雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第12話 挿話2「雪村楓先輩と僕」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

f:id:kumoi_zangetu:20140310235211p:plain

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中学の文芸部には、有象無象の人間たちが生息している。
 そんな残念な部活に所属している僕の名は、榊祐介という。二年生という真ん中の学年で、文芸部では中堅どころ。そして厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることといえば、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。

 そういった、僕を含めてダメ人間ばかりの文芸部にも、まともな人はいるんです。路地裏のじめじめしたところに咲く、一輪の可憐な花のような美少女。文芸部の先輩の三年生、雪村楓さんだ。眼鏡で三つ編み。見た感じのままの文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ってきたという純粋培養の美少女さん。そして、僕の意中の人である。

「サカキく~ん。今日は、お買い物手伝って。コンピューターのお店、詳しいでしょう」

 よしきた! 今日は、怪しいネットスラングの解説希望ではなく、デートのお誘いらしい。苦節一年、先輩に熱い視線を送り続けてきた甲斐があった。これで、僕はストーカーではないことが証明された。これからは、大手を振って、先輩のよき下僕として、仕えることができるというものだ。

「いいですよ。行きましょう。僕の行きつけの店がいいですかね。ソムリエのように、先輩が欲しいものを探して、推薦してあげますよ」
「うん。頼りにしているわ」

 先輩は嬉しそうに顔をほころばせる。三つ編みの髪に、真面目そうな眼鏡。その下の目が、優しげに細められている。僕は、そんな楓先輩に、頬ずりしたくなるのをぐっとこらえる。ああ、僕にも運が巡ってきた。このデートを切っ掛けに、先輩との仲を深めるぞ。僕は心の中で、「わが生涯に一片の悔いなし!」と、天に向かって拳を突き出すのだった。

「じゃあ、僕と楓先輩は、今日は早く上がります」

 部室の面々に声をかけると、何だか殺気交じりの空気が立ち込めた。えっ、なぜ? 僕が先輩と二人きりになると、みなさん何かまずいことでもあるの? 僕はよく分からないまま、鋭い視線を浴びながら、先輩と並んで部室の外に出た。

 バスで移動して、繁華街に到着した。先輩は、弾むようにして歩いている。心が浮き立っているのだろう。きっと僕とのデートが楽しいのだ。これは、紳士として華麗なエスコートをしなければならない。僕は、先輩のために尽力しようと決意する。

「先輩、それで、お買い物って何を探しているんですか?」
「うん。それは秘密。文芸部の活動に関係のあるものよ」

 いったい何だろう。エロゲかな。そう思った僕は、自分の考えを否定する。こんな純情可憐な先輩が、エロティシズム溢れる絵や文章の作品を、たしなむはずがない。でも、それならば、先輩が探しているものは何なのだろう。ワープロソフトかな。キーボードという可能性もある。モニターを新調したいのかもしれない。僕は、先輩が何を求めているのか、探りを入れてみることにした。

「コンピューターのお店といっても、いろいろありますからね。どういったお店に行きたいんですか?」
「そうね、どんなお店で売っているのか分からないの。だから、なるべく大きな店がいいわ」
「ネット通販とかでは、手に入らないものなんですか?」

 楓先輩は、きょとんとした顔をする。そうか。ネット初心者の先輩は、インターネットを使って通信販売ができるとは知らないのだ。それに、古風な楓先輩の家なら、子供にそういったサービスを利用させたりはしないだろう。だから、わざわざ町に出て買おうという発想になったのだ。
 まあ、かくいう僕も、親のクレジットカード履歴を汚さないために、怪しい商品は、繁華街の行きつけの店で買っている。その馴染みの店を目指そうと、僕は決める。そして、先輩とともに、人の多い道を歩いていった。

 ヨドミバシカメラに着いた。どよ~んと、澱んだような雰囲気の、五階建ての巨大店舗だ。僕は先輩を連れて、その建物に入り、いつものコーナーに行く。そこならば親しい店員がいるからだ。

「やあ、サカキくん。今日は女連れかい。リア充だね」

 太った店員の丸沢さんが声をかけてきた。いつも、年齢確認をごまかしてくれる親切な店員だ。ネットやアニメ、マンガの話に強く、僕にいろいろ教えてくれたりする。

「新作のエロゲが入っているんだけどさあ。調教物なんだけど、その子と見ていく」

 しまった、この人との会話は地雷だった。丸沢さんは、現実と妄想の境界が曖昧で、その時プレイしているゲームを、リアルと勘違いして自慢してくる痛い人だ。これは、同類と思われてはまずい。距離を置くべきだろう。
 僕は先輩をちらりと見る。先輩は、僕と丸沢さんとの会話を聞かず、棚をしげしげと眺めている。カラフルなパッケージに、一般人には意味不明のタイトルが記されている。これは、目の毒だ。僕は、先輩の手を引いて、そのコーナーから立ち去ろうとする。
 しかし、僕が引っ張るよりも早く、先輩は棚に手を伸ばして、パッケージの一つを手に取った。「いもうとプレイ~真夏の海辺の触手タイム~」という謎タイトルの作品だ。

「これは、どんな文芸作品なんですか?」

 先輩は、僕と丸沢さんの前に、パッケージを示す。丸沢さんが、得意げに、そのソフトの説明を始めようとする。僕は慌てて、その言葉を止めて、先輩が何を探しているのか尋ねた。

「えーと、こういうものなんです」

 楓先輩はメモ帳を取り出して、万年筆で文字を書いた。あいうえお、と。
 僕と丸沢さんは、視線を交わす。どんな商品が欲しいのか、まったく分からない。ここから、先輩の求めているものを探し出すのは、下手なミステリー小説よりも難しいと思われた。

「分かります、丸沢さん?」
「そういえば昔、『エッチな呪文はあいうえお』というタイトルがあったな。アンモラル、インモラル、ウテルス、エロス、オーガズムと唱えて変身する、魔女っ娘ものだよ。あれはよい作品だったなあ」

 楓先輩が求めているものとは絶対違う。僕は丸沢さんのすねを蹴って、空気を読むように促す。いつもの調子で、各キャラの攻略ルートと、エッチシーンについて、詳しく説明されては困る。先輩は、きょとんとした顔で丸沢さんを見ている。僕は先輩の手を引き、声をかける。

「商品の棚を見て回りましょう。どこかにあるかもしれませんから」

 初見の言語空間に遭遇して、興味津々の先輩を無理やり連れて、僕はエロゲコーナーを離れた。僕は、楓先輩と並んで歩きながら、疑問に思ったことを口にする。

「もしかして先輩、自分が買おうとしている商品が、どんなものなのか、よく分かっていないのですか?」

 楓先輩は、少ししょぼんとした顔をして答える。

「ごめんね、サカキくん。実はそうなの。何となくこんなものというイメージはあるんだけど、その名前が分からないの」

 やはりそうか。コンピューターに詳しくない先輩は、自分が探している商品の名前を知らないのだ。だからなるべく大きな店に連れていってもらい、探そうとしていたのだ。これは一つの宝探しだな。僕はそう思う。ヨドミバシカメラという宝島で、僕と先輩は冒険をするのだ。
 そうと分かれば、やることは一つだ。一階まで戻り、一つずつ階を移動して商品を見ていく。そして先輩のお眼鏡に適うものを手に入れるのだ。まずは一階、携帯電話・スマートフォンタブレットの階に先輩を案内する。

「先輩、欲しいものはありますか?」
「うーん、ないわね」
「じゃあ、二階に行きましょう」

 二階は、パソコン本体の階だ。「あいうえお」の秘密に迫りそうなものは、なさそうだなと思い、先輩の顔を見る。先輩は、三つ編み眼鏡の顔を横に振る。その可愛い仕草を堪能したあと三階に向かった。
 三階は、パソコン周辺機器・パソコン消耗品の階だ。ここも違うらしい。四階のゲームコーナーには、先ほどの丸沢さんがいる。僕は、丸沢さんの追跡から逃れながら、フロアを探索する。そして最上階の、パソコンソフト・書籍のコーナーにやって来た。

「ここが最後の階ですが、ありそうですか?」
「あるといいんだけど」

 先輩は、真剣な顔で棚を見ている。僕はその横に付き添い、清楚で可憐な楓先輩をエスコートする。一つの棚の前で、先輩は足を止めた。そして、その顔を、春のおひさまのように明るくした。

「あったわ、サカキくん」

 僕の手を振り、嬉しそうにぶんぶんと振る。先輩が探していたものは何だろう。僕は、先輩が手に取ったパッケージを見て、あっ、と思った。そのパッケージには、「あいうえお」という文字があった。それは、フォント集だった。
 先輩は、文章も書くけど、詩も書く。それを印刷する際に、文字の書体を変えたかったのだ。でも、コンピューターに詳しくない先輩は、それがフォントという名前だと知らなかったのだ。おそらくネットのどこかで、何か特別なものを買えば、文字の見た目を変えられるという事実だけ、聞きおよんだのだろう。

「なるほど、フォントだったんですね」
「こういうの、フォントと言うの? やっぱりサカキくん、詳しいね!」

 先輩は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。よかった。先輩を喜ばすことができた。僕と先輩は、二人で並んでレジに行く。先輩は、満足そうな顔で、袋に入った商品を受け取った。これで今日のミッションはコンプリートした。僕も、幸せな気持ちになる。

「先輩、このあとどうしますか?」

 せっかく、二人で繁華街まで来たのだ。健全な少年少女は、飲み物でも飲んで、一緒に話をして親交を深めるべきだろう。僕と先輩の親密度は、今日のお買い物で、ぐっと上がったはずだから。
 先輩は、にこりと笑って照れくさそうに、眼鏡の下の目を見上げてきた。

「そうね、このあとは……」

 楓先輩は嬉しそうに微笑んだあと、このあとの二人の予定を、僕に告げた。