れた。

「ああん?」

 ヤクザ男は、中学生の鷹子さんにガンを付けてくる。

「何だ?」

 鷹子さんは、ぶっきら棒な口調で尋ねる。

「てめえ、今ぶつかっただろうが」
「そうか? ぶつかったのは、あんただろう」

 脅しなど、まるで意に介さない口調で、声を返す。

「てめえ、もしかして、有名な吉崎鷹子か? ヤクザを舐めていると、いてこますぞ」

 男たちは、額に青筋を立てて、鷹子さんを取り囲む。その数、三人。僕はその場から、こっそりと逃げようとする。しかし、男の一人に腕をつかまれて、引き戻された。

「こいつは、彼氏かい?」
「いや、後輩だよ」
「てめえが逆らうと、こいつが痛い目に遭うぞ」
「ヤクザというのは、とことん下衆だな」

 鷹子さんは、拳を握って身構える。

「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ、鷹子さん! 今の話、聞いていました? 僕、人質になっているんですよ。言うことを聞いた方が、いいんじゃないですか?」

 僕は、自分が痛い目に遭うのが嫌だったので、懸命に主張する。

「大丈夫だ。肉を斬らせて、骨を断つ」
「肉って、僕のことですか!」

 鷹子さんは、一歩進んで、一人の顔面を殴った。男は二メートルほど吹き飛び、地面に転がる。流れるような動きで、もう一人の顔に拳を叩き込んで昏倒させた。あっという間に二人が倒され、残りは僕の腕を持つ一人だけになった。鷹子さんは、その男に向き直り、口を開く。

「何だ。まだ、サカキを痛めつけていないのか? 肉を斬らせて、骨を断つ作戦だ。さっさとサカキを、殴るなり蹴るなりしろ」
「えええええ~~~~~! いくら何でも、それは作戦と言わないですよ!」

 僕は、必死に鷹子さんを説得しようとする。

「てめえ、馬鹿にしやがって」

 ヤクザは拳を振り上げ、僕の頭を思いっきり殴った。えっ、殴られるの? 何で? 僕はパニックになりながら、意識が遠のいていくのを感じる。景色がフェードアウトする途中、鷹子さんが気合いを込めて、ヤクザの顔に鉄拳を見舞うのが見えた。そして僕は、盛大に気絶した。

 目を覚ますと、なぜか夕焼け空が見えた。僕は横になっていた。そして、頭上から、一人の女性が覗き込んでいた。鷹子さんだ。後頭部の下には、何か柔らかいものが敷いてある。それを枕にして、僕は意識を失っていたようだ。周囲には、コアキバの建物が見える、ここは、歩道の端の方だと見当を付ける。

「目を覚ましたか?」

 鷹子さんが、どこか安心したようにして言った。僕は、殴られたあと、どうなったか考える。きっと、鷹子さんに介抱されたのだろう。そして目を覚ました。僕は鷹子さんの顔から視線をたどり、自分の頭が、鷹子さんの膝の上にあることに気付く。これは、いわゆる膝枕という奴ではないのか?
 僕は、そっと手を伸ばして、頭の下にあるものに触れる。僕の前にある鷹子さんの顔が赤くなる。それは、夕焼け空の茜色のせいで、ほとんど気付かない程度の上気だった。

「サカキ、てめえ、何しているんだよ」

 鷹子さんは、言葉とは反対に、恥ずかしそうな声で言う。どうやら、本当に膝枕されているようだ。僕は、ドキドキしながら、鷹子さんの顔を見上げる。見下ろしている鷹子さんの顔は、想像以上に近い。少し手を伸ばして、頭を引っ張れば、唇を重ねられそうだった。

「何だよ」

 恥ずかしそうに、鷹子さんは顔を背ける。その仕草が、いつもとは違い、ちょっと可愛かった。

「悪かったな、サカキ。喧嘩に巻き込んでしまって」
「膝枕は、そのお詫びですか?」
「違うよ。いつも、いろいろしてくれるからな。今日も、コアキバを案内してくれたし。それに、話にも付き合ってくれるし」

 照れくさそうに、頬をかいたあと、鷹子さんは再び僕の顔を見下ろした。その顔は、妙にしおらしかった。そして初々しかった。僕はそっと手を伸ばして、鷹子さんの髪の中に、自分の指を入れる。鷹子さんは抵抗しなかった。そして、唇をきゅっと結び、僕のことを見つめる。周囲は夕焼けの明かりで、茜色に染まっている。そういった景色が現れる頃合いは、マジックアワーと呼ばれる。いつもと違う、魔法の時間。あり得ないことが起きる、特別な瞬間。

 数分後、僕は鷹子さんの膝枕から起き上がり、歩道に立った。鷹子さんも立ち上がり、大きく伸びをした。

「帰るぞ」
「はい、鷹子さん」

 僕たち二人は歩き出す。鷹子さんは、今期のアニメで、何が一番面白いのか聞いてきた。僕は、自分の考察を交えながら答える。鷹子さんが、嬉しそうに笑顔を見せた。僕も、楽しくなって、話を続けた。そうして駅まで歩き、二人で電車に乗った。そして隣り合わせに座り、数駅の時間を、ともに過ごした。