雲居 残月 の 小説道場

主に「小説家になろう」で書いた話を中心に、小説投稿をおこなっていきます。

第5話「ケモナー」-『部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ』

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 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、怪しい人間が多数生息している。かくいう僕も、その怪しい人間にカウントされている一人だ。
 名前は榊祐介。二年生になる僕は、厨二病まっさかりのお年頃だ。そんな僕が、部室でやっていることは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことである。
 それは、学校でおこなってもよいかだって? いいんですよ。非常に文化的な活動ですから。現在、世界で生み出されている文章のほとんどは、ネットに発表されています。それを読まずして、現代の文芸を批評することはできません。いわば、世界の潮流に身を任せて、文芸活動にいそしんでいるのです。いや、まあ、背景の黒い、アングラサイトを回っているんですけどね。

 そんな文芸部にも、まともな人が一名います。変人の巣窟に、なぜか紛れ込んだ常識人。掃き溜めに咲く、可憐な一輪の花。それが、三年生の雪村楓先輩です。三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。
 えっ、マンガやラノベみたいな人だって? 僕もそう思いましたよ。この楓先輩は、僕の意中の人なんです。だって、マンガやラノベの中にしかいなさそうな、素敵な人なんですもの。

「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」

 間延びしたような声が聞こえてきて、僕は振り向いた。ここ最近、ことあるごとに呼ばれている気がする。でも嫌がることはありません。僕は、先輩の信者です。もっと言うと、狂信者です。だから、貪欲な先輩の知識欲を満たすために、何でも答える所存です。

「どうしたんですか先輩。今日の疑問は何ですか?」

 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の執筆活動のためだ。そして、先輩は、生まれて初めてネットを体験した。切っ掛けは、オンラインの辞書を使うためだった。そして、辞書以外にも大量の文字情報が存在することを知り、引き付けられた。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。

「ケモナーって何?」

 うっ、また難しい用語を拾ってきたな。僕は、ちょっと腰が引ける。そもそも、ネットにどっぷりとつかっていても、ケモナーなんて言葉を知らない人の方が大多数だ。
 先輩は、好奇心に溢れた顔で、僕のことを見ている。この様子だと、画像検索に「ケモナー」なんて入れて、調べたりはしていないのだろう。そんなことをすれば、子供に見せられないような画像が、多数引っ掛かってしまう。えっ、なぜそんなことを知っているって? それは紳士のたしなみだからですよ。僕のような、知的好奇心旺盛な変態紳士は、空気を吸うように、そういった画像を覗いて、見聞を広めているのです。いわば、知のマルコポーロです。ネットの海に、大航海時代ですよ。

 僕は、そんなことを思いながら、そっと先輩を見る。なかなか答えない僕を、先輩は不思議そうな顔で見ている。三つ編みの髪に、眼鏡という清楚な姿。そして肌はきめが細かく、白く透き通っている。顔は整っていて可愛らしく、許されるのならば頬ずりしたい。そんな先輩が「ねえ、サカキくん。ケモナーって何?」としつこく聞いてくる。

「楓先輩は、動物は好きですか?」

 僕は、爽やかな笑顔で尋ねる。まずは遠回しなところから攻めてみよう。いきなり、「宮崎駿の『名探偵ホームズ』は知っていますか?」「えっ、知らない。じゃあ、サイバーコネクトの『テイルコンチェルト』はどうですか?」といった、マニアックなことは聞けない。ここは、一歩ずつ、真相に迫りながら、なぜケモナーなる趣向があるかを、先輩に分かってもらわないといけないだろう。

「ええ、好きよ。動物が好きなことと、ケモナーという言葉は、何か関係があるの?」

 先輩は、興味津々といった様子で顔を近付けてくる。ああ、先輩のぬくもりと香りを感じる。これは、動物が獣と同じだという証拠だろう。人間も獣の一種。そう考えると、ケモナーも普通の嗜好だよね。僕はそんなことを考えながら、先輩の質問に答える。

「世の中にはですね、獣を擬人化したキャラクターを好む人たちがいるのです」
「獣を人間っぽくするの? それは、ゆるキャラみたいなものなの? ゆるキャラは、私も好きよ。じゃあ、私はケモナーね」

 先輩は嬉しそうに、「私はケモナー」と連呼する。僕は、先輩がケモナーを公言して、ネットにダイブする様子を想像する。駄目だ。ドン引きされる。いや、逆に、三つ編み眼鏡の美少女が、ケモナーであることを告白して回ればファンが付く。美味しい。美味しすぎる。そして有象無象の変人たちに崇拝されて神格化される。
 いやいや、それはまずいだろう。僕の大切な先輩を、そういった目に遭わせるわけにはいかない。それよりも何よりも、先輩はケモナーという言葉を勘違いしている。それを訂正しなければならないだろう。しかし、今回の言葉は楽そうだ。大変なことには、ならなさそうだ。少なくとも、性的なことは話さなくてもよいだろう。ケモナーの正しい姿を、伝えればよいだけなんだから。

「ケモナーはですね。別に、ゆるキャラ好きの人を指すわけではありません。人間の体に、動物の毛がたっぷりと生えていて、顔は、可愛くデフォルメした動物の顔で、そういった姿の擬人化動物を、もふもふとなでたり、ぎゅっと抱きしめたり、そういったことをしたくてたまらない、そういった趣向の人たちをケモナーと呼ぶのです」
「そうなの? ふさふさした毛をなでたり、抱きしめたりするの? それは、普通の動物でもいいんじゃないの? なぜわざわざ擬人化するの?」

 先輩は、不思議そうな顔で尋ねる。その様子はとても可愛く、僕はなでなでしたり、抱きしめたりしたくなる。それにしても、地雷を踏んだなあ……。僕はそのことに気付く。何のために? それは決まっている。そういったキャラクターと交尾がしたいため。あるいは、交尾している様子を見たいため。それ以外の、何ものだと言うんだ!

 純真無垢で、純潔の乙女の先輩に対して、「そういった性的趣向の人間たちがいるのです」とは、とても説明できない。もっと言うと、そのグループの中に、ほんの少しだけ僕が、右足の小指ぐらいは突っ込んでいるとは告白できない。
 どうすれば、性的欲求の話を抜きにして、ケモナーのケモノキャラに対する愛と、そこから生み出される、無数の薄い本とかイラストとかの話をすればよいのだろうか。

「先輩は、美女と野獣という物語を知っていますか?」
「知っているわ。ディズニーの映画でしょう」

 ごめんなさい、ディズニーさん。こんな話の流れで、あなたの会社の作品を出してしまって。僕は、どこからともなく飛来する、訴訟攻撃におびえながら話を続ける。

「楓先輩。その野獣のキャラクターは、まさに、獣を擬人化したようなキャラクターですよね」
「あっ、イメージが湧いてきたわ。美女と野獣は、野獣の呪いが最後に解けて、幸せになる話よね」

 先輩は、ロマンチックな想像をしているのだろう。恍惚とした表情をして、両手の指を、胸の前でからめ合わせている。

「それでは、男性視点で説明します。その野獣の、女の子版を想像してください」
「うん、したわ」
「そして、呪いが解けません」
「えっ、解けないの?」
「そうです。その、呪いが解けない状態の、女の子の獣と、同衾することを望む人たちがいるのです」

 先輩は、一瞬、首をひねる。そして、自分の机に、ととととと、と歩いていって、分厚い辞書を持って戻ってきた。同衾という、普段耳にしない単語が、どういった意味かを確認しているのだ。

「一つの寝具の中に一緒に寝ること。特に、男女が性的な関係を持つこと」

 そう読み上げたあと、先輩は顔をじわじわと赤く染める。そして、眼鏡の下の目を、羞恥に潤ませて、おそるおそる僕に視線を向ける。ああ、恥ずかしがっている先輩は素敵だ。純情可憐な先輩が、僕のことを蔑みの目で見ようとしている。僕はそのことに歓喜して、被虐的な劣情を催す。

「も、もしかして、サカキくんは、ケモナーなの?」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、そうなるんですか? バファローベルたんを、性的な目で見ていることは否定しませんが」

 僕は、自分のパソコンに、オリックス・バファローズの公式マスコットのフォルダーがあることを、思わず告白しそうになる。だが、そこはこらえた。がんばったぞ僕。そして、ドン引きしている先輩の誤解を解くために、必死に台詞を続ける。

「大丈夫です。ズーフィリアとは違います。ケモナーは、現実には存在しない対象に、架空の愛欲を向ける行為です。言うならば、神や天使に愛情を捧げる、敬虔な信者のようなものです。妄想万歳。僕は正常です」
「ちょっと待ってね。ズーフィリアも調べるから」

 駄目だ~~! 調べないでくれ~~~!! 僕は身をよじりながら懇願する。
 辞書を調べる先輩の手が止まった。僕は先輩の背後から、そっと辞書を覗き込む。その途中、三つ編みにしている先輩のうなじが見えた。そこからは、後れ毛が伸びており、僕はその毛を無性に触りたくなる。
 僕は想像する。先輩が獣キャラになって、三つ編み眼鏡の姿で、にっこりと微笑む姿を。獣人化した先輩も、きっと可愛いだろう。そして僕は、先輩のお腹の毛に顔をうずめて、もふもふするのだ。もふもふ、もふもふ、もふもふ、もふもふ。
 先輩は、辞書の上を指でたどる。そしてズーフィリアの項目に目を落とした。動物性愛。人間以外の動物との交合に、喜びを見出す性的な嗜好。先輩は顔を上げて、僕を可哀想な目で見る。

「ごめんなさい、サカキくん。私、サカキくんの、ナイーブな嗜好について、よく理解できていなくて」
「理解できなくていいですよ! それに、ズーフィリアとは、違うって、今言ったじゃないですか! 僕は先輩を動物化して、その毛の中に顔をうずめて、堪能したいだけですから!」

 すべてが終わった。先輩が、数歩下がって、他の部員たちの背後に隠れて、僕を遠巻きに見ている。

「先輩。ケモナーも、いいものですよ」
「ごめんなさい。お断りします」

 先輩は、目をつむって、頭を勢いよく下げた。
 僕の恋は散った。三日ほど、先輩は僕から距離を置いて、部室の中で小動物のように、逃げ回り続けた。僕は心の中で、先輩をリスの姿にして、もふもふと愛撫し続けた。